第14話3-5軽い
それから3週間後、12月の3週目になって、彼女によくやく会うことができました。前に会った時と変わらない坊主頭でしたが、温そうな黒のジャンパー等に変わり、夏の出会いの時の雰囲気は全くありませんでした。その服装よりも、白くやつれた肌と青く浮き上がった血管と赤いギョロ目への変わり果てがありましたが……
「――普通2号くん?」
「――この前は、ごめんなさい」
彼女は静かに座っていました。僕は以前と同じように振舞うことを心がけました。彼女の目からは生気を感じられませんでした。
「私こそ、ごめんなさい。ずーっと謝りたかったの」
「最近はなかなか会うことができませんでしたね」
「それはね、私の親が車で送ってくれるようになったからよ。一人で外に出るのが危ないっていう理由で」
「それは、勝手に僕と買い物に行ったことで?」
「いいえ。安心して、あなたのせいじゃないわ。ただ単に体調が悪くなっただけ」
「――そっちのほうが安心できないのですが」
風も雪もない空虚なバス停で、僕たちは淡々と会話していました。僕が思うに、それは僕の話し方であり彼女の話し方ではありませんでした。目の前にいるこの方は誰なんだと意識が遠のきながら、口が勝手に動いている中、時間が過ぎるのを感じていました。
「――どっかに連れてって」
「え? 親が待っているんじゃ?」
僕は口を自分でコントロールできる感覚に戻りました。代わりにコントロールできる感覚が戻らなかったのは、作り笑顔も太い眉毛を下ろして眉間にシワを寄せることも冷たい視線もできずに真顔だけの彼女をです。もとから彼女をコントロールできなかったのですが、別の問題になっていました。
「あなたに会いたかったのよ。そのためにいつもここにいて、あなたを待っていたのよ。親は最初は怒っていたけど、病弱な私のわがままに折れたわ」
「でも、もう会ったし、謝ったじゃないですか」
「それだけじゃないの。またあなたと遊びたいの」
「どうしてですか?」
「それは、時間を長く感じたいの。このまますぐ死ぬのが嫌なの。生きている時間をもっと感じていたいの」
「それは、僕と一緒にいると時間が長く感じるということですよね?」
「そうよ」
「アインシュタインの言葉から判断すると、僕のことは好きではないということですよね?」
「そうよ。好きじゃないわ。だからあなたを選んだのよ。好きな人だったら、あっという間に時間が過ぎて嫌やんけ」
「変わった人ですね。普通なら、最後は好きな人と一緒がいいと思うのですが」
「普通はね。でも、普通でなかったら?」
僕は不謹慎にも少し口元に笑みを浮かべました、というのも本当にこれが彼女の口癖なんだと思ったからです。無機質に淡々と話すことしかできない彼女が自然と出した言葉なので、僕の疑いとは反対に本当のことでしょう。そして、僕のことを好きではないということも同様に確からしいので、ある意味吹っ切れました。
「――その言葉、久しぶりに聞きました」
「久しぶりに会うからね」
「わかりました。じゃあ、親に許可を取って」
「それは無理よ。親は認めないわ。だから、トンズラしましょ」
「そんなことしたら」
「ほら、早く出して」
彼女は自転車の後ろに乗りました。その前と同様の状況にも関わらす、前と違い自転車の留め具は外れませんでしたので僕は自転車を支える必要がありませんでした。僕は安心するとともにすごく嫌な予感がしました。
「そんな勝手に」
「あっ! お母さんが!」
病院から見たことのある女性が慌てて向かってきました。僕はある意味の吹っ切れがあるので、彼女の言葉に乗ってスタートを切ることを即効で決めました。留め具を外して足で助走してペダルをこぎ始めました、慌てることなく順調に。
「もう、知らないですよ」
「いっけー!」
自転車はとても勢いよく動き始めました、彼女の助力がなかったにもかかわらず。坂を勢いよく降りる僕たちにはあの時と違い冷たい風が襲っていました。あの時と違うといえば、自転車の後ろは軽すぎるくらい軽かったので、僕の心は重く感じました。
「どこに行くのですか?」
「どこでもいい!」
風の音の中でも聞こえる彼女の声にひとまずの安心感を持ちましたが、新たな不安が僕を襲いました。あてもなく見切り発車をしたのでどこに行けばいいのかわからず、自転車のペダルを回転させながら脳の回路をフル回転させました。僕が横に振っている頭に浮かんだのは、図書館・レンタルビデオ店・海……
「それが一番困るんです」
「前のところ行く?」
「それはやめたほうがいい。君の親が最初に探しに来るはずです」
「そっかー。うーん特に行きたいところはないわ」
「逆に行きたくないところは? そのほうが時間を長く感じるはずです」
「それはいいわねぇ……じゃあ、海」
「海? 海が嫌いなのですか?」
僕はまさかの海に、彼女に出会うきっかけになった夏のダニ刺されの場所である海に声が大きくなりました。運命というものは未来と同じくらい信じないので、ダニのことは頭の隅に追いやって海への経路を浮かべ始めました。僕の計算では、このまま下っても踏切がないからどこかで曲がる必要がありました。
「そうよ。私、カナヅチだし、ソフトボールで鍛えた女性らしくない体を見られたくないのよ。いい思い出がないのよ」
「なるほど。それに、この季節ならなお良しです」
「どうして?」
「地獄のように寒いからです。真冬の海なんか、時間が経つのがすごく遅く感じるに違いありません」
「なるほど。しかも、まさかこの季節に海に行くなんて親は考えないでしょうね」
「そのとおり」
「だったら早く行きましょう。早くしないと車に追いつかれるわ。さっきからケータイ鳴りっぱなしやし」
「間違っても出ないでくださいよ」
「出るわけないやん。早くして」
「ところで、時間はゆっくり感じますか?」
「えぇ、怖いくらいとても遅く感じるわ」
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