第9話

 お頭を倒した後、カキによって片目を潰されたゴロツキが女の子を人質にとって逃走しました。片目のゴロツキは2人の隙を見て船上に駆け上がり、海に飛び込んでいました。船は快速前進していたので、距離は徐々に開いていきます。

 船内ではいなくなった女の子とゴロツキのことに気づいたダイスとカキが作戦タイムをしていました。作戦タイムといっても、テンパってカキの体を揺するダイスに対してカキがなだめながら冷静に提案をしているのです。カキは慣れた手つきで頭を揺らしながら2本指をダイスの目の前に立てました。

 2つの提案の1つにあったのは、2手に別れるというものでした。女の子を助けに行く者と船内の雑務をする者に分かれるのです。女の子も急務ですが、船内のゴロツキ関係も手を打たないと被害が出ます。

 もう1つは、2人でさっさと船内のことをやってしまって、すぐに2人で追いかけるというものでした。カキはこの2択をダイスに提案して、2人ですぐに女の子を助けに行くのは愚の骨頂だと釘を刺しながら、すぐに決めるように促しました。これに対してダイスは考えて、結論を言いました。



 片目ゴロツキは海賊たちに殺されていました。親切にも船に拾ってくれた人たちがゴロツキの身ぐるみを剥いで、舌打ちをしていました。海賊たちは悲鳴を上げなくなったゴロツキに刀を刺し続けて、血が抜いた刀から滴り落ちていました。

そして、次に女の子に刀が向けられていました。女の子の体の下は海水や汗などで濡れて小さな湖を作っていました。憔悴しきった顔で死を恐れる元気すらありませんでした。

 ゴロツキによる誘拐やお頭による人質を経験して、女の子の感情や理性が限界を超えてしまったのです。死んでしまったほうが楽な出来事の連続で、心が壊れてしまってもおかしくないのです。女の子は精神崩壊を起こさないために感情と理性を遮断しています。

 彼女は真っ暗な深海の中にいる気分でした。そこには悪い出来事が何も起きず、母親に抱き抱えられている安心できる1人だけの世界でした。その精神世界とは違って、現実世界では海賊の刀が女の子の首に刃を当て、血が淡く流れていました。


「こういう時に、聖者はこう言ったっけか? 冥土の土産として最後に一言だけ言わせてやるよ、ひゃはははは」

「……」

「そうか。何も言いたいことがないのか、あばよ……」


 刀を振り上げた海賊に対して女の子は金玉を蹴り上げました。海賊の1人は力なく刀を落としてその場に崩れ落ちました。悶絶しながら股間を押さえる仲間を見て周りの海賊たちはうすら笑いをしていました。


「ひゃははは。金玉蹴られてやんの。だっさー」

「ガキだからといってなめてかかるからだ、ばーか」

「頑張れ頑張れ。嬢ちゃん頑張れ」


 森の中に泣き響く鳥の鳴き声のように不気味な海賊の声の中、女の子は海に逃げ込もうと母指球に力を込めました。しかし、蹴った足の首は倒れている海賊に掴まれて、その場に顔から落ちました。その海賊は親を殺された鬼のような怒りの形相で、恥をかかされた執念を刀に乗せて振り下ろしました。


「このガきゃ、何をしやがる!?」

「――もういや! あなたたちの思い通りにはされない!」


 その刀を避けて、そのまま金玉を再び蹴りました。海賊は2度目の金玉ショックで意識を失いました。アナフィラキシーショックという鉢の毒を2回目に食らったほうが一回目より死にやすいのと同じように、二回目の金玉蹴りの方が意識を失いやすかったようです。

 女の子は感情を取り戻し、自分の理性で意見を言い、初めての反撃を成功させました。死に対する恐怖で心臓が張り裂けそうでしたが、勇気ある顔で押さえつけました。周りの海賊たちは窮鼠猫を噛む出来事に怒りのタガが外れました。


「このやろう、黙って殺されておけばいいものを」


 一斉に斬りかかりました。女の子は先ほどと違い避ける隙を見つけられませんでした。意味がないと思いながらも反射的に手で顔を覆い、死を覚悟しました。

しかし、海賊たちの刀は空を切りました。海賊たちの刀の先には女の子がいませんでした。海賊たちは地獄に落とされた閻魔大王のように困惑しました。


「!?」

「どこ行きやがった?」

「あそこだ!」


 海賊たちの目の先には女の子を子犬のように抱えたダイスがいました。ダイスは赤ん坊を抱えた天使のように優しい顔で女の子に微笑みました。緊張の糸が切れたかのように女の子は泣きじゃくっていました。

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