第10話3-1傷


 彼女が入院するという話は聞きましたが、病状だとかどこの病院なのかとかは知りませんでした。そういうことは一部の仲良しにしか伝えないと思いますので、昨日今日の知り合いである僕には知る謂れがありませんでした。僕も気になるにはなるのですが、そこまで気にならないといったら気にならなく、事実三日で彼女のことを忘れました。



 3週間があっという間に過ぎた9月の3週目の休日の昼、僕はDVDを借りていたことを思い出しDVDレンタル店に自転車を飛ばしました。その帰りに気分で道草を食っていると、病院前のバス停を通りかかろうとした時に彼女を発見しまして、そこで彼女のことを忘れていたことを思い出しました。あの時と比べると、服装が全体的に長袖になって温そうでしたが、それとは対照的に髪の毛はさらに短くなって、ほとんど坊主頭でした。

 僕は見て見ぬふりをして通り過ぎようとしました、というのも延滞料金が発生するわけでもなく話す理由もなかったからです。僕の計算では、そのまま大通りに出て気分を大きくしながら北上して帰宅してDVDを見るつもりでした。そうだ、DVDを見るのに忙しいから彼女の相手をしている場合じゃない。


「やぁ、普通2号くん!」


 計画がおジャンになりました。彼女は右手を上げて僕の前に立ちはだかったので僕は急ブレーキを踏みました、体力不足の僕の力では元からスピードは出ていなかったけれども。僕は話しました、地面に両足を付いていつでも出発できるように身構えながら。


「――久しぶりです」

「私のこと覚えてる?」

「普通1号さんですよね」

「覚えているやんけ。どうしてよそよそしいの?」

「僕はもとからこういう話し方ですよ。覚えていないんですか?」

「そういえばそうやったわ。忘れてた」


 僕が思うに、彼女が僕の口調のことを忘れていたのなら、僕が彼女のことを忘れていたことを忘れていたことと相殺されて僕の悪いところは帳消しされると。次に思うに、彼女のことを忘れていたことと、彼女のことを忘れていたことを忘れていたこととで、何が違うのか、というか自分で何を言っているんだと。その次に思うに、彼女の体調とか近況とかはどうなっているのだろうと。


「ところで、元気ですか」

「元気なわけ無いやろ! 学校に通われへんのやで! それくらいわからへんのけ!?」


 彼女は目をひまわりのように開きシャワーのように唾を飛ばしながら末期のセミのようにキンキン声で叫んできました。その声自体はそこまで大きなものではなかったのですが、情緒不安定を感じるものでした。本当に元気なのか元気なフリををしているのかはわかりませんが、僕が後ずさりするくらいの迫力を感じました。


「――充分元気そうですが、いつになったら学校に来れるのですか?」

「――当分無理や」


 僕は閉口しました、聞いてはいけないことを軽く聞いてしまったと思いながら。それは言葉よりも、彼女のテンションの下がり方に感じました。そのまま自転車から降りました。


「……」

「あぁー、ごめんごめん。空気読めてなかったわ。ごめんな」


 彼女は努めて明るく笑顔を作っていました。僕は悪いと思っていなくてもごめんと言う時が多く、今回の彼女もそれだと疑いました。僕が否定するのは、直感で雰囲気でそれが嘘のその場しのぎだということをです。


「いいえ。僕のほうがごめんなさい」

「あのな、あなたも気づいていると思うけど、私坊主頭やん?」

「はい、気づいてました」

「頭に傷ついているやろ? 普段は帽子とかウィッグで隠すようにしているんやけど、こういうもん被るのん嫌いやからよく外しているんや」

「そうですか。僕も帽子とかは苦手です」


 僕が彼女の発言に合わせることに努めますのは、さきほどの軽い気持ちで失言したことを恥じているからです。彼女みたいに明るく笑顔を作ることができないと自負している僕にとってめいっぱいの気持ちです。彼女の頭のことや表情のことは二の次で意識があまり行かず、相手を慮りたいという自分の気持ちを優先することで精一杯でした。


「――ところで、この傷は気にならへんの? そもそも、私が坊主頭であることは気にならへんかったの? というか、私に気づいていた?」

「気づかないふりをしたほうがいいと思いまして」

「たしかにそういう考え方もあるわ。でも、気づいて欲しい時もあるのねん」

「それはわかるのですが、その区別ができないのです」


 僕が正直に言うと彼女はため息をつきましたが、それが何の感情かはわかりませんでした。僕が推測するに、こんなやつと話をするのがバカらしくなったという呆れた状態なのでしょう。こんな僕にはもう話を切り上げるでしょう。


「――まぁいいわ。この傷ね、手術の跡なの」

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