第11話 番外編 貴族ってわからねぇ(ディット視点)

 何でこんな事になってんのか俺もわからねぇ。

 俺は今、期間限定で貴族令息の使用人になっている。

 つーか、一言。貴族の感覚おかしいだろ!

 何でぼうみたいなガキが「ごはん作って」って他人に頼むほど腹空かせてんだよ!

 俺の事をストーキングしていた理由がこれ。最初聞いた時、わけわかんなかった。理由聞くと、今度は腹が立った。子供の食い物に異物混ぜるとかどんな奴だ!?

 それだけでも業腹ごうはらだったが、事態はさらに最悪だった。

 何って、坊自身がそれを何て事ねぇって思ってる事だ!

「味が悪いし、蘇生するのに時間も掛かるから面倒くさいけど、言ってしまえばそれだけだよ」

 これ聞いた時の俺の気持ちわかる?

「そう言う問題じゃあねぇんだよ!!」

 キョトンとすんな。キョトンと。

「貴族の家では、大なり小なり、幼い頃から少量の毒物を摂取せっしゅして身体を慣らしていくし、これ自体は普通だよ? うちの家系が死んでも生き返るから他より過激なだけで」

 ダメだこいつ。わかってねぇ。あとお貴族様の感覚、やっぱわからねぇ。

ぼう…………。そこに座れ。正座だ」

 自分でも声が低くなってるのはわかってた。けど、ダメだ。これはこのままにしとけねぇ。

 素直に坊が正座する。まだ子供の坊がソファの上で正座して、俺がその向かいのソファに腰掛けると、目線が立ってる時より合い易くなる。貴族と使用人の関係でいうと間違いだが、今は無視だ。

「坊。俺はお前が自分で慣れる為に自分の適量を摂取すんのは止めねえ。じゃねーと、それこそ坊が言ったように貴族としてやべぇんだろうからな」

 自分で毒を摂取するとか、マジキチだとは思う。が。じゃあそれやらねーで抵抗力なく死ぬとかが良いとは絶対言えねぇし、言う気もない。思わねぇ。

「けどな」

 それと、これとは別なんだよ!

「誰かに害されんのに、慣れるな。害すのを、許すな」

「…………生き返るのに? 本当の意味で死ぬわけじゃなくても?」

「そうだ」

 おい、不思議そうな顔すんな。

「本当に死ななきゃ良いってのはげぇだろ」

「どう違うの?」

 お前はナゼナニ期の幼児か!?

 見た目は十くらいだが、中身が伴ってねえ。頭は年齢以上だと思うが、ここで言う中身っつーのは、心だ。何でこんななってる。何でこんな心の成長してんだよ!

「じゃ、言い方変えるぜ。もしサラ坊とお前が逆の立場だったとして」

 本当は名前出したくねぇんだよなあ。下手に名前出すと「なぁに?」とか返事して出てきそうだから。

「サラ坊が大丈夫だからって言って何度も毒殺されて生き返るの見て、坊は何も思わねぇのかよ」

「…………」

 想像したんだろう。坊の赤い瞳がかげる。

「本当に死ななきゃ良いのか? 坊、生き返る時、すげー苦しいって言ってなかったか?」

 何度も死ぬ苦しみ。そして、生き返る時も同じくらい苦しく痛いと、そう言ってたんだよ。なのに何で許容すんだよ。

「坊、いまサラ坊がそんな苦痛味わうの想像しただろ。その上で聞くぜ。本当に死ななきゃ良いのかよ」

「良くない……」

 ポツリと零れた答えに、俺は心底ほっとした。これで変わんねぇ答え返ってきたらどうしようかと内心ドッキドキだったからな。

 誰かの事を思って、置き換えて考えられるなら、まだ間に合う。

「? なんだよ、坊」

 少し安堵あんどしていた俺に、坊が不思議そうな目を向けていた。

「ディットはどうしてそこまで言ってくれるの?」

「は? それは坊が雇い主だからだろ」

「そう、なの?」

 むしろそれ以外に何があると?

