第8話 続・十才 成長に栄養が不足していた件3

「ディットー。これ業者に回して」

「はいよ」

 領地見学から数日後。朝の柔らかな陽が射し込む中、シェルディナードは自室の机で書類を片付けていた。

ぼう。これで最後だ」

「ありがと」

 料理人として契約したが、結局本人の資質が世話焼きなのか半ば従僕、言葉遣いは兎も角として、そろそろ専属執事とも呼べそうなディットである。

 最後の書類をシェルディナードに手渡し、確認したシェルディナードが署名。ようやく書類仕事から解放された二人は、それぞれ固まった身体を伸びをしたりしてほぐす。

「よし。じゃ、本部視察と、今日は交渉かな」

「視察はわかるが、交渉ってなに。わりと徹夜してたろ。寝ろよ坊」

「大丈夫。仮眠も挟んでたし、それ言うならディットもでしょ。寝て待ってても良いよ? 俺は例の孤児院の院長になって欲しいなーって思ってる人に会いに行く」

 そう。色々考えた結果、まずは選別が必要だと思ったのだ。

(話の通じる人か、通じない獣かは区別しないとな)

 そして選別した中でも、まだ少年少女と呼べる年頃の人間を受け入れる施設が必要だと。

 大人は大人で住居を与えれば自分の事は自分で何とか出来るだろう。だが、子供はどうか。庇護ひごが必要だから子供と言うのだ。

「雇用主おいて寝て待ってられるわけねーだろ。わかった。仕度しますよ」

「ありがと。そんな訳だから少しかっちり目の服でお願い」

「へいへい」

 着替えを用意してもらう間にシェルディナードも何やら黒い薄めの持ち手も背負いもある鞄にファイルを入れていく。用意してもらった服に替え、鞄を背負しょった。

 シェルディナードの外出用の服を用意しつつ、ディット自身もいかにも貴族の従僕然としたフロックコートに近いものに着替えて付き従う。やしきの一室にはサークルがあり、行きたい場所の座標と魔力を流す事で発動する。

 陣の上に立ち、瞬きした後はもう目的地だ。

 目の前には相変わらず草原。けれど、変化もある。

「皆さん、こんにちは」

「おお、若様! いらっしゃい」

「ディット、何だおめぇそのカッコー! アハハハ!」

「うっせぇわ!」

 前回と同じ丘の上。そこに簡易のログハウスが出来上がっていた。

「わあ、凄い。もう出来たのですか?」

「ハハ。これくらい朝飯前よ。つーか、本当にこんなんで良いのかい」

「はい。ある程度の期間で、建て直す必要が出てくる予定ですので」

 職人としては領の中枢ちゅうすうになう一つが木で出来た小屋なのは納得いかないらしい。だが、本格的なものは後々建てるので、これはその時に解体してしまう。

 取り壊す事が見えているものに力を入れさせるのは気が引けたのだ。

「まぁ、若様が良いって言うなら。俺達は費用貰ってるしな」

「ふふ。本格的なものを建てる際は、また親方にお願いしますね。その時はどうぞよろしく」

「おう! 期待してるぜ」

 ディット経由で紹介された山猫や猪の獣人達で構成される大工衆は口々に任せろと言い、中には筋肉を見せつけるようにポーズを取る者もいた。気の良い人々だ。

(建築系の仕事はこれからわんさかあるし、親方には同業者を紹介して貰うお話もしておかないと)

