第6話 続・十才 成長に栄養が不足していた件1

6.




ぼう、食べ過ぎだろ。つか、何でそんな量食えんの!?」

 雇われて数ヶ月。とうとうディットはシェルディナードの部屋、夕食の席で悲鳴を上げた。

 一般的な人間で言うところの成人が一週間余裕でやりくり出来る食材を確保しているのに、それが二日で無くなる。

「んー……。食べ盛りの成長期だから?」

(これでもセーブしてるんだけどなぁ……)

 そんな事を思いつつ。

「だからって……。本当に大丈夫なのか?」

「平気だよ。足りないくらいだし」

「待て。やっぱおかしいだろそれ!?」

 胡乱うろんな顔でシェルディナードを見るディットに、シェルディナードは曖昧あいまいに笑む。

「そうは言われても……。しいて言うなら、種族の必須栄養素が足りないのを、普通の食事で補ってるから満腹にならないし、食べた側から魔力に変換してる、んだと思う」

「へ? 必須栄養……おいおい、そう言うのは初めに言え。何が要るんだよ」

「あー……。人間?」

「…………」

「大人一人で一日足りると思う。身体の成長が安定したら、もっと間隔空くと思うけど」

(うん。まあ、種族が違うと大分ショッキングかな?)

 人間でなくても、本当は他者であれば何でも良いのだけれど。

 そこは流石に言うとディットが震え上がってしまうだろう。言わぬが花だ。

「人間?」

 ゴクリと喉を鳴らし、ディットが確かめるように聞いてくる。

「うん。だって、母さん女食人鬼グーラーだから」

 父は不死者アンデッドの家系、母は人喰鬼ひとくいおにの家系。基本的にハーフとなる子は母体である母の体質が濃くなる場合が多く、シェルディナードもその例に漏れない。

 成長する為には人肉やそれに準ずるようなものが種族として必須なのだから仕方ない。他で補うのも一苦労なのである。

(問題は、そんな種族の治める領地に獲物ごはんが大量な事なんだけどね)

 え。何で? 食べ放題じゃん。とか言えるのは他領の奴だけだ。

「え。それなのに、人間が一番多い領地の跡継ぎ候補? 無理じゃね?」

「うん。まあ、そう思うよね。普通」

 せめて同じ近縁種族だったら不死者で産まれ、そんな問題無かったし、だから兄達が種族として最適だと思うのだが。

「何が、問題、なの?」

「うわぁあああ! ちょ、いきなり出てくんな! つか、いつ現れた!?」

 小さな鈴を鳴らすような声がディットの背後から聞こえ、文字通りソファからディットが飛び上がった。関係ないけど猫って驚くと垂直跳びするらしい。

 部屋にあったキャビネットの影から進み出たサラは不思議そうに小首を傾げる。

「いま」

「うんそうだな。そうじゃねぇ」

「どっち」

「サラ、もうそっち夕食終わったの?」

 ディットとサラのやり取りを見るのは嫌いじゃないけど、ひとまず確認した。

「うん。だから遊びに、来た、よ?」

「こっちの予定も考えろ。坊と俺はまだ食事中だ」

「いいよ。ディットももう終わりでしょ?」

 サラに考えろと言いつつ、ディットは立ち上がってテーブルを片付け、紅茶の準備をしている。口では何だかんだと言いつつ、従僕としての立ち居振舞いも板についてきた。

 来客であるサラとシェルディナードの前に紅茶のカップを置き、ディットは静かにシェルディナードの座るソファ、そのやや斜め後ろに立つ。

「ルーちゃん、さっきの、何で?」

「ああ。何で俺がうちの領地だとまずいか?」

「そう」

 サラは特に人肉が必要ではない種族だからピンと来ないのだろう。

「自分達を食べる奴が領地管理してる。わりと怖いじゃん」

「いつ自分を食べようとするかわからない。普通に怖ぇーわ」

 シェルディナードの後にディットが続けるが、普通に怖いと言いつつ逃げる様子もない。その言葉通りなら、一番怖い立場にディットはいるのだが。

 だからシェルディナードは不思議そうにディットを振り返る。

「やめたい?」

「別に。坊、やる気ねーだろ?」

「うん」

「じゃ、問題ねぇよ。曲がりなりにも俺、もう数ヶ月坊の側に居んだぞ。それくらいわからぁ」

 シェルディナードに自分ディットを食べる気がないとわかっているから辞める気はない。

 サラはその言葉に、自分の向かいに座る親友シェルディナードの顔を見て、目を静かに瞬かせた。

「そっか……」

 鳩の血のように赤い紅玉の瞳が、じんわりとにじむような笑みの形に変わる。口許も、いつもよりきゅっと口端を上げ、堪えるようにささやかな笑み。

 そんな親友の笑顔を見られれば、それだけでサラには自分で雇ったわけではないが、価値がある。

「ディット」

「何だよ」

「ぐっじょぶ」

「は?」

 サラにいきなりそんな事を言われてハンドサインを出されたディットは、わけがわからずそんな声をもらす。

「とにかく、俺が領主になるのはそういう意味でもまずい」

 しかし、貴族の義務として放棄も出来ない。

 望む望まない関係なく、貴族として産まれたなら領地に生かされている。

(兄のどっちかを領主にして、補佐に回る。それが本来正しいものだし)

「だから兄達を補佐する為に領地を整える所までやって、俺はフェードアウトするつもり」

 頭が誰になろうと領地が回るようにすれば、相当下手をこかなきゃ大丈夫なはず……。

 目指せ、円満な跡目競争離脱!

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