第9話 続・十才 成長に栄養が不足していた件4
「それで? シェルたんのお願いってなぁに? お姉さんにその可愛いお口で聞かせてくれる?」
『坊っ、帰んぞ!!!!』
『ディット。落ち着け』
ガタッと反射の勢いで席を立ちかけたディットに笑顔と小声でシェルディナードが言う。
「はぁ~ん。少年のいる空間の空気美味しーい! ペロペロ」
席立ち再びの前にシェルディナードがディットの上着の裾をがっちり掴んで
「あ。お茶もお菓子もいっぱいあるから遠慮しちゃイヤよ? お姉さんとの、お・や・く・そ・く!」
「はーい」
隣で虚無の顔になっているディットをチラリと見てから、シェルディナードは女性に再び視線を向けて口を開く。
「今日は来訪の許可を下さりありがとうございます。センナ嬢」
「いやーん。そんな
変態もといセンナ嬢を見るディットの目が死んでいる。
なまじ見た目が美女だけに、美少年の空気美味しいとか口にしてクンカクンカと空気中の匂いを嗅いで
『坊。茶も菓子も絶っっっっ対、手ぇつけんなよ』
『ディット、それ失礼だから』
「何か変なもんでも入れられてたらどうすんだよ!!」
「あら。失礼ねぇ」
思わず上げてしまったディットの言葉にセンナが
こちらから訪ねておいて訪問先のホストを
「美・少年少女は世界の宝! 愛でて鑑賞してもおさわりは本人の許可なく禁止! なにか盛るとか言語道断! お姉さんの方が盛られるのはアリだとしても!!」
世界の宝と宣言した所で幻覚の類いかもしれないがセンナの周囲に華が咲く。華を背負ったとも言える。
そして
「…………」
顔色は変えないまま、しかし警戒心は二倍にしてディットが固まった。シェルディナードがディットの頬をつんつんしてみるが反応がない。石像のようだ。猫耳がペタッとして倒れて尻尾の毛がぶわっとなってる。
「だから安心して飲んで良いのよ?」
バチコン! そんな音がしそうなウィンクをするセンナにシェルディナードは頷いて、
「美味しいです。すごく
「やーん嬉しい。お姉さんのオリジナルブレンドなのよー。シェルきゅんに気に入って貰えて幸せ過ぎてもう鼻血出そう」
「あはは。ティッシュ要ります?」
「大丈夫! あるから!」
センナはそう言って手元へティッシュの箱を手繰り寄せた。
「はあ。幸せ。うふふ。ごめんなさいね、お待たせしちゃったけど、改めてお伺いするわ。お姉さんに何のお願いがあるのかしら?」
鼻を押さえていたティッシュを
シェルディナードもグラスを置いて、少し姿勢を正す。
「ありがとうございます。この
頭を下げ、ディットの無礼についても謝ると、センナは快く謝罪を受け入れてくれた。元々そんなに気にしていないのか、それとも慣れているのかは不明だが。
「はう……礼儀正しい美少年きゃわわ……! センナ・ヘニイスタよ。シェルきゅんのお手紙にもお姉さんの名前があったし、もう知っていると思うけど一応ね」
本当に音声さえなければ楚々とした指折りの美女と言えるだけに残念である。
「ユリアちゃんからお姉さんのこと聞いたのよね?」
「はい。リブラのサラフォレット様からアロマティルードのご子息の所で侍女頭をなさっているユリア嬢の
「んふふー。嬉しいわぁ。しかも! サラフォレット様がお姉さんの事を知っていてくれたなんてっっっ!! どうしよ。もう尊みに意識がっ!」
シェルディナードの隣でディットが小刻みに震え始めた。あまり長居するとディットの精神的によろしくなさそうだ。
「で・も、お姉さんが役に立てる事なのかしら? 何をして欲しいか、教えて?」
「私が設立する孤児院の院長になって頂きたいのです」
「孤児院?」
考えるように片手を頬に当ててセンナが首を傾ける。
「はい。主に人間の十五才以下の子供を保護する施設です」
「ん~……そうねぇ、魅力的ではあるわ。けれど、お姉さんでなくても良いのではなくて?」
