第10話 続・十才 成長に栄養が不足していた件5

「だってだって、目の前にいたら我慢できないんだものっ!!」

 うん。自供かな? やっぱり。

「最初は出来心だったのよ? ちょっとだけ。ちょっとだけって。でも……!」

 そんな夜中にケーキを食べ始めたら止まらない系女子のように言っている対象は子供の保護。

「だって可愛いんだもんー! 何あれ心細そうなのを必死に隠してとか健気かよって思ったら止まれないでしょう!?」

 センナが一人で悶え荒ぶる様子にシェルディナードとディットはもそもそと出された茶菓子のクッキーを噛る。

『あ。これ美味しい』

『絶妙な配合だな。ドライフルーツにナッツとハーブか……。栄養考えられてそうだ』

 森で聖母センナの助けられたという子供達は、それぞれ日持ちのする焼き菓子などを持たされて聖母と別れていた。

(これもその一つなんだろうな)

 人間の寿命は短い。その寿命に合わせるかのように、外見の成長する速度も早い。

 大体の魔族と人間との時間感覚は大きく解離かいりしていて、センナとしては数日面倒を見たくらいの感覚でも、人間なら子供から独り立ちできるくらいになる。もう大丈夫となると、彼女は焼き菓子と最後の抱擁、その温もりを与えて保護した子供を見送った。

 そんな事を、数十年続けているのだと聞いている。

『なあ。聞いてる限り良いこと? してんだろ? 何であんな言い訳してんの』

『うーん。多分、今までは人間とかどっちかって言うと駆除の方針だったからじゃない?』

 いわゆる、野良猫や野良犬に餌やっちゃう感覚。多分それに近い。良い事という認識はないのだろう。

『でも、だからこそセンナ嬢は純粋だ』

 外から見たら八割方の者には変た……変わりものにしか見えないだろう。けれど、シェルディナードとしては利害ではなく純粋な好意からそういう行動を取る人物が孤児院には適任だし欲しい。

「センナ嬢。助けられた子供達は、未だに貴女を覚えていて、感謝していましたよ」

「え」

 別れたら二度と聖母には会えない。正確には、その家に辿り着けないらしい。恐らく、一定以上の年齢の人間を惑わせる結界が張ってあるのだろう。

「というか、貴女に助けられた者達の村が出来てました」

「へ?」

 再会を望んで、けれど叶わない者達が集まって自然と形成された村。調査員に最初こそ怯えて逃げたりしたが、心話などで意志疎通すると思いのほか早く落ち着いて、話を聞かせてくれるようになった。

 それは、この世界でも慈しんでくれる存在を知っていたからじゃないかと、シェルディナードは思う。ただ怖いものばかりではなく、自分達を確かに愛してくれるものもいると、知らなければ落ち着くことも難しかっただろう。過去の経験があって、今があるのだから。

(でも、だからこそこのままってわけにはいかないんだよね)

