第4話2-1負担


 夏休みが明け、学校が始まりました。

 僕は登校中でした、t駅を降りて焼かれた鉄板のように残暑が残る道を。t駅から僕が通う高校までは普通に歩いたらカップ麺ができるくらいの時間しかかからないのですが、狭い道を多くの学生が人気店に並ぶアリの大群のようにあふれて進むので3倍以上かかります。僕が思うに、3倍以上のさらに3倍の時間がかかっている体感になります、というのも暑さの中・人の多さ・学校への嫌悪感のトリプルパンチがあったからです。


「あっ、普通2号くんやんけ」


 僕は聞いたことのあるニックネームを耳にしました、線路を右手に並行しながら台風のように北上する登校集団の中で。それは見たことのある頭に顔に声でした、が、顔と声は判別の自信が持てませんでした。僕は横にいることも気づきませんでした。


「――普通2号さん」

「名前覚えていてくれたんや。ありがとう」

「名前じゃないですよ。ニックネームですよ、これは」


 僕は気づかなったですが、自分の気付かなかったことを棚に上げて憎たらしい口調で接していました。それと対照的に彼女は爽やかな口調で、学校指定の白の半袖カッターシャツに紺のスカートでした。今まで学校で女子と話さなかったので気にも止めなかったのですが、男性と違い女性のカッターシャツはブラジャーを隠すのに不向きだから黒でもいいのではないだろうか?


「それでも、約束を覚えてくれたんやろ? ありがとう」

「いえいえ、とんでもないです」

「あなた、覚えるのが苦手だと言っていたやん。だから、覚えてくれるだけでも嬉しいわ」

「はぁ、ありがとうございます」


 僕は無難に会話しました、というのも変な奴だと思われないようにするためです。彼女は嬉々としたエクボを消して眉毛を下げました。僕は夏を感じました、その眉間のしわに汗が流れているのを見て流しそうめんの筒を思い出しながら。


「――あなた、さっきから他人行儀ね」


 無難に会話した結果、不審がられました。僕は不審がられる理由が皆目検討つかない上に、その言葉を聞いてから彼女の癖を思い出しました。僕はやはり人のことを覚えることが苦手だし、そうめんも好きではないし、そもそも流しそうめんをしたことがないです。


「そうですか? ニックネームで呼んだのにですか?」

「さっきから『ですます調』やんけ。そんなの同級生じゃせえへんで?」

「あなたこそ、急に泉州弁バリバリですよ。前に会った時はもっと標準語でしたよ」


 僕は売り言葉に買い言葉をしました、彼女が不審に思ったことを理解しながら。僕は集団のなかでゆっくり歩きました、相変わらず目を見て話すことない癖の最中たまに映り込む人の目を気にしながら。相手をきちんと見ないで言葉を見ていました。


「あれはよそ行きの言葉使いやんけ。仲良くなったらこうやで?」

「僕にとっては、家から出たら学校だろうがどこだろうがよそ行きなのです。そうなると、今登校中によそ行きの言葉を使うのは当然です」


 僕は自分の意見を言いました、というのも相手には変な奴だと既に思われているのならこれ以上変なやつだと思われても恥ずかしくないと思ったからです。普段は恥ずかしさに耐えられないから意見を言わないようにしているのですが、それによって何を考えているのかわからない変な奴だと周りから思われているらしい。僕と肩を並べて歩いている彼女は真顔でした、泉州弁の標準語への脳内変換で余裕がないのではないかと思うくらい。


「――なるほど、理屈はわかるわ。でも、その喋り方というか考え方は息苦しくないんけ?」


 泉州弁のままでした。思案していたのは僕の意見に対する返事の方でした。僕はこの問答に息苦しさを感じていました、炎天下の人ごみも相まって。


「僕はさほど息苦しくないです。それは慣れたからなのか僕の性分に合っているからなのかはわかりません。それよりも、僕からしたらあなたのようによそ行きとかで言い方を変える方が息苦しいと思います」

「どうしてよ? 外でも息抜きしたいやんけ?」

「そのために臨機応変に考えることが面倒くさいのです。外では丁寧語の一辺倒で行けばストレスがかからなくて快適ですよ。もちろん、それによって周りからは面倒臭いやつだと思われて別の面倒くさい事が起こるかもしれませんが、それはまた別の話です」


 僕が感じているには、彼女との会話によるストレスであり息苦しさであり、どうして自分の意見を言わないといけないのかという疑問でした。普通の人なら面倒くさくなって早めに会話を切り上げるのですが、彼女は会話をつないでくるのです。僕は冷や汗を流しました、自分の人生の中で出会ったことのない得体の知れない真顔に。


「ふーん。あなた、意外とよく話すやんけ」


 僕は恥ずかしく思いました、というのも人と話すのが恥ずかしくてできない人間だったからです。僕が推測するに、彼女の静かな微笑みはクラスの無口な人間がテンション上げて話てくるのを内心楽しんでいるのです。僕は自分が恥ずかしがっていることをバレないように無表情で素っ気無く対応するつもりです。


「え? そうですか?」

「そうや、恥ずかしいことやないで。あなたみたいなタイプって、所謂文化系っていうやん? その人たちって基本的にあまり喋らないと思っていたのに、あなたは良く喋るやんけ」

「僕も普段はあまり喋らないですよ。学校でも基本的には喋りません。ただ、あなたが喋るから頑張って喋るのですよ」


 バレバレでしたので、虚勢を張る気も起きずに本心を話しました。話しながら自分でも意外だと思ったのが、相手に合わせて会話を頑張るという気心が僕にあったことです。新たな自分を見つけた高揚感で目の前の憔悴している彼女に気づきませんでした。


「――もしかして、私と喋るのは負担?」

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