第15話3-6海

 海につきました。波が荒れ狂うわけでもなく穏やかでしたが、冷気の塊が鞭のように打ち付けてきました。こんなところには1秒でも痛くない心持ちでした。


「さ……寒い」

「僕はちょうどいいです。さっきまで自転車こいでいましたから」

「それは、私に対するあてつけけ?」

「そういうつもりじゃないです。正直に思ったことを……寒っ!」

「あはっ! 少しはやせ我慢をしないの? 正直者ね」


 彼女は白い息を吐いてほくそ笑んでいました。僕が思うに、それは作り笑顔ではないし彼女の目には冷たさはありませんでした。僕が今は重要ではないと考えを中断したのは、結局彼女がたまに見せた冷たい目線の意味は未だにわかっていないということです。


「――それよりも、どうです? 冬の海は」

「うん、最悪よ。いたくないわ、こんなとこ」

「それは良かったです。ゆっくりしましょう」

「そうね。ここならゆっくりできそうね」


 僕たちは更なる悪環境を求めて、浜辺から海の方に向かいました。さすがに海に入るのはやめそうと思いながら波打ち際を歩いていると、防波堤が見えました。僕たちは言葉に出すことなく頷き、互いに波止場で座り込みました


「――君はゆっくり出来るかもしれないけど、僕はそう出来そうないです」

「どうしてや? 寒いのは苦手か?」

「暑いことよりは苦手ではないですが、そういうことではないです。その……」


 僕はアインシュタインの言葉を口から出すのが恥ずかしかったです。可愛い子・好きな人といる時間は短く感じるということを。そして、思い出しました、僕と一緒にいると時間が長く感じるという彼女の言葉を。


「その……なんや?」

「いや、何でもないです。気にしないでください」

「まぁ、誰にでも言いたくないことあるわな。私も自分の病気のこと言いたくなかったし」

「そういえば聞きたいことがあるのですが」

「なんや? ここに連れてきてくれたお礼で教えてあげるわ、体重以外」


 僕は冗談に思えませんでした、自転車の後ろの軽すぎる彼女を思い出して。僕は出来るだけ普通の当たり障りのない質問を浮かべようとしましたが、冷たい風の度に思考ロックされました。そういえば、風が強くなってきました。


「君、ソフトボールをしていたのですか?」

「なんや、そんなことかいな。中学から高一までソフト部やで」

「やめたのは、病気が原因で?」

「そうや。でも、周りには勉強のためと言ったわ」

「心配させないために?」

「そうや。もちろん学校の先生には病気のことは言ったで」

「なるほど。わかりました」

「なんや、つれないな。もっと会話してくれんと凍え死にそうや。質問しい」


 僕は再び頭を抱えることになりました、人と話をすることに慣れていないことと冬の寒さに慣れていないことが原因で。再び思考ロックされた脳から無理くり抽出する質問は自分でもコントロールできそうにありませんでした。強風に体を殴りつけられる中、僕は頭を空っぽにして言いました。


「君の病気は治らないのですか?」

「――はぁ。なんや、あんた、空気読まれへんのやなぁ。気が滅入るわぁ」


 彼女は残念そうに眉毛を下げて眉間にシワを寄せながら首を横に振りました。僕が思い出すに、彼女が元気な時にもこういう失敗を自分がして恥ずかしくなったものです。僕が思うに、あの時はまだ冗談で済んでいましたが……


「すみません。つい」

「つい、では済まへんで。そんなん治り方がわからへんに決まっているやん。だからこんな無理をしてんやで?」

「すみません。ほんますみません」

「別にいいわよ。私のことを心配してくれたんでしょ?それに、あなたが空気を読めない正直者であることはわかっているわ」

「でも、本当にすみません」

「――そんなことより、私も正直にならないと……」


 彼女は学校で倒れた時と同様に糸が切れたようにグッタリと倒れて身動き一つしていませんでした。僕が気づいたことに、そのズボンのポケットはケータイの振動で揺れていました。僕は意味も分からず何も解明していない中、彼女を助けたいという自己本位のためにそのケータイに勝手に出ました……


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