「ずっとと言うわけではありません。後継者も育てて頂きたいのですし」

「え? え? ちょ」

「陰でこそこそやるより、表で堂々と心行くまで少年少女を愛でたくありませんか?」

「えー……そ、それは」

 指に絡めた金髪をくるくるくるくると弄り、センナが葛藤に揺れる。

「ね、ねえ? でも、シェルきゅんにとっては? 何も得になる事がないじゃない?」

「いいえ。最初から、私には得しかございません。言ったでしょう? 私のしたい領政に必要だと」

 むしろ、これに関して多分一番得をするのが自分だとシェルディナードは見ていた。

 だから逃がすわけにはいかない。

 スッと席を立ち、そっと座ったままのセンナの側に行き、躊躇いなくその手をぎゅっと握って覗き込むように顔を近づける。

「お願い」

 反射的にシェルディナードの手を両手でぎゅっと握って「はいっ!」と言ってしまってから、センナは慌てて手を放す。

 決して鼻血がボタボタしたからではない。

 両手でティッシュを鼻に当て、センナがいじけたように言う。

「ずるいわ。そんな風にお願いされたら、お姉さん断れるわけないって知っててやってるでしょ?」

「そんな。どうしても、って一生懸命なだけですよ」

 使い終わったティッシュを捨てて、センナは息をついた。

「あ。ちなみに」

 シェルディナードの声に「え。まだ何かあるの?」な感じでセンナが少し身構える。

 そんなセンナの耳許へシェルディナードが何事かを囁くと、瞬時にセンナがシェルディナードの手をガッツリ両手で握った。

「なんっっっっ、でもっ、協力しちゃうっっっ!! なんなりと!」

 その姿は再びディットが引くくらいだ。はぁはぁ言ってるし、正直普通に怖い。

「ありがとうございます。では、よろしくお願いいたしますね」

 シェルディナードがすかさず契約書を差し出すと、センナは一応全て確認して上で流れるように署名サインした。



「なあ、坊。あれに何て言ったんだ?」

 センナの家を後にし、帰りついたシェルディナードの自室でお茶を淹れながらディットが聞く。

「ん? 別に大したこと言ってないけど。ただ俺がこれから作る予定で、センナ嬢が興味ありそうな事を二つくらい教えただけ」

「これから作る、ねえ」

 ソファに腰掛けたシェルディナードの前にあるローテーブルに紅茶のカップを置く。

「そ。一つは、サラ監修の美術館、特別展示とオークションハウスあり」

 お礼を口にしつつ、淹れてもらった紅茶のカップを手にするシェルディナードの向かいにあるソファに、珈琲のマグカップを手にしたディットが腰掛ける。

「センナ嬢、サラのガチファンだから」

「うわぁ……」

 ストライクゾーンの見掛けだけ見れば確かに美少年の部類かつ、人形師。どうやらセンナの中ではトップアイドルの扱いらしい。

「今後も協力してくれるなら、開館記念にセンナ嬢の為にサラが人形作ってプレゼント、って言ったのとー」

「…………」

 ひょい、とお茶請けのクッキーにシェルディナードは手を伸ばす。

「教養を伸ばしていずれは歌劇やアイドルとかデビューさせるから子供達には音楽習わせるよ。ってそれくらいかな」

「ごめん。わかんね。何それ。何でそんなんでアレ?」

「ディット知らない? 大地や植物の系譜けいふにある種族って全般的に歌が好きなの」

「ほう?」

「何て言うかな……ディット達でいう、マタタビに相当するんだって」

「なる、ほど」

 ケットシーであるディットにはマタタビの一言で理解できた。それはヤバい。

「なあ、アレに子供預けて大丈夫か?」

「あはは。それは大丈夫」

 やけにはっきり言い切るシェルディナードにディットが胡乱うろんな視線を向ける。

「子供に手を出すなら、別れた子供が慕って村なんて作らないし、今までチャンスがあってやらないってのは、そういう事だから。彼女も言ってたでしょ? 愛でてもおさわり禁止、って」

「はー……。そんなもんかね」

「そうそう。今回は大満足」

 何となく納得いかない顔のディットにシェルディナードは首を傾げた。

「坊にとってそんな得になんの?」

勿論もちろん。得しかないよ」

 言ってしまえば、彼女を取り込むことで彼女を慕っている人間の村も丸ごと取り込めるわけだ。

 人間達が受ける印象だって段違いに良いと思われる。

「俺の考える領政には人間の活用が不可欠だし。散らばっている住人候補の人間を集めるにも、俺達側で同じ人間がいた方が何かと便利だもん」

 むしろ今回、彼女の手柄を貰ってしまう事になるだろうから、その対価を色々用意したのだ。

「払うものと比べて得た利益は大きい。これはもう満足の一言だよ」

 ニィッと三日月のような笑みを口許くちもとに浮かべたシェルディナードを見て、ディットは深く溜め息を吐く。

「俺は坊の将来が心配だ」

 絶対腹黒くなりそう、と。

「あは。ディットが父親だったら、楽しそうだよね。いっそ本当になる?」

「勘弁してくれ」

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