やり直しのきく人生
何をやっても上手くいかない中年の男。
自らの人生を嘆く男の前に、ある日悪魔が現れた。
「何度でも時を戻ることのできる力をお前にやろう」
男は大喜びで飛びついた。
「ただし、欲望が満たされた暁には、お前の魂をもらう契約だ」
全くもって構わない。
幾分の迷いもなく、男はそう答えた。
「契約成立だ」
不気味に笑うと悪魔は消えた。
そんなことには構わず、男は早速時を戻した。
まずは、妻と出会う前へ。
気の利かないあの女を選んだのは間違いだった。
今度こそは幸せな家庭を築くのだ。
そう思って熱烈なアプローチを繰り返し、優しく美しい女性とついに結ばれた。
これでもう安泰だ。
だが、そんな幸せ気分も束の間。
優しく美しいその妻は、非常に嫉妬深く、隣近所を妬んでばかり。
子供が産まれると、その傾向はますます強くなり、次第に男が家へと向かう足取りは重くなっていった。
ああ、俺はまた間違えたのか。
そう呟いてやり直す。
もう一度、もう二度、三度目の正直。
だが何度やり直しても結果は同じ。
どんなタイプの女性を選ぼうと、幸せが続くことはなかった。
ならば生涯独身でというのも試してみたが、それもまた孤独に耐えられなかった。
そもそもここに至るまでの人生が間違いだったのかもしれない。
男はそう考えて、さらに時間を遡る。
学生だった若き頃へ。
夢と希望と煩悩に満ちたあの頃は、こんな未来を想像したことなど微塵もなかった。
部活に打ち込んでみたり、恋に生きてみたり、はたまた勉学一筋で難関大学に合格もしてみた。
だがやはり行き着くところは変わらない。
どう足掻いても、幸せは長続きしなかった。
焦った男はどんどん時を遡る。
もっと、もっと昔へ。
そこからやり直せば必ずや幸せになれるはずだ、と信じて−。
再び姿を現した悪魔に、男は弱々しく笑ってみせた。
いや、正確には笑っているのかは分からない。
男はもう男ですら無く、人としてのカタチを作る前の微細な存在であった。
そんな”彼”の姿に、悪魔は呆れた様子で問いかける。
「辿り着いた答えがそれか」
−そうだ−
物言えぬ”彼”の思念が悪魔に伝わる。
−どれだけやり直しても、二度とこの世に生まれないようにしてほしい−
何度もやり直しのできる人生を得た男は、自分の作る全ての人生に絶望し、それを永遠に放棄するという。
「お安い御用だとも」
悪魔は男の願いを聞き入れ、次の瞬間には男の魂はかき消えていた。
「結局無駄骨になったが、あんな魂を喰らったところで不味いだけだろう。さあ、もっと馬鹿な人間を探しにいくとするか」
そして悪魔もその場から消えた。
後には、決して破られることのない静寂だけが残った。
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