第7話2-1ゾンビバッタ


 僕は目を覚ましました。

 そこには白い服を着たお兄さんお姉さんが走り回っていました。バッタではないから食べられる心配はないと思いました。しかし、ここはどこ?


「先生、目を覚ましました」


 その近づいてくる姿を見て、周りの白を基調としたタイルの壁を見て、ここは病院だと思いました。茶色に汚れ切った白衣を見ながら、患者の血の多さを理解しました。僕は低い布団の上から首だけを動かして見渡しましたが、焦燥感と活気が入り混じった不安定な高低感が漂っていました。

 僕にそこで聞こえてきた情報によると、バッタは自衛隊や軍の兵器で退治しているようです。時間はかかるが、最悪の状況は去ったらしいです。僕は、軍の医療施設で安堵して眠りにつきました。


 

 数日が経ちました。

 世間はだいぶ落ち着きを持つようになりました。ネット・ラジオ・クチコミを通してバッタ撃退のニュースを流して落ち着かせようとしているのです。僕もそのニュースを信じて小躍りしていました。

 バッタは来ませんでした。ここ数日が嘘のようにバッタに遭遇することがありませんでした。それが証拠でバッタ撃退を信じたくらいです。


「いつまでここにいるんだろう」


 僕は窓から空を見上げていました。それはとても綺麗な水のようで雲一つない青空でした。僕は血が洗われたような気分になり、ガラスのように透明に消えていくバッタのトラウマを消していきました。

 何かが窓にぶつかる音。僕は小石が風に運ばれたのかと楽観的でした。僕は日常を思い出して微笑みながら音の方を見ました。

 バッタでした。

 それは、よく見ると腹が溶けたようにガラ空きになっていました。その空洞からはマグマのような茶色い粘膜が垂れていました。それはガラス伝いに地面に向かい、クリアなはずの視界を遮っていました。

 それは抜け殻か死んでいるかようでした。しかし、どちらでもないのです。得体の知れないものが、今そこに。


「怖っ」


 僕が呟くと、反応したようにそのバッタはガラス越しに動き回りました。髑髏がカタカタと笑っているかのようにガラスに動きが振動していました。そして、そのバッタが2つ3つと増えていき、窓ガラスを埋め尽くしてきました。


「生きてるっ?」


 僕は怖くなって自分の布団に逃げ出しました。ガクガクと震えながら目を閉じてお経を無心で唱えました。嫌な予感しかしません。


「なにあれ?」

「バッタ?」


 周りも気づき始めました。朗らかさが優勢だった病院内の雰囲気は少しずつ影を帯びてきました。しかし、それでもこの数日の安全と情報操作からプラスの感情と意見が優勢のままで、落ち着きがありました。


「ここもダメなの」

「でも、今まで大丈夫だったんだから、いけるでしょ」

「それに、軍の施設でダメならどこに行ってもダメでしょ」

「それに、兵器で退治できるんでしょ?」


 避難してきた人たちは楽観視していました。もしかしたら、楽観視するしかないのかもしれません。その安心しているはずの顔は皆引きつっていました。

 心なしか、対照的に施設の人たちは慌ただしくしているように見えました。その人たちの顔は安心した要素は一つとしてありませんでした。血相を変えて絶望的な青い表情で息を上げて走っていました。


「バッタだー!」


 黒い渦が排水口になだれ込むように入ってきました。そして、その黒く広がる泥水の軍団は建物の中のいたるところに付着していきました。壁、布団、人間とあらゆるところを黒く食い破っていきます。


「きゃー!」

「軍は何をしている?」

「俺を助けろ!」


 逃げ惑う人々。僕はその人の流れに踏みつけられて、身動きが取れませんでした。虫に殺される前に人に殺されることを覚悟しました。


「このやろう」


 立ち向かって殺虫剤をかける女性がいました。それは人の顔ほどの大きさの赤い入れ物の市販のものでした。僕は人ごみに踏まれながら静かに見ていました。

 僕は角刈りと坊主メガネを思い出しました。ボンベからのガスでバッタを倒していた二人です。僕がポンコツだったから死んだ二人です。

 自分も今度は殺虫剤で手伝わないと。僕はそう思い立ち上がろうとしましたが、上から踏みつけられて押し戻されました。靴の痛さを知りました。


「やったか?」


 女性は自信げににやけながら首を伸ばしてバッタの様子を見ました。バッタの大群は何事もなかったように元気に女性に飛びつきました。女性の絶望的な顔は一瞬でバッタに覆い尽くされました。

 周りはパニックになりました。各々が逃げる、泣き叫ぶ、殺虫剤で立ち向かうを統制なくしていました。逃げても殺させる、泣きさ叫んでも食い尽くされる、殺虫剤が効かなくて返り討ちにあう、各々の結果が待っていました。


「どうして殺虫剤が効かないんだ?」

「きっと免疫がついたのよ」

「みんなが無闇矢鱈と使うからだ」


 周りがバッタの渦に飲み込まれていく。

 抵抗してバッタを潰すものもいた。しかし、このバッタは今までのものとは違い、潰れてもそのまま襲って来るのです。頭だけになって襲ってくるバッタ、頭がないのに襲って来るバッタ、頭も体もないのに襲ってくるバッタの欠片らしき何か、いろいろなバッタが人を襲うことに執着しています。

 そのバッタは気持ちわるいことに、ゾンビのように蘇ってくるのです。僕はゾンビゼミをニュースで見たことを思い出しました。その派生としてゾンビバッタといったところでしょうか、そんなニュースは見たことがありません。

 

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