「そうだ。雇い主が間違ってたら、それを直すのは従者じゅうしゃの役目だろ」

 何もおかしくねえ。確かに、最初は料理人として契約したが、坊には俺以外の使用人がいねぇ。

 加えて食べ盛りっぽくてわりと一日通して一緒にいるから、次いでなので従者として契約し直しておいた。

 ああ、でも、そうか。

 だからか。

 俺しかいねぇから、『わからなかった』のか。

 ふざけんな。

「坊。母ちゃんか父ちゃん、今どこにいるか知ってっか」

「聞いてどうするの?」

「ちょっと言いてぇ事がある」

「わかった。じゃあ、かあさんなら多分今は浜辺ビーチの方にいると思う」

「よし」

「でもディット」

「何だ?」

 俺は坊を、見た。

 赤い瞳と目を合わせた。

 瞬間、身体が強張こわばった。

「父には近付いちゃダメだよ」

 そこにあるのは鳩の血のように深い赤の光彩と黒い瞳孔。そう普通の目玉だ。なのに。

 まるで、底のない湖を覗き込んでいるような、吸い込まれ引き込まれたら二度と浮かび上がれないような予感を覚えそうな、そんな不気味さと恐怖を感じた。

 同時に納得もした。ああ、やっぱ坊も貴族なんだなって。

 どんなに子供でも、貴族として育ってるんだなって。そう思った。

「ディットの為だからね」

 ふぅっとシェルディナードが息を吐いて金縛りが解除される。途端とたんにドッと冷や汗が吹き出した。

「坊」

「ん? なあに?」

 再び合わせた赤い瞳はさっきまでの不気味なものは欠片かけらもなく、多分無意識にやってたんだろうなとわかる。

「坊の真顔、怖ぇよ」



 って言ってそんな経ってねぇんだけど、目の前に坊の父親がいる件。わざとじゃねぇぞ。

「やあ。君が新しくシェルディナードの従者になったディット君かな?」

 坊が会うなって言った意味が良くわかった。こいつはヤバい。

 白い髪をきっちりなでつけ整え、端正な顔には微笑。切れ長の薄氷アイスブルーの瞳は楽しそうに細まっている。

 外見だけで言うなら異性は魅力的に感じるだろうイケおじな感じでスーツもしっかり着こなして品を感じる。

 だが。

(鳥肌が止まらねぇっ!)

 視線だけで何か嫌な予感……具体的には性的な興味は微塵みじんもねぇけど、身体の隅々まで暴かれる感じの……そう、視線だけで解剖かいぼうされてるような、ダイレクトに「お前を解剖してみたい」ってメッセージ受け取ってるような感じだ。しかも本気で。

猫妖精ケットシーと聞いているが。なるほど……確かに、魔術的な抵抗力も高そうだね……」

 間違ってなかったらしい。何だそのイイ実験動物モルモット見つけたって言うような声音。

 何故、第二夫人邸ここにこんなのがいる。いや、坊の片親なんだから来ても居てもおかしくねえけど!

 初の遭遇エンカウントが会うなよって振りの後とか勘弁しろよ。死ぬ。

「どうかな。良い機会だ。一緒にお茶でも」

「――――ディット。遅い。いつまで待たせるの」

 ひぇっ、と息を呑んだ瞬間、背後から聞き慣れた声がした。

「さ……サラ、様」

 流石に「サラ坊」とは呼び掛けなかったが、そこにはいつものように、いつもより若干不機嫌そうな少年が立っていた。

 薔薇色を一滴だけ落としたような甘い金髪に雪のような白い肌。仕立ての良い服と靴に身を包んだ貴族の少年。夜に咲く菫を思わせる深い藍色の瞳を、俺を通り越して坊の親父へ向けている。

「いつまで、待たせるの」

「あ。えっと」

「いつまで」

「今いきます」

 どっかの世界にイツマデって魔物か魔族いたよな。

 そんな冗談を言っていられる余裕はあるわけもなく、これは遠回しな助け船だ。

 俺は坊に呼ばれているていで、ささっと頭を下げてからくるっと反転。一目散に坊の部屋へと逃げ帰った。

 部屋に飛び込むように入って、安堵あんどから足の力が抜けてへたり込む。

「ディット?」

 どうしたの? そう聞いてくる坊に何とか顔を向ける。

「今、そこで」

「ふらふらついて行きそう、だった、から、回収した、よ?」

「あれ? サラ。珍しいな。廊下そっちから来るの」

 座り込んだ俺の背後にある扉を開けて、サラ坊が入って来た。

「こんにちは。ルーちゃん」

 チラッとサラ坊が無言でこちらを見下ろしてくる。

 座り込んでる今は、子供と言えど立ってるサラ坊の頭の方が上にあるからそうなるわな。

「サラ坊。助かった」

「気をつけて、よね」

 それだけ言って、サラ坊はいつもの定位置である、ソファに座った坊の隣に腰掛ける。

「え。何があったの?」

 怪訝けげんそうな顔になった坊に、サラ坊が説明してる間、俺は立ち上がって紅茶を淹れて二人に出す。

「……ディット」

「いや、俺じゃねえよ! 俺だって会うわけねぇと思ってたからびびったわ!」

 呆れたような坊の顔に弁明だけはしておく。

 まあ、いささか情けねぇけど。

「無事で良かったけど、本当に気をつけてね。神出鬼没だから。一応、俺の部屋か、俺やサラが一緒ならどこでも大丈夫だけど、一人で極力邸を歩かないように」

 なぁ、ここ、何かいわくつきの廃墟か何かか?

 もしくは事件が起こることが確定してる陸の孤島か何かそういう舞台か?

「ディット。何で俺の部屋と繋ぎの小部屋使ってもらってるか、わかる?」

 それむしろ、わかった? って聞いてる顔だぞ。

 わかったけどな!

「充分わかった」

 買い出しも坊が着いてくるし、陣を使って帰ってくると坊が待ってて一緒に部屋に戻っていた。

 流石に貴族だけあって、坊の部屋は手洗いも風呂も小部屋が付いてるから、基本他に歩き回る必要もなかったし。

 それもこれも、恐らくさっき遭遇したアレに会わない為の安全策だった、っつー事だよな。

「サラ坊、マジ感謝」

 あがめよ、と。フンスと少し得意げに見えなくもないサラ坊に頭が上げられねぇ。

 とりあえず坊の親父がどうやばいのか実感した所で、俺は二度と近寄らねぇ事を心に決めた。

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