行列
ある日のこと。
彼は長い行列を発見した。
先頭は遥か遠く、何のための行列なのかもさっぱり分からない。
しかし彼は迷わずその最後尾についた。
これだけの人が並んでいるのならば余程のものに違いない、そう考えたのだ。
列には幅広い年齢層の男女が並んでおり、その見た目もてんでばらばらで一貫性が無い。少なくとも同じ趣味を持つ集団ではなさそうだ。彼は思い切ってすぐ前の若い女性に声をかけた。
「これって何の行列なんですか?」
「私も分からないんです。でも何だかすごいんだって、前の方で誰かが言ってましたよ」
それを聞きスマホで調べてみたが、この行列に関する情報は見つからなかった。にもかかわらずこの人数である。やはり相当すごいものなのだろう。そう思うと、何が何でもその「何か」を手に入れたくなった。
少しずつではあるものの、列は確実に進んでいる。彼はスマホで時間を潰すことにした。SNSにゲーム、幾らでもやることはある。並ぶのは全く苦にならなかった。
途中、友人に会った。どこかに遊びに行くところらしい。
「そんなの並んでないで、お前も一緒に来ないか?」
「馬鹿だな、こっちの方が絶対いいって。並ばないで後悔しても知らないからな」
友人は諦めて去って行ったが、入れ替わるように前から関係者らしき人物が走ってきた。大声で同じ言葉を繰り返している。
「皆様、お並びいただきありがとうございます。順番にご案内しておりますのでどうぞお待ちください。なお、トイレは左右各所にあります。フリーWi-Fi使用可能。軽食、寝具も随時ご用意いたしますので、お気軽にお近くのスタッフまで」
まさに至れり尽くせり。ここまでされて並ばない理由がない。彼は安心して並び続けた。
どれほど時間が経ったかさえも忘れかける中、幾人もの知った顔が通り過ぎて行った。その中には、彼がかつて心底愛した女性もいた。
「私達、もう一度やり直せない?」
「悪いけど今は無理だ。話なら、これが終わってからにしてくれないか」
女性は悲しそうに背を向けて去っていく。途中から背の高い男が女性に寄り添ったが、その時既に彼の視線はスマホに戻っていた。
辺りに美しい桜が舞う季節も、厳しい日差しが照りつける季節も、夕焼けが目に染み入る季節も、絶え間なく雪が降り続く季節も。彼は変わらずスマホを眺め、並び続けた。
そして気づけば、初めに彼が話しかけた若い女性が列の先頭になっていた。
その向こうには頑丈そうな扉があり、傍に立つ案内人らしき人物がにこやかに告げる。
「ようこそここまでいらっしゃいました。この先へはお一人ずつでお願いします」
促されて、既に若さを失った女性が扉の向こうに消える。彼は耳を覚ましてみたが、中からは何も聞こえなかったし、扉からこちらに出てくる様子もなかった。
「次の方、どうぞ」
ここまで本当に長かった。これで結局一体何がもらえるのだろう。期待に胸を膨らませ、いつの間にか皺の増えた手で扉を開けて中に入る。
誰もいない薄暗い部屋の中には、大きな横断幕が掲げられていた。
−あなたは見事に死に辿り着きました。人生お疲れ様でした−
「何だって?!」
慌てて振り返り扉をこじ開ける。すると遥か向こうに、自分がずっと顧みなかった友や元恋人、懐かしい景色があり、その全てが生に満ち溢れているのが見えた。
「おやおや、ここまで来たらもう戻れませんよ。あなたはあちらを捨ててこの行列を選んだのだから。自信を持ってお逝きなさい」
呆れた様子の案内人に押し戻され、彼の姿は扉の向こうに消えた。そして二度と現れることは無かった。
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