第8話2-5長く感じる

「時間が早く過ぎることに関してですか?」

「そうよ。私の考えでは、それは死ぬための準備なの。死ぬときに苦しむ時間が短く感じたほうがいいでしょ? 大人になると時間が短くなるのは、そのための準備なのよ」

「アインシュタインの方は?」

「暑いと時間を長く感じるのは、死ぬときの苦しい時間が長く感じるのに慣れさせるためよ。こんな苦しい長い時間があったんだから、死ぬ時の時間を楽にできるようにするための準備よ。好きな人との時間が短く感じるのは、幸せな時間は死ぬ時の苦しみに比べたらどうでもいいことだからよ。死ぬときの準備にならない無駄なものだから、時間を短く感じるの」


 僕は言葉を聞くしかありませんでした、丁寧に頼まれてきちんとした理論を淡々と言われた日には。僕もこういうふうに学者みたいに淡々と話しているのかと思いながら彼女を見ていましたが、彼女に学校での彼女からはそういうイメージがなかったので意外に思って圧倒されていました。僕が頭の片隅に思い浮かべるに、そういえば登校時に場合によって言葉使いを使い分けていると言っていたような気がします。


「――なんか、暗い考え方ですね」

「そう? そんなものでしょ? 生きることって辛いことよ」

「あなたはもっと明るいタイプだと思っていました」

「よそ行きの正確は明るくしているわ。でも、家にいるときは暗いときもあるねん」

「器用に使い分けているんですね。僕も家では学校より話しますし明るいですけど」

「とにかくね、私の理論では、現在や過去に起きているすべてのことは、未来の死に向けての準備でしかないということよ。時間を長く感じたり短く感じたりするのは全てそれよ」


 彼女は僕とは逆に自信満々に鼻息荒く言い切りました。僕が気づいたことに、言っている内容と逆に表情は明るいものに変わっていました。僕が気づかないことに、表情が明るいほど目の暗さが際立っていました。


「時間に関して、僕が思うことをもう1つ言いますと、未来という時間はありません」


 僕は自分の理論で応戦しました、というのも彼女の変化に興味がなく自分本位だったからです。勉強もスポーツも人気も彼女に勝てない僕が、屁理屈だろうが自分の得意だと一人よがりに思い込んでいた理論でも負けていることは尺に触りました。僕は悪意のある微笑を浮かべながら彼女を言いくるめたい衝動にかられていたのです。


「――何を言っているの?」


 彼女が深い眉毛を下ろしました。僕は再び自信を喪失しないように気をしっかり持つことを意識しました。唇が震える。


「時間の概念は過去と現在の2つしかないのです。未来という時間概念として僕たちが認識してきたものは、ただの推量であり想像しているだけです。過去・現在という現実と、未来と思われていた非現実と、この2つは全く違うのです。英語の文法もそのことが分からなければ何もわからないです」

「賢いやん、よくわからんけど」

「とりあえず、未来というものの存在を信じない僕からしたら、あなたの理論は認められないのです。存在するのは過去と現在だけです」


 6時のチャイムが鳴りました。僕は自信喪失前に一区切りができたことに安堵しました。僕が過去から推量するに、今回も彼女に論破されたでしょう、実際は不明として。


「――時間があっという間に過ぎたわ」


 彼女は短い髪の毛をかきあげました、まるで長い髪の毛がそこにあるかのように空に手を伸ばしながら。僕が思うに、髪の毛が長かった頃の癖なのだろう、メガネからコンタクトにした人がメガネをくいッと上げる癖を残すように。鳴り響くチャイムが除夜の鐘のように僕の思考をかき消して、僕に帰る時間を気にさせたのですが、時間か……


「それは僕と話していたからですか? それとも、僕と話していたら時間が過ぎるのを遅く感じましたか?」

「それは、早く時間が過ぎた、と言って欲しいの?」

「いや、そういうわけでは」


 僕はアインシュタインの言葉を思い出しました。嫌な時は時間が遅く感じ良い時は時間が早く感じる、という内容に歪曲した言葉です。僕がそれを口に出した理由は、直近の会話を参考にして会話をするというところからだけで他にはありませんでした。


「でもね、未来みたいな非現実と違って現実の事を言うと、一人でいる時と比べたらあなたとの話す時は長く感じられたわ」

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