本
「こうして おひめさまとおうじさまは いつまでもなかよく しあわせにくらしました。おしまい」
ちいちゃんは おふとんのなかで うとうと
もっとおはなしをきいていたいのに もうめをあけていられません。
「あしたは どんなおはなしかな。たのしみだね。おやすみなさい。また あした」
ちいちゃんのママは そっとえほんをとじました
−ぱたん−
「ほら、もう寝る時間よ。続きは明日にしなさい」
寝転んだまま読書をしていた亜美の手から、お母さんが本を取り上げました。
「返して!まだ眠くないもん!」
亜美が必死になって取り返そうとしているのは、おばあちゃんが昔買ってくれた本です。
女の子の絵がとてもかわいくて、亜美はこの本を宝物のように大事にしていました。
昔から何度も繰り返し声に出して読んでいるので、お母さんもすっかりそのお話を覚えています。
「ちいちゃんはちゃんと寝てるでしょ。亜美よりずっと小さいのに、えらいわね」
そう言って、お母さんは心の中で、あれっと思いました。そんなことを言うつもりじゃ無いのに、勝手に口から言葉が出てきます。
「なによ、お母さんの分からずや!どうせ亜美はちいちゃんみたいにいい子じゃないもん!」
亜美も心の中で、あれっと思いました。お母さんとけんかをしたいわけではないのに、口が止まりません。
二人は顔を見合わせますが、やっぱり喧嘩は続きます。
「お母さんは亜美のことが嫌いなんでしょ。亜美もお母さんなんて嫌いだもん!」
「亜美!」
亜美はお母さんを子供部屋から追い出すと、大声で泣き始めました。
でも本当はちっとも悲しくないのです。
亜美は心の中でそう思いましたが、仕方ありません。お話はやはり決まった通りに進んでいくものだし、自分もお母さんも、本の中の登場人物なのですから。
亜美は今やすっかり自分の役目を思い出していました。扉の向こうのお母さんも、きっと同じでしょう。あともう少しすれば、いつも通り仲直り。
めでたしめでたし。
−ぱたん−
「訳わかんねぇな」
和樹が目の前の本を指で弾きながら言うと、左右の友人二人も同意して頷いた。
ヤバい本として最近話題になっていて、クラスメイトの一人が入手してからというもの、あちこちで回し読みされていた。
普段ほとんど読書をしない和樹は一度は断ったのだが、怖いのかと揶揄され、勢いで借りてしまったのだ。
この本の内容自体は簡単で、読み手だったはずの自分も結局は本の中の存在でしかなかった、というものだ。
だが、これを読み終えた後に怪奇現象が起きるとか失踪したとか死人が出るとか、とにかく胡散臭い噂がいくつも出回っていた。
「あほくさ。ていうか、むしろこっちからお願いしたいくらいだろ。この先受験も就職もしないでずっとこうやって気楽に遊んでられんなら」
確かに、と一人が笑う。
だがもう一人は笑わなかった。
「おい、どうした?」
顔が青い。
嫌な予感がする。
「あのさ、俺たち、昨日何してたっけ?」
「…は?」
「いつからここにいるんだっけ?」
「…おい、やめろ。それ以上言うな」
「俺に名前って、あったっけ?」
突然視界が暗くなった。
はっとして天井を見上げると、そこにはあるはずの天井が無かった。
代わりにあったのは、巨大な本と、それを閉じようとする巨大な手。
それが自分達に向かって振り下ろされようとしていた。
−ぱたん−
「……」
藤本香織はスマホの画面から目を離すと、小さく息をついた。
投稿サイトでの小説探しが趣味である彼女がたまたま見つけたこの小説は、投稿されてしばらく経つにもかかわらず、誰にも見られず評価もされていなかった。
何となく気まぐれで読んだけれど、何だか後味の悪い話だった。それに何故だろう、少し前から背中がぞわぞわする。
香織は勇気を出して振り返ってみた。
「…!!」
そこには、自分を見下ろす目。
さらにそれを見下ろす目。
さらにさらにそれを見下ろす目、目、目。
無数の目が遥か遠くまで続いていた…なんて事はもちろん、無い。当たり前だ。
「そりゃ、そうだよね」
ビクビクしていた自分が何だか恥ずかしい。誤魔化すように笑って視線を戻すと、目の前のスマホの電源を切った。
「さ、明日早いからもう寝ようっと」
その言葉に紛れるように、どこかで微かに音がした。
−ぱたん−
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