 街を創るのだから一つの業者だけでは無理だし、ある程度は均等に仕事を発注してこそ経済が回せる。

 資金は限られているが、投入すべき所には入れないと始まらない。

「じゃ、皆さん。お仕事お疲れ様でした。と、言うことで」

 シェルディナードはにっこり子供らしく笑って両手を広げる。

「はい! 打ち上げどーぞ!」

「おぉー!!!!」

 じゃじゃーん!と効果音でもつきそうな勢いで身体を退けたその背後。移動してきたのはシェルディナード達だけではなく、幾つかの酒樽さかだるも一緒である。

「まずこちらマタタビ酒ー!」

「マタタビー!!」

 主に猫系から歓声が挙がる。瞳孔も開いてる。

「続いてサツマイモのお酒!」

「うぉぉぉぉぉ!!」

 野太い歓声は猪系の方々。

「おつまみも用意したので、遠慮なくやっちゃって下さい」

 再度、全員の大歓声が響いて空気が震える。実に暑苦しい。

 用意したものに礼を述べつつも既に酒盛りが開始されるのを、ディットは呆れたように見てから、シェルディナードを見る。

「普通、貴族の前で酒盛り始めるか?」

「俺、親しみやすい庶子しょしだもの」

 シェルディナードの母は元々踊り子だ。生粋の貴族ではないし、顔見知り経由の依頼でその依頼主が子供とくれば。

「……ナメられてんじゃね?」

「んふふ。どうかなー? まぁ、それはいずれわかるでしょ。そういう場面になったときの態度で」

 無いことを祈るけどね? と言いつつ。

(ぶっちゃけ、ナメられて当然だと思うけどね。だって本当に子供だし)

 それはそれで付け入る隙が出来やすい。それにナメていてもそれが度を越せば痛い目は見て貰う。大体はそれで引き締まるから良いのだと、シェルディナードはクスクス笑った。

「さて、じゃ本命いこーか」

 二人が向かうのは草原の先に横たわる森。と言っても人間がいるだろう廃墟群のある方向とは逆に進む。

 木々の葉が重なり影を落とし、踏み締める足許あしもとは腐葉土の柔らかさとぬかるみ。少し湿った空気は森の呼吸。

 小動物や虫の動く音、鳥の羽ばたき。草原やましてや街のものともかけ離れた独特の雰囲気と空気。晴天でも、奥へ行けば行くほど緑の闇は深くなる。

 ほぼ獣道のような所を歩いて進む。数時間歩いて、そろそろ昼時といった所で開けた場所に出る。小さな泉の側に寄っていた動物達が見慣れぬ来訪者に驚いて逃げていくのを見ながら、ぐるりと見渡すと、近くに小さな木造の小屋があった。

「あれだね」

 小屋に近付き、素朴で可愛いその小屋の戸をコンコン叩く。ほどなくして可愛いらしい声と共に開かれ、妙齢みょうれいの美女が現れた。

 腰を越えて波打つ金髪に白い肌。露出は無くても身体に添ってラインがくっきり見える足首までの黒いワンピース。髪と同じ金の長い睫毛まつげが影を落とすのは金緑きんりょくの妖しい輝きを持った瞳。柔らかそうな唇はふっくら艶めいていて、文句なしの美女――――。

「いっや~~~~ん! きゃわわーーっ!! きゃわいい! お姉さんドキドキしちゃーう!」

 瞬間、ディットの顔から表情が抜け落ちた。

『坊。かえんぞ』

『ディット何言ってるの? 今から交渉なのに』

 小声で表情が抜け落ちたまま言うディットに、同じく小声ながらもニコニコ笑顔のシェルディナードが返す。

『大丈夫だよ。彼女、ロリもショタもどっちも愛してる上にストライクゾーンは人間で言えば十五才程度までらしいから、ディットが狙われる事はないよ』

『どこに安心しろと!? てか、俺じゃねーよ! 危ねぇのは坊だろうが!!』

「さ。入って入ってぇ。お茶用意するわね♪」

 笑顔と無表情の小声がやり合う中、女性は軽い足取りで二人を小屋に招き入れる。

 外観と同じく素朴な造りの室内を、手作りのリースや人形、ぬいぐるみ、女性らしいとイメージされる小物が飾り彩っていた。

 ともすれば男性には居心地が悪くなりそうなものだが、別段そういう事もない。それは飾られているものは女性寄りではあるものの、ナチュラルにテイストが寄せられているからかも知れない。なんとなく、懐かしいような心地にすらなる。

「もう、こーんなきゃわわな子に会えるなんて、今日は最高の日ね!」

「ありがとうございます」

 鼻唄を歌いながら女性がテーブルと椅子を勧め、シェルディナードが腰掛ける。ディットは後ろに立っていようとしたが、シェルディナードの視線で隣の席に着くように促されて渋々、腰を下ろした。

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