第7話 続・十才 成長に栄養が不足していた件2

 と、まあそんなフェードアウト計画を話した数日後。

 栄養不足は領地にも言える。

 領地は例えるなら巨大な畑。領主はいわゆる農夫。

 今まではその農夫見習いである人の環境が整っていなかったから動けなかったが、従僕をゲットしたのでいよいよ畑仕事の開始だ。

「ディット、領都行く」

「へいへい」

 色々準備して、今日は領地のかなめ、領都へ!

 とディットも心なしわくわくして見に行ったのは良いんだけど。

「おい」

 感情の抜け落ちた声と虚無の瞳でディットはシェルディナードに問う。

「なあに?」

「ここ、領都なんだよな?」

「うん。そうだよ」

「――――っなんで見渡す限り草原なんだよ!?」

 何でと言われましても……ね。

 目の前に広がる青々とした草地。丘の上に立っているのだが、ぽつぽつとゴマくらい小さく建物が、建物と建物の距離をおいてあるのが見える。

 もう一度言う。領都。領地の首都だ。

 ちなみに今立っている丘の背後にはなだらかな坂道があり、その路の先には崖がある。崖の上には堅牢な造りの城がそびえ立ち、周囲の何もない風景から浮きまくっていたりして。

「うちは現状、旨味が全くないからねー」

 ちなみに背後にあるその城が現領主の仕事場であり、この領の全ての機能がそこにある。

「さて。少し歩くよ、ディット」

「あー……はい」

 本当にわかりやすくディットの声のテンションが下がっていた。

 まあ、こうなる事はわかっていたから、今日の服装は動きやすく多少汚れても構わないもの。ディットも普段着に近い。

 丘を降りて行くのも道がないから草を踏みしめる。

「滑った方が速そうじゃない?」

「やめろ。さすがにハメ外し過ぎだ。あと、草の汁って意外と落ちにくいんだよ」

 つまり、ソリを用意すれば可、と。

ぼう、何考えた?」

「別に?」

 にーっこりと笑って返しておく。今度、ソリ持ってサラと遊びに来よう。

 見渡す限りの草原。降りた丘から見て左右にも丘がある。

「後々、展望台とかもあると良いかな」

「草見て楽しいか?」

「だから後々。領都らしくなったら、ね」

 転移石トラベルノーツを普段使いできる程ではない城務めの者などが居を構えている以外、家らしい家のない都(仮)。

「上下水道も整備しないと」

 恐らく今は魔術で構築されているのだろうが、人間には使えるかわからない。

「なあ、人間も見えねぇけど」

「んー。多分、もうちょい先に行かないといない」

 見渡す限りの草原の先に深い緑のラインがあり、そこからお隣の領地の方へ少し行くと、境界地帯というどちらの領地にも属さない中立の土地が見えてくる。そこは荒れ地と、人間の侵略によって放棄されて今は魔族の住まない廃墟の町や村があるはずだ。

 ちなみに侵略しようとした人間は後で、当時の領民スタッフがあらゆる意味で美味しく頂きました。侵略に放棄したと言っても、度々来るので相手するのが面倒だったから一網打尽にして、その機に他へ移り住んだ、それだけの事。

 人間がそこを根城にしているのは、海に沈んだ難破船に魚が住み着くようなものだ。

 さくさく歩けども草しかない。

 ある程度進んだ所で振り返る。

「ん。やっぱりあの丘が良いな」

「はあ?」

「あそこに本部置いてー、あっちに」

「待て待て坊。何の話だ?」

 ディットが怪訝けげんな顔でシェルディナードを見た。

 その問いにシェルディナードが無邪気な子供の笑顔で言う。

「俺の仕事場」

「言葉遣い!」

「まあまあ。ちゃんとした場では直すから」

 シェルディナードがからから笑い、ディットをなだめる。

「あー……これ俺か? 俺のせい?」

 ぶつぶつと頭を抱えて呟くディットを尻目に、シェルディナードはゆっくりと辺りを見回した。

(何もない。ってことは、何でも作れる余地があるって事だよね)

 ただの草原。けれど、そこに重なるのは未来の姿。

 整備された路、楽しげな音楽が流れ、店や家々が軒を連ね、魔族も人間も種族など関係無く行き交う街。大通りには人気の店や劇場、サラには美術館を作ると約束した。

 昼間の活気、夜は灯りできらきらして、街外れの丘にある展望台から眺めたら、宝石箱をひっくり返したみたいに見える。そんな未来。

 考えるだけでわくわくする。そんな街を、光景を、この手で作り出せたらどんなに楽しいだろう?

 見てみたい。創ってみたい。好奇心が身体を満たす。

 魔族は基本的に長命だ。

 だからこそ、常に退屈を殺す刺激を求めている。

 楽しい街。そんな場所を作れたら、何も特色がないと言われているこの領地も皆が訪れたくなる場所に変わるだろう。

 何もない場所に、誰もが憧れるものを創る。こんなに楽しい事はない。

(そこまでにしとけば、兄貴達でも大丈夫だろうし)

 円満離脱を目指している割には、と言われそうな感じが否めないのだが、本人はわかっているのかいないのか。

「とは言え、今は元手も少ないし、最初は小屋くらいかな。建てられて」

「元手?」

「そう。兄貴達と俺にそれぞれ割り振られてる資金と権利」

 領地を回す為の権限と資金をそれぞれ等しく割り振られている。

「俺が今もってるのは『法』の権限」

「え。坊が一番持っちゃいけなくね?」

「えー。ディットひどーい」

「そいうトコだよ。坊」

 しかし、と。ディットは自分の頭をガシガシ掻く。

「あれだ、刺客とか送ってくる兄貴達はどんな権利持ってんの。すげー不安なんだけど」

「一番上の兄貴が『まつりごと』、二番目の兄貴が『軍』」

 政治と武力が兄達にある。

「…………」

「大丈夫大丈夫。当分兄貴達は動かないし」

「なんで?」

「だって領地より社交とク……父の気を引きたくて必死だから」

 何か父親の呼称が一瞬怪しかったのはさておき、だから当面はほったらかしだろうとシェルディナードは太鼓判を押した。

「兄貴達がやる気になったら、まず手始めは人間の一斉排除だろうし、今の現状維持に注力するだろうからまず滅びの一途だよ」

 現状がギリギリなのに維持してどうする。むしろ領地的には死へのカウントダウンだろう。

 領地を任される十家とはいえ、あまりに力がないとなったらすげ替えられるというのに。

(まぁ、すげ替えられた方がその場合は幸せになれるだろうけど)

 こんな状態を維持されるくらいなら、頭をすげ替えて運営してもらった方が領地的にはハッピーエンドだ。ただそうすればもれなくシェルディナードの家は潰れて、使用人含め家族が路頭に迷うだろうが。

(母さんは元々ここの出身じゃないから、そっちに戻って自由に暮らすだろうけどな)

 父親の心配はするだけ無駄なのでしない。個人資産が捨てるほどあるはずだ。研究の成果で得た利益を研究の為に注ぎ込む永久機関なのでそこ以外に回す気はなさそうだけども。

(あれ? そうすると、被害受けるのは兄貴達と使用人達か)

 皮肉な事に、一番の元凶と思しき父親がダメージを受けるイメージが一向に湧かない。

 そんな考えに至って、シェルディナードはどことなくしょっぱい顔になった。

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