人気者
彼には友人と呼べる人間が多い。
何処にいても、彼らには気軽によく声をかけられる。
だから、ぼっちで寂しいなどということも一度も経験したことが無い。
彼はそれを十分自覚していたし、それこそが密かな自慢でもあった。
「よお、田中。…あ、悪い。間違えたわ。お前って何か田中に似てるんだよな」
「いいよ、気にすんなって」
「ねえ、鈴木君。…あ、ごめんなさい。後ろから見たら鈴木君に見えちゃった」
「いや、大丈夫だよ。よく間違われるんだ。髪型かなぁ」
「次の問題は…お、目があったな。じゃ、山口。…ん、何だ?…あ、すまん、間違えた。いや、人間なんて歳取るとこんなもんだ」
「あはは」
彼は昔から他人に間違われることが多かったが、確かに容姿は平凡そのものであったから、さほど気にならなかった。
むしろ、間違われる田中や鈴木や山口や…その他大勢の奴らは、皆にその存在を認識されていないのだろうと憐んでいた位である。
そんな彼が、ある日事故であっさりとこの世を去った。
そして気づけば、まるでドラマや漫画の世界のように、自分亡き後の世界を空から見下ろしていた。
もうすぐ自分の葬式が始まるらしい。
一体どれだけの友人が悲しみ、集ってくれているだろう。
胸を躍らせながら、彼は斎場の中を覗いた。
「あいつ、こんな名前だったんだな」
「ていうかこんな顔だったっけ。よく思い出せないんだけど」
「それ、わかる!何か印象薄くて覚えらんないんだよな」
「俺、よくお前と見間違えてたわ。お前探してると大体その辺にいたしさ。悪いな、田中」
「気にすんな。もう間違えることもないだろ」
……。
認識されていなかったのは自分の方だったのか。
ようやく気づいた彼は、静かに斎場を抜け出すと、振り返らずに天に消えていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます