第2話 十才 人間をどうしようか悩んだ件

2.




 シェルディナードの実家が受け持つ領地は第一階層にある。

 お隣さんは湖が点在する風光明媚ふうこうめいびなリゾート領地。間には境界地帯と呼ばれる中立の土地が存在する。

「うーん」

 そしてシェルディナードの家、シアンレード領には現在何もない。

 正確には、あるにはあるが技術的なものだったりで、土地に紐付くものではないのだ。一応はその技術的なものがあるから収入はあるという形で。

 しかもそれはシェルディナードの父親が研究したもの。

 このままだと、まず代替わりと同時にヤバい。

「…………ウリ、必要だよなぁ。けど、それより」

 もっと対処しなければいけない事がある。

 それは、人間。

 シアンレードには他と比べ、領民の人間が占める割合が多い。

 土地の魅力に乏しい為、魔族の集まりが悪く少ないのも一因だろう。それとは別に、第一階層は世界の穴が空きやすく他世界からの迷い人や侵略者が多く現れる。

 話が通じなくても迷い込んだだけならまだ良い。中には話が通じるのに侵略しに来たというパターンもある。

 勿論、普通にしていたらただの人間に遅れをとることは滅多にない。ただ、魔族だって子供時代がある。

 大体のご家庭なら、親子の情だってあるのだ。女子供を人質に取られたりしたら普通、躊躇ためらう。普通じゃない筆頭が父親であるシェルディナードの脳内では自分の家は最初から例外である。

 閑話休題。

 そんな問題が他より確率が高い土地では定住しようという気もなかなか起きない。

 しかし、実はこちらはそこまで頭を悩ませるものではなく。むしろ害がないものの方が問題なのだ。

「人間の有用性、証明しなきゃなぁ……」

 食料や実験材料以外で。

 いつぞや同様昼下がり、ゴロンと自室の長椅子に寝そべり、十才程に外見が成長したシェルディナードはどうしたもんかと頭を悩ませる。

 魔族の実年齢と外見年齢は徐々にイコールでなくなっていく。

 現在十才のシェルディナードだが、加えて貴族となれば学ぶものは多く、結果として同年代よりも大人びるものが多い。そりゃ七つから大人の作るものから比べたら簡単とはいえ、事業計画書を書かされていれば嫌でもそうなるだろう。

 子供らしい子供時代を生けにえにして、成長促進だ。

「でも、強制的に急いでやってもダメなんだよなー」

 ぐぬぬ、とゴロゴロ転がっていたが、ふっとその上に影が落ちる。

「ルーちゃん」

「あ。サラ。そっか、もうそんな時間だっけ」

「都合、変わってた?」

「んーん。大丈夫。ちょっとグダってただけ。いらっしゃい」

 そう言って身を起こす。

 遊びに来ると連絡をもらっていた時間になっていたらしい。お茶でも淹れるかとソファから立ち上がる。

 相も変わらず兄達からの刺客は後を絶たない。

 毒殺されても生き返る過程で耐性がつくので次からは平気になるのだが、ぶっちゃけ不味い。味的に。

 自然と自炊が身に付くのは良いのか悪いのか。

 シェルディナードはサラの前に紅茶のカップを置く。

 同性であるシェルディナードから見ても、見惚れるような美しい所作でサラはそのカップを手にして口をつける。元々、サラは何故ここにいるのかわからないくらい格上の家、しかも跡取り確定の長男だ。一つ一つの動きや姿勢が育ちの良さをかもし出していた。

「美味しい、ね」

「そ? ありがと」

「うん」

 短いそんなやり取りをして、互いにお茶を飲む。

「ねえ、ルーちゃん。あいつら、殺しちゃ、ダメ?」

「だーめ」

 サラの言うあいつらはシェルディナードの兄達である。許可など出せるはずもないが、普通天気の話でもするような気軽さと、おねだりするような可愛い顔と仕草で言う台詞ではない。

「むぅ……」

「気持ちだけもらっとく。それに、兄貴達がいなくなると俺が困るし」

 いなくなったら跡取り確定だ。それだけは遠慮したい。

「いても、アレらには、無理」

「いやいやいや。わかんねーじゃん? もうちょい様子みて期待しても」

「無理」

 とりつく島もないとはまさにこの事。

「ルーちゃん。オレ、は、ルーちゃんの味方、だけど、無い可能性を、あるって言えない、よ」

 静かにカップを置いて、サラはため息をつく。

「だから、ルーちゃんの案が、採用された」

 事業計画書は結局、シェルディナードのものが採用された。そして今はそれをもっと具体的にしている最中だ。

「いや、未来とか可能性は無限大」

「ルーちゃん。流石に、疲れた? 寝る?」

 ドンと来い! とでも言うようにサラが自らの膝を叩いて膝枕の準備OKな事を伝えてくるがそういう事ではなく。

「……膝枕より、ちょっと一緒に考えてくんねぇ?」

「ん。良いよ」

 さてこの世界、王というものはいないが、貴族というくくりはある。

(いびつなんだよなー)

 王侯貴族社会なら普通、王そして貴族、平民、場合によっては奴隷どれいと身分のピラミッドがあるのがでは常識らしい。

 少なくとも異世界出身のシェルディナード母の所ではそうだったと聞く。

 王が国を治め、貴族は王に仕えて国の為に領地を管理する。つまり、他の世界では貴族は王に税を納めているわけだが。

(ここだと、王がいないから、税を納める必要はない)

 領地の利益はそのまま自分たちの運営に使用できる。

 では、その資金は何のために集めるのか?

 そもそも何故、領地というものを運営のか。

(世界のことわりねぇ……)

 王はいなくても、土地は、世界はそこに存在する。そして、世界のはそれぞれ理がある。

 この世界において、様々な種類の力があるが、どれであっても言えるのは力こそ全てということ。簡単に言えば、弱肉強食。

 力のあるものが上位であり、力の無いものはあるものに従わなくてはならない。その力のあるものを貴族とし、無いものを平民としている。

 ならばその貴族の中で一番強い者が王ではないかと思えるのだが……。

(上位十家は格の違いと序列はあれど、平等……つーのもホントおかしいよなぁ)

 一番強い=王ではない。弱肉強食のはずなのに、そこだけが違う。

「ルーちゃん?」

「なあ、サラ。何で一番強い奴が『王』じゃないと思う? そこおかしくねえ?」

「……そう、だね。でも」

 可憐かれんな少女めいた容貌ようぼう、その唇が答えを紡ぐ。

「それが、ルールだから」

 おかしいと思えどくつがえらない。そういうものだとまるで魂に刻み込まれているかのように。

(誰が決めたルールなんだろうな)

 そうは思うが、答えは出ない。少し思考がずれてきたのを自覚して強制的に意識を引き戻す。

 そのおかしなルールは幾つかあるものの、きっとこれもそうだろう。

 領地を運営しなければならない理由。それは端的に言って管理して運営しなければ土地が荒れていくからだ。

 そりゃ管理しなきゃ荒れる。それは普通だ。しかし、何事にも限度がある。

(何で他の土地や階層まで影響が行く?)

 初めのうち、いわゆる初期段階はその領地が荒れる。次いでその領地がある階層が荒れ始め、今度は近くの階層から順に影響を受けてという具合に伝播でんぱしていくのだ。

 ちなみに『荒れる』とおおざっぱに言っているが、荒れとして含まれる内容は天災の頻発ひんぱつもあるし、人心じんしんとか精神的な不安定もあるから始末に悪い。一歩間違えれば阿鼻叫喚あびきょうかん様相ようそうていするだろう。

 そんな事態を防ぐために、貴族と呼ばれる力持つ者達が領地を管理運営する必要がある。

 荒れると厄介という言葉では済まないが、逆に繁栄すれば土地自体が住まう者へ豊潤ほうじゅんな恵みをもたらしてくれるという側面もあり、どちらが良いかと聞かれれば後者一択。

「土地の繁栄……。うちは魔力が少ねぇから、やっぱ人間の生命力の方が効率的だと思うんだよなぁ」

「人間、て、材料にするしか、ないと思ってたけど、ルーちゃんが言う利用は、出荷とかじゃないんだよ、ね?」

「うん。違うな」

 この世界の土地、領地を繁栄させる要素は複数あるが、解りやすく手っ取り早く簡単と三拍子揃うのは、やっぱ魔力。

 普通は力ある貴族がある程度、貴族じゃなくても魔族とか魔力を帯びた生き物がそれなりに住んでいればそれだけで土地に魔力の循環が出来て効果を出す。

 だから貴族含め魔族が住み着く事が領地の繁栄に繋がるので、それぞれ住み心地良くする努力、その土地の魅力を特色として打ち出しているのだが、現状それがシェルディナードの家が管理している土地では難しい。

 魅力がない、住み着かない。の負のループが発生しているからだ。どこかで改善してこのループを断ち切る必要がある。

「魔力が駄目なら、人間の生命力。活気で補うしかねーだろ? その為には材料として売り払ったら元も子もねぇよ」

 魔力の次に考えられるもの、恐らくシェルディナードの家の領地としてはこれが最善。それは魔族や人間問わず、その土地で生活して効果を発揮する生命力の循環だ。

 魔族が住み着かず、人間の方が多い現状はそれしかないとも言える。領地を魔力の循環で満たし潤すよりも効率は落ちるものの、活気と生命力が溢れる土地は緩やかに繁栄していくのだ。

「…………選り分けが、必要、だね」

「そーだな。その前に、受け皿整えとかねぇと、選り分けてもすぐダメになりそうだし」

「面倒臭い、ね」

 まず、選別後の人間の受け皿。それを整えてからでないと始まらない。

「受け皿の為に、人間がどう役立つのか知らしめねぇと」

 シェルディナードはやるべき事を思い浮かべ、一つため息をついた。

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