第7話

 血が滴り落ちている鉛筆の先はお頭の首に向いていました。その気になったらそのまま鉛筆を飛ばして首を貫通させるつもりです。それはお頭が刃物でしたことではありますが、それを鉛筆でする力量がカキにはあるようです。

 ちなみに、鉛筆といっても今の時代の黒鉛による鉛筆ができたのは16世紀スイスといわれています。その前は黒鉛の代わりに鉛と錫との合金が使われており、現代でいう銀筆に原理が似ています。その昔の鉛筆が砲撃の準備のように向けられています。


「このガキが目的か。だったら離すわけないだろ、ボケが」

「そうですか、君がそれでいいのなら私は構いませんがね」


 威嚇するお頭を冷静に躱すカキ、その様子を固唾を飲んで見ている人質、中に浮かされどうしようもなく感情を失った女の子、波に揺れる船の上の出来事です。船以外誰も動くことのない空間の中、波の音が緊張の糸として張っていました。その波長が揺れる時が静かに訪れました。

 女の子を掴んでいるお頭の左手首が真っ二つになりました。何が起きたかわからないお頭が振り向いた先にはダイスが鬼神のような顔で鉛筆を振り抜いていました。血は蝶のように飛び散っていました。

 予想外のことで呆気にとられている束縛された人々の中をカキは計算通りのようににやりと笑いました。女の子は自由落下で落ちる不安から感情を取り戻して叫びましたが、ダイスに優しく抱き抱えられました。お頭はダイスを力強く壁まで蹴飛ばしました。

ダイスが女の子を守るために抱き抱えながら壁を壊し、その反動で船が大きく揺れました。束縛された人たちはその揺れに悲鳴を上げました。一方で悲鳴を止めていた女の子は自分を抱えているダイスを心配していました。


「お兄さん、大丈夫?」

「大丈夫だ。それよりもお嬢ちゃんは大丈夫か?」

「あたしは大丈夫」

「よし、それは良かった。あとは俺たちに任せておけ」


 ダイスは瞳の奥まで満面の笑みだった。女の子は心の奥まで安心しました。そんな牧歌的な雰囲気の中揺れる船はゆりかごのようでした。

 その春の木漏れ日のような穏やかな空気が冬将軍の到来のような荒れた凍てつく空気に変わりました。お頭がクジラみたいな鼓膜の敗れるくらいの雄叫びをあげて血潮を吹かしていました。それを見て束縛された人々の顔が恐怖で強ばります。


「お前、馬鹿だな。脳天なり首なり心臓なりを貫けば終わりだったのに」


 お頭は着物の端を噛みちぎり、左腕に強く巻いて止血していました。着物がはだけるとその下からは鉄製の服が露出しました。脳天や首はともかく、心臓への攻撃は防ぎそうな防具の硬さと範囲でした。


「お前を心から殺すためだ。ただ殺したら意味がない」


 ダイスは女の子の頭を撫でるとその場に置いて立ち上がりました。その顔は先程までの仏のような優しいものではなく、閻魔大王のように険しいものでした。それを見てお頭は狂ったピエロのように笑っていました。


「はっはっはっは! いいねいいね、酔狂だね。お前のようなかっこいいやつがいるとはな、恐れ入ったわ。死より辛い罰を与えると言いたいのか?」

「そういうつもりじゃねぇよ。悪には悪の統治者が必要なんだ。お前みたいなのがいなくなるとゴロツキどもが暴れて世の中が荒れてしまうんだよ。だから大切なのは、お前のような上の人間を説得するか、代わりを用意することだ」

「はっはっは!! なるほどなるほど、お前のことを勘違いしていたわ。お前は全く酔狂ではないな。むしろ、恐ろしい程冷め切った思考の持ち主だ。確かのお前の言うとおり、相手を倒しただけだと新たな争いが起こるだけだ。そのために敵の大将の死体を辱めて敵意を削ぐだとか一族一同根絶やしにするだとかという強攻策か、はたまた敵の大将に負けを認めさせて部下を説得させるだとか制度や人物をそのまま利用して影から事実上支配するだとかの柔軟策が必要になってくるな。お前は逆上によって目先のことだけしか見えない奴らとは違い、今後のことも考えているのか」

「褒めてくれるのはありがたいが、降参はしてくれないのか? もうお前の部下はいないし片手も失い人質も奪われた、もういいだろ、悪事を働くのは? こっちは元気な男が2人も残っているんだからお前にはもう勝目はないんだぜ」

「はっは! 俺を抱き込もうというわけか。しかし、断る、お前の言うことはな。理由は、お前たちがムカつくからだ。偉そうにペラペラと上から話しやがって。俺の仕事を邪魔するやつの言うことなんか聞くわけないだろ!」


 お頭はナイフを投げつけました。ダイスは避けることなく鉛筆で弾こうとしましたが、ナイフはそのまま鉛筆を切り裂いてダイスの胸に刺さりました。ダイスはそのまま後ろに飛んでいき、女の子の横に倒れました。


「ほう。我ながらよく当てたものだ。立派立派」

「嘘癖ぇこと言いやがって。お前、俺に避けられないように投げやがって」

「気づいていたのか。さすがは俺の左手をたたっ切っただけのことはあるな」

「うるせぇよ。この子を狙いやがって。後ろにわざと飛んで勢いを消さなかったら死んでいたところだ、このやろう。てか、いてぇよ、このやろう!」


 ダイスはナイフを抜きながら立ち上がりました。ケガとその痛みで血と涙を流しながらダイスは新たな鉛筆を手に取り臨戦態勢でした。カキは両手を拡張器のように筒状にして「助けはいりますか?」と応援を提案しました。


「手を出すなよ。こいつは俺がやる」

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