センナは微笑んでやんわりと断る。ディットは意外そうにその様子を見た。てっきり先ほどまでの彼女なら、一も二もなく飛び付いて了承するのではと思っていたから。むしろ子供の身の安全の為にそれはやめた方が良いと進言しようか迷ったくらいだ。
「いいえ。センナ嬢以上の適任はいらっしゃらないと存じます」
はっきりと言い切り、シェルディナードはその赤い瞳を細めてセンナを見る。
「ただ身寄りのない孤児を預かるだけなら、確かにどなたでも務まるでしょう。けれど、私が求めているの違うのです」
そう言いながら、鞄から地図のような絵が描かれた紙を取り出してテーブルの上に広げて見せた。
「これは、私の進める都市計画の完成予想図です」
今は草原になっているそこは、様々な建物や広場、公園などのある街となった青写真。
「都市の周囲は魔獣を含めた害獣避けの結界術式で囲み、見回りもする予定です」
普通の動物の他、魔力で変質して独自の進化を遂げた魔獣というものがこの世界には存在している。魔族からすれば普通の動物はそこまで
「素敵ね」
「ありがとうございます。けれど、これを実現するには私だけでは到底及びません」
シェルディナードは続いて別の書類を取り出してセンナへ渡す。
「あら……。これは人間用の学校?」
「はい。この計画には、人間の識字率向上など含め、教養が不可欠です」
人間を食材や実験動物ではない所で活用する。その為にはこの世界の言葉や文字を習得させ、能力を伸ばす教養が必要だ。
「その土台となる、衣食住。これは重要な部分で、誰にでもとはいきません」
「そんな重要な部分を、お姉さんに任せるの? 美少年に頼られるのはとっっっても嬉しいけど、理由がわからないわ」
やはり他の人でも良いでしょう? 微笑みつつもそう言いたげなセンナに、シェルディナードはクスクスと笑った。
「センナ嬢ほど、一番大切なものを備えている方がいらっしゃらないからですよ」
「えぇ? 何だかプレッシャーねぇ。それはなあに?」
「慈しむ心」
ただ単に世話して何かを教えるだけなら、確かに他の誰でも良い。
「待って。待って、シェルきゅん。そんなもの」
「【森の聖母】」
シェルディナードの言葉にピタリとセンナの動きが止まる。
「って、センナ嬢でしょ?」
「な、なぁんの事かしら~。お姉さんわかんないなぁ」
「そう? ユリアさんはセンナ嬢はとっても面倒見の良いお姉さんだって言ってたよ?」
「やん。シェルきゅんにお姉さん呼びされたらもうキュンキュンしちゃうけどそうじゃなくて」
「迷い人の低年齢層、やけに生存率が高いんだよねー。心話出来る人に捕まえた子供と意志疎通してもらったら、森の中で聖母様に助けられたって」
目に見えてセンナの顔色が青くなり、ダラダラと汗が流れた。
いつの間にか震えの止まったディットが今度はゆっくり隣の雇い主を見遣る。
ディットは
――――狩りの目だ。
特に大きな獲物を前にして、どう仕留めようか考えてる時の、
「もうダメだって。寂しくて熱も出て苦しくて、何も食べてなくてひもじくて、このまま死んじゃうんだって思ったら、キラキラした髪の、とっても綺麗なお姉さんが助けてくれたって」
どう誤魔化そうと思案したのか、センナは自らの髪を指に絡めてくるくるする。
「そのお姉さんて、センナ嬢だよね?」
「ひ、人違い」
「そうだねー。とても綺麗な金髪のお姉さんで、花のような匂いがして、献身的に少年少女を介抱してこの森に住んでる人なんてー、他に?」
「ほ、他に」
「少年少女なら人間でも分け隔てなく助ける物好きなお姉さん、他に?」
「い、いいいるんじゃな」
「…………」
「――――あーん! もう、いぢめちゃイヤイヤ! お姉さん泣いちゃうんだから! そうよ! お姉さんがやりました!」
何で良い事したのに犯罪白状したみたいになってんの?
そう思うも空気を読んでディットは口をつぐむ。これぞ出来る男。
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