第9話2-6解明せず

 翌日、彼女は遅刻しました。


「遅れてすみません」

「今度から気をつけなさい」


 一限目の途中に教室の前のドアから堂々と入ってくる彼女に先生は優しく注意しクラスで温かい笑いが起こりました。普通なら後ろからコソコソと入ってきそうなものだが、どうせバレるのなら堂々と注意された方が印象にいいのだろうか? 僕が熟考するに、正々堂々しようがコソコソしようが彼女の普段の態度がいいから良い雰囲気みたいになっただけであり、態度の悪い人がしたら変な空気になるのだろう。


「寝坊?」

「そういうとこ」


 彼女は友達と小声で談笑していました。先生は英文を板書していました。僕はそれらの光景を気にも止めず、教科書の英文を勝手に先先日本語訳して自習していました。


 その日は少し気に止めることが起こりました。

 彼女が数学の時間に簡単な問題に答えることができなかったこと、体育の授業でソフトボールが絶不調だったと周りに言われていたこと、周りから離れて一人でいることが多く見られたことがありました。僕が別解釈するに、こちらがいつもの彼女の風景であり、昨日はたまたまいつもと対になる風景が繰り広げられていただけかもしれないのである。僕はバス停での出会いまで彼女のクラスでの風景が意識にないので、昨日は勘違いしただけかもしれないと勝手に納得しました。

 しかし、昨日の彼女関連の出来事を思い返すたびに、やはり今日がおかしいと思うしかできなくなりました。僕は昨日と同じ中庭を眺める彼女のもとに話しかけに行きました、トイレに行くついでと自分に言い聞かせて、学校では話をしないと言ったことを心の中で忘れたフリして。彼女はこちらを見ずに気づいたようです」


「昨日も思ったけど学校では話さないのでしょ、普通2号くん?」

「僕が中庭を眺めながら独り言をつぶやこうとしたらあなたがいただけです」

「そう? だったら勝手に呟いて」


 互いにそっけない態度を努めました、僕は自分の信念のために、彼女はおそらく僕との約束のために。空は台風の季節ということもあり曇っており、涼しさが僕たちの間に流れました。僕は彼女の冷たい視線を思い返しながら、横を見る信念がありませんでした。


「昨日知ったんですけど、勉強できるのですね」

「できないと思ったの? 数学は得意やで、理系に行くかはわからんけど」

「スポーツ出来る人はできないイメージをもっていましたから」

「文武両道ってやつや。次は私に勝てたらいいやんけ」

「そんなに簡単に勝てるものじゃないでしょ。それに、僕もそれなりに勉強してます」

「諦めるのが早いなー。まぁ、それもええんちゃうん?」

「普通、頑張れと言うところではないですか、今のところは?」

「普通はね。でも、普通でなかったら?」


 淡々と熟年夫婦の縁側談話みたいにのっぽり会話しているわけですが、彼女から再び好きだというフレーズを聞きました。そういえば、昨日は朝も放課後も聞いていないし、バス停の時ぶりのフレーズでした。意外に好きなフレーズではないのではないかと思い直すわけですが、そこを聞くのが悪いと思うし、そもそも興味がないです。


「普通でなかったらといったら、今日は調子が悪いのですか?」

「んー、遅刻したこと?」

「それもですけど、数学の授業で調子悪かったし、体育でも調子悪かったと聞きましたし、今日は一人でいることが多いですし」

「私のことをよく見ているのね。気になるの?」

「そりゃー、いきなり遅刻してくるような人ですしね。それにあなたはわからないかもしれませんが、このクラスで僕が顔を判別できるのは唯一の友達とあなたとの二人だけでして、いやでも目に入ってしまうのですよ」

「そんないやでも目に入るような遅刻する私があなたに分からないと思いながら言うと、誰にでも調子が悪いときがあるし、友達も気をきかせて放っておいてくれているのよ」


 僕はしまったと反省しました、彼女の誰にでもわかる言葉の内容での説明と僕の言い方を真似て不快感があることを分からせてくれた言葉の表現の説明とを聞きながら。こういうことを素っ気無く出来てしまうところに彼女の僕以上の格を感じてしまい、横に居ることが恥ずかしくなりました。僕が逃げの思考で思いついたことは、今まで人と話すのが恥ずかしくて会話をせずに暮らしてきたのだから、それに戻せばいいんだということでした。


「まぁ、大丈夫そうなら良かったです」


 僕が離れようとするやいなや、彼女は倒れました。その顔は白く汗もダラダラで息も上がっており、典型的な体調不良の様子なのにどうして僕は彼女の体調に気付かなかったのだろうかと自分に不思議でした。そして、その不思議はいつまでたっても自分本位で周りを見ていないことが原因だとすぐに理解しましたが、今度は目の前の倒れた女性に対しての不思議が残り、それは立ち尽くす僕の周りの人達の手で彼女が病院に運ばれた後も放課後にも解明されませんでした。

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