第11話3-2重い
彼女は話を続けました。僕は内心でため息をつきました、というのは人と話すのが嫌なので解放されたいのです。でも、失言もしたことですし我慢します。
「頭の手術ですか?」
「当たり前やんけ! お腹の手術で頭にメスを入れる医者がどこにおるねん!」
「何の病気かは言えるのですか?」
「それがよーわからへんねん。医者も困っているから、こうやって通院でごまかしているねん。ひどいもんやろ?」
「もっといい病院に行くだとか、そもそも入院はしないのですか?」
「いい病院にはもう行ったわ。大きな大学病院にな。それでもわからへんかったねん。それから入院やて? それもしたに決まっているやろ。でも退院したねん。いつまでいても金が掛かるだけやし、治らへんねん。自宅で死を待つ人間みたいな状況や」
「どうしてそんなに明るいのですか?」
「あなたもあほやなぁー。そんなん、明るくならないとやって行けへんからにきまってんやんけ」
一貫して明るい彼女を見て思ったことは、健気だなということではなく、彼女が自分の耳の裏を指で掻いているのが前のバス停でもしていたことであり、例の普通発言と違い本当の癖かなと思いました。でも、本当の癖だとしても何の癖なのかはわからないので、癖でもなんでもなく耳の裏が痒いだけではないかとも思いました。まぁ、そんなことよりも……
「――なにか僕にできることはありますか?」
「――どうしたの、急に?」
彼女は眉毛を下ろして眉間にシワを寄せました。それを見て、これが本当の癖だと思いました、僕の申し訳ないという気持ちを追いやるくらいに。でも、その両方の思考をバレるのが恥ずかしいので、素っ気無くを言うことにしました。
「こういう時はこういうことを言うのが普通だと思いまして」
「なぁーんや、そんな理由? それやったら別にええよ、何もしなくて」
彼女は苦笑いで目が沈んでいるように見えました。僕が思うに、何もしなくてもいいと言われたので安心して何もせずに立ち去ってもいいだろうが、一応はもう一回手助けアピールするのが普通だと。僕は手助けアピールを実行することにしました、無意識に自転車で去ることを体が求めて自転車のサドルに手を乗せながら。
「でも、普通の人の気持ちがわかったというわけじゃないけど、何か君の役に立ちたいと思ったんです。女性に優しくするように親に言われましたし。でも、本当にいいんですか?」
「そうなん? そういう理由やったら役に立って!」
彼女は甘えるような笑顔と目から心が浮かれているように見えました。僕が思うに、これが普通の世界のやりとりというか日本人の美徳というか、一回断ってから頂くというものだろう。僕が思い出すに、お歳暮やお中元でも同じようなやりとりを親たちがしていました。
「――急に態度が変わりましたね」
「そんなん当り前やん。あなた、もっと女性の気持ちを理解したほうがいいわよ」
「女性どころか、人の気持ちも」
「人の気持ちなんかどうでもいいの。女性の気持ち」
「同じようなものでしょ?」
「まぁ、なんでもいいわ。何してもらおっかな?」
「できることなら頑張ります」
僕は社交辞令を言いました、彼女の女性アピールに困惑しながら。唇に人差し指を当てながら考え事をしている彼女を見て、ぶりっ子を思い出して嘔吐を催しました。彼女も可愛いと思われたい願望があるのか、僕をからかっているのか、別の何かなのか。
「――じゃあ、エッチしよ」
「え?」
僕は人生で聞いたことがない言葉に思わず素っ頓狂な声を出してしましました。そして、すぐに茶化されていると理解して恥ずかしくなりました、というのも彼女が僕に本気な理由が一つとして思い当たらないし、今までの人生で僕がそういう立場になったことがなかったという根拠もあったからです。僕はいたって冷静に彼女を見つめて、今回は彼女の右後ろに目を逸らすのではなくきちんと目を見て、彼女の冷たい目を確認しました。
「――うそよ、う・そ。女性の気持ちを分かっていないからからかっただけ。本気にするなんて、人とのコミュニケーションをしていない証拠ね」
「女性があまりそういうことを言うものじゃないと思いますが」
「私を女性として扱ってくれるの? ありがとう。じゃあ、今から買い物に付き合って」
「今から帰るんじゃなかったのですか?」
「気が変わったわ。親にも友達と会ったからってメールするから、それでいいでしょ? それに、あなたが何でもするっていったやんけ」
彼女の冷たい間を覆う作り笑顔が僕に何を何を求めているのだろうか、僕には皆目検討がつきませんでした。僕が思うに、何かを探っているそうなその目で僕の何を知ろうとしているのだろうか、それとも僕が自意識過剰なだけで何も探っていないのだろうか。自分で提案しといて何だが、どうして僕と買い物をしようと彼女は思ったのだろうか?
「君がそれでいいのなら」
「じゃあ、後ろに乗せて」
「え? 二人乗りはまずいですよ」
「私に歩けと言うの? 病人よ?」
「バスで行けばいいじゃないですか」
「何言っているの。こういうのは、一緒に行くから面白いの」
「って、なに僕の自転車に乗っているのですか?」
「ほら、走った。男は黙って走りなさい」
彼女が容赦なく足を上げて僕の自転車の後ろにまたぐり腰を下ろしたので、その反動で留め具が解除されて自転車が倒れそうになりました。僕が自転車を手で支えるが早いか彼女が足で地面を踏んで留まるのが早いか大事には至らなかったのですが、自転車を人質に取られたので小事として買い物は断れない雰囲気を感じました。僕は自転車を逆に方向転換させて彼女の足での助走等の助力もあって坂を下って行きました、普通は後ろの彼女に重たいと言ったら失礼だと理解しながら実際は重いと感じながら……
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