第6話1-6黒煙

「おまっ!」

「お、俺の指がっ!」


 噴水のように血しぶきを上げる角刈りの指にはバッタが群がっていました。ボンベを持っていた指はバッタに食いちぎられていたようで、角刈りにはバッタに対抗する術がなくなっていました。角刈りも他の人達と同様にバッタに力なくやられるのだろうか?


「うらー!」


 坊主メガネは角刈りに向けて発射しました。角刈りの周りのバッタは地面に落ちたり逃げ惑ったりしました。角刈りが指のあったところから流血している姿だけが残りました。


「血が、血が」

「待ってろ。止血してやる」


 坊主メガネはタオルを角刈りの手首に強く結びました。その手際は素早く、これもプロかと思いました。タオルに湿った血が赤から黒く変色していました。

 バッタがさらに襲う。その黒い大群は指のように五方向に分かれて向かってきました。幅広く攻撃してきました。


「くそ!」


 坊主メガネはさらにガスを発射しました。器用にも五方向に満遍なく放ちました。手首のスナップを効かせていました。

 次から次へとバッタが落ちていきます。まるで歴戦の撃墜王のように撃ち落としていました。すごく怖いものを坊主メガネから感じました。


「くそ、いつまで続くんだ?」


 坊主メガネのボンベからガスが出なくなりました。


「ガス切れか?」


 大量のバッタが坊主メガネに向かって飛んで行きました。もう形を作ることなく霧のように来ていました。僕は死んだと思いました。


「これくらい」


 坊主メガネは別のボンベを取り出しました。その動きは俊敏で手際が良いものでした。何回も練習をしたのでしょう、生き残るために。

 バッタが落ちていきます。枯葉のように落ちていきます。あれが枯葉だったらどんなに良かったのかと心底思いました。


「なめんなよ。いつまでも売ってやるで」


 と、ガスが止まりました。


「詰まったか?」


 再びバッタが。

 もうダメだ。


「まだまだぁ」


 坊主メガネはさらにボンベを出してきました。

 バッタが三度落ちていきました。

 とてもたくましく見えました。


「とことん相手してやるで、バッター!」


 気分がハイになっている男は、ガスを撒き散らしまくりました。それは、一見すると気が狂った殺人鬼みたいでした。しかし、相手はバッタであり、味方なら頼りになります。

 それでもバッタは残っています。こちらを攻あぐんでいるかのように周りを囲んでいました。逃げ道はないようです。


「ちっ、ガス欠か」


 坊主メガネは再びガスを出せなくなりました。再び素早く次のボンベに取り掛かりました。バッタも無闇に近づいてきません。

 僕は、今度も大丈夫だろうと思いました。


「おらー」


 ガスが出ませんでした。


「なっ?くそ」


 坊主メガネはボンベを投げ捨てました。不良品だったのか接触が悪かったからかでしょう。ここぞとばかりに静止していたバッタが動いて来ます。

 焦る坊主メガネは、何回も栓に手を滑らせました。バッタが滑るように来ます。栓はバレーの回転のように勢いよく回りました。

 再びボンベの発射を準備しました。


「しゃー!」


 ガスが出ませんでした。それは、最初にガス欠になったボンベでした。焦った結果、撮り間違えたのです。


「くっそー!」


 メガネ坊主の体中がバッタに埋め尽くされました。はじめは動いていた体は直ぐに動かなくなりました。僕はボンベを下に落としました。

 こっちにバッタが向かってきました。


「悪いな坊主」


 角刈りは体を寝かしたままポケットをまさぐっていました。僕は自分が悪いのに、何を謝られているのかがわかりませんでした。角刈りのポケットは血まみれになっていました。


「お兄さん」

「せめて、人間として死のう。奴らを巻き添えにして」


 角刈りはライターの火をつけました。指がない両手でどうやってスイッチを押したのかはわかりませんが、火がつきました。僕たちの周りにはガスが充満していました。

 爆発。

 僕は吹き飛びました。幸いなことに、火から少し遠かったことと爆風で吹き飛んだことによって、生きてはいました。

 僕は地面と同じ視点から見上げました。黒炎の前を燃えるバッタが明るく照らしてくれます。火山の爆発のように家から何かが飛び散ります。

 暗くなっていく夕空に一致するように炎は舞い、炭は沈殿していきます。豪華絢爛な彩色のようにも見えるその派手な景色は、様々な命が散っていくおぞましい力作でした。僕はその命を削る作品を見て不謹慎にも美しさを感じていました。

 薄い黒煙が殺虫剤のように僕の意識を失わせました。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る