第5話2-2離れる

「負担?」


 嫌という言葉ではなく負担という言葉。その言葉のチョイスの違和感に僕はその言葉の意味を考えました。負担とは、引き受けて自分の仕事・義務とすること、その仕事・義務、またはそれに対する責任、重荷、過重な仕事。


「そう。わたし、あなたの負担になっているんけ?」


 うなだれたことにより顔に影ができた彼女の心情を僕は理解できませんでした。どうしてそんな発言を、どうしてそんなうなだれ方を、どうして僕と会話を? 僕は相手に合わせて会話を頑張ることができると自己分析していたので、実行することにしました。


「――自由には責任が必要であるように、楽しむためには負担が必要だと思います」

「――何を難しいことを言っているの?」

「僕が言いたいことは、君と話すことは楽しいから、これくらいの負担は大したことがないということです」


 僕が自信満々から自信喪失に変わったのは、自分の発言が相手に合わせることができない自分よがりな発言だったららしいと気づいたからです。彼女の疑問により、僕の発言が理解されない、一般的な言い方によると痛い発言、それは僕の自己分析を間違いだと指摘してくれました。急速に耳に血が上がっていることを理解して、時間の過ぎる遅さに頬をヒクヒクさせていました。


「――あなた、やっぱり変わっている」

「自分が変なのはわかっていますが、どこが変なのかはわからないのです」


 僕は真面目に答えているのだが、彼女は暗い目を明るい光に乗せて引きつりながら笑ってみせた。僕が夏の暑さにやられたような失態をしている中彼女も暑さにやられたのだろうか? しかし彼女は暑さにやられていない冷静な意見を続けました。


「普通、女の子が『負担?』なんて聞いたら『負担じゃない』と言うもんやんけ。または、ボケみたいな感じで『負担や』と言うもんや。それなのに、そんなに真面目な言い方で負担であることを言うなんて変やんけ」

「なるほど、普通はそう言うんですか。勉強になりました」

「ふふっ、勉強……ねぇ。でも、あなたみたいな人は信用できるわ。だから、あなたが私と喋るのが楽しいというのは信じるわ。でも、これは約束して。私と喋るのが楽しくなくなったら、負担だけになったら、そのときは私と喋るのをやめてね」

「言われなくてもそうするつもりです」


 彼女は愉快に笑いながら話し続け、僕はその笑いが何かわからぬまま真面目に答え続けました。僕が思うに、僕の返答の内容がおかしいのだろうが、先ほど自分で声に出したとおり自分の変なところがわからないのです。僕は自分の無知がショックでした。


「そんな即答されたら少しショックやんけ」

「あっ、すみません。その、その時考えます」


 僕が謝るに、言葉をそのまま受け取り彼女を傷つけてしまったと思ったからです。彼女は大口を開けて爆笑していましたが、その理由は僕にはわかりませんでした。不思議に思うに、それは今までの人間が馬鹿にしてきた笑いと違い毒気はありませんでした。


「いいねん、気にしないで。そっちのほうが嫌なの。あなたは正直にいて。笑ってごめん」

「それよりも、そろそろ離れませんか?」

「どうしてよ? このまま教室に行きましょうよ?」


 彼女は不思議そうに首をかしげました、目に溜まった涙を指で拭きながら。僕は周りを見渡しながら同じクラスの人がいないかを確認していましたが、よく考えたらクラスメイトの顔を覚えていませんでした。アリの顔を判別できないように僕は周りの人の判別ができないですが、体面のために見渡すふりを続行しました。


「いや、僕とあなたが一緒に話しながら行くとややこしいことになりそうで」

「あぁー。なるほどなるほど」


 彼女は納得したように頷きました、思春期特有の現象として異性と一緒にいると恥ずかしく思ったり周りからはやしたてられるというものがあることを理解したように。僕はクラスの誰とでも話す女子に話しかけられた時ですら自意識過剰に反応する癖を今までどおり発動しました。僕が覚悟するに、彼女は今までのそういう女子と同じように、そんなことまで気にしすぎと内心で冷笑するはずです。


「だから、ここらへんで離れましょう」

「私はあまり気にしないんだけど」

「僕は気にするんです。それから、教室では僕には話しかけないでください、できる限り」

「うーん……異性の友達がいても……でも、普通は気にするかぁ……うーん」


 彼女は両手を自分の腰において、顔を上に向けて悩んでいました。僕がその間にもう一つ覚悟したことに、もう一つの価値観も伝えようというものがありました。普通の価値観に毒されていて自分でも長らく忘れていましたが、むしろ本質はこちら側かもしれません。


「これ、異性がどうこうではなく、友達がいることが苦手なんです」


 彼女は天を見ながらプッとつばを出して笑いました。僕は天唾の術を思い出しました。しかし、敵に気づかないふりをして嘘の情報を流すことを彼女はしていないでしょう。


「そっち? というか、友達おらへんの?」

「友達がいないもの同士で友達になったのですけど、でも、それだけでいいかなぁっと思いました。変に関係が崩れるのも嫌なので」

「あー、なるほど。所謂仲間はずれ的なことが嫌なのね。女子でもよくあるわ」


 彼女の何気ない発言に女性の世界のいやらしさが表れており、天唾の術がよく使われている可能性が出てきました。笑顔で話しながら足に青タンができるくらい蹴落とし合うと言われている女性の世界にボーイッシュな風貌の彼女も苦労しているのだろうか? 僕が何となく思ったことは、女性でなくて良かったということでした。


「そういうことです。面倒くさいことはいやなので」

「わかったわ。ここで離れましょう」


 彼女は歩みを少し早め、僕は少し遅らし、白い群衆がボンドのように間を埋めていきました。僕が少し安堵しましたのは、ふたりの距離が少し離れて慣れない会話から解放されたからでしょう。そんな僕がギョッとしたことに、彼女は鶏が物事を忘れるといわれている3歩分離れていく途中、こちらを振り返りました。


「ねぇ、普通2号くん、話していたら時間があっという間に過ぎたね」


 笑顔で声を張り上げる彼女が台風のようにあっという間に去って行く様子は、さきほど話した問題を気にしていないようでした。僕は歩きながら、心臓を手で掴まれているような苦しい時間をゆっくり過ごしました。誰にも彼女のことを言われなければいいのだが……


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