第3話 続・十才 味方作りから始める件1

3.




 とりあえず、他人ひとの事より自分の環境をどうにかする必要がある。食べ物が不味いのは本当にキツい。

 それと、親友サラの瞳が剣呑けんのんさをどんどん増しているのもそろそろ……。

「と言うわけで、専用の料理人が欲しいのですが」

 燦々と降る陽光が眩しい。白く大きなパラソルを砂浜に立て、その影で優雅に寝椅子に横たわる褐色の肌をもつ黒髪の美女。

 見事に均整きんせいの取れたプロポーション。出るところは出て、引っ込むべき所は引き締まっている。布面積が少ない分、それが強調されているのだが、それが自身の母親だとそれが何だという感想しか出ない。

「料理人。そう。いいわよ。見つけてきなさい」

(だと思ったけどな……)

 自身と同じ赤い瞳を見つめ返し、シェルディナードは息をついた。

 料理人をはくれたものの、料理人そのものは自分で見つけて来いと言う。

 ちなみにシェルディナードの求める料理人の条件は、まず自衛が出来る事である。

 腹違いの兄達からの刺客アプローチに、自分の身は自分で守って貰わねばならない。その上で料理の腕が良い者。

 どちらか片方なら満たすものはいくらでも居るが、両方かつそれなりに筋を通す、いわゆる義理とか人情、忠誠心などを加えたらかなり狭き門。

(期間限定しかない、な)

 まだ兄達も自分も幼い。だから刺客と言ってもたかが知れているが、成長してきたらそれも激化するだろう。いくら自衛と言っても限度がある。

(となると、やっぱり自分で作れるようになるまで、か)

 料理を教わり、自分の食事は自分で作れるようになったら解雇かいこ。それまでの期間限定料理人。

(予め大体の期間を提示して、少し危険手当込みで多めに給金を出さないとな)

「予算は」

「好きになさい。足りなければ言えば良いのだから」

 その言葉だけ聞くとあれだが、母の言葉はそのままだ。

 第二夫人である母は父にこのプライベートビーチと屋敷、その他のものを与えられている。生活する資金についても必要な分が毎月割り振られるのだ。

(まあ、母さんいわく、第二夫人ていう『職業』の諸経費と給金らしいから)

 子に対する情とかとは別問題で、母いわく父との結婚は業務契約だと言う。第二夫人になって子を産み育てる。それが業務内容だと、物事がわかるようになってから教えられた初めての事柄だ。父も父だが、母も母かも知れない。

 何にせよ、十才の子供に自分の欲しいものは自分で手に入れる大変さと、それによって手に入れたもののありがたみだけは、しっかり教え込めるかも知れないなぁ、と。シェルディナードは乾いた笑みを浮かべる。

 部屋に戻り、ローテーブルを挟んで一対ある長ソファ。その片方に腰掛けて少しの間。カチリと時計の長針が頂点に来た瞬間、背後から華奢きゃしゃで整った白い腕が伸び、そっと抱きついてくる。

「ルーちゃん。おまたせ」

「よ。サラ。時間ぴったり」

 今日も変わらず少女の様に可憐な親友がそこに。

 料理人を雇う許可も貰えた事だし、さっそく出掛けよう。

「じゃ、お願いしていい?」

「うん」

 サラが腕をほどき、ソファから立ち上がったシェルディナードの手を引いて部屋の物陰へと誘う。

 誘われるまま進めば壁で行き止まりになるはずなのに、誘うサラにそんな様子はない。

 ――――とぷん。

 水中に沈むような感覚が一瞬。次に地面を感じた時には頭上に微かな光が揺らぎ、辺りは闇に包まれた。

「行こう。ルーちゃん」

 その闇の中にあってもサラの姿ははっきりとわかる。

 サラに手を光れ歩き出す。点々と不規則に頭上には大小様々な光が揺らいでいた。

「いつ見ても綺麗だな」

 シェルディナードの言葉に手を引いていたサラが微笑む。

 静かな影の世界。息の出来る水の中にいるような感覚だ。

「第四階層?」

「そうだな。そこで探すのが良さそうだ」

「じゃあ、もう少し、深く」

 両手を繋ぐと、再び、もっと深く深く。沈んでいくような感じがして、瞳を閉じる。

 再び瞳を開けると、頭上の光の位置が変わっていた。

「えーと……確か、あっち」

 手を引かれて光の下へ。

 泡が水面へと昇るように、身体が浮く。一瞬で静寂せいじゃくは掻き消え、賑やかな街の雑踏ざっとう、頬や髪を撫でる風の流れ、食べ物の美味しそうな匂いやそれと反対の人が集まる事で発生する微かな悪臭など、一気に情報が流れ込んでくる。

(あー。結構、クるなぁ……)

 目を閉じたままでシェルディナードはそう思った。押し寄せた情報に頭がくらっとする。

 深呼吸を一つして、ゆっくり目を開けた。

「大丈夫?」

 サラが首を傾げてそう聞く。

「ん。もう大丈夫。行こうぜ」

 第四階層は夕闇が一日で一番長い世界。七つに分かれる階層の中でも中間層であり、魔力も魔族にとっては丁度良い濃度。

 その為、力の弱いものも強いものも集まる。

「レストラン?」

「いや。もう職に就いてる奴は無理に引き抜けねーから」

 それに料理だけでなく、自衛できる腕っぷしも必要だ。

(普通の料理人じゃ、期間限定でも保たないからな)

 表通りを冷やかし、シェルディナードとサラは路地へ踏み込んで行く。

「お。串焼き。サラも食う?」

「んんん。オレは、いい」

 熱々の肉が刺された串を受け取り食いつく。甘辛いタレは通常なら少し味が濃いが、温度と相まって今は丁度良い。

 華やかな表通りから路地を幾つも通る内に段々と雰囲気は変わり、影も多く行き交う人の人相も強面こわおもてなものが増えてくる。向けられる視線も、子供とあなどるものはまだじょの口で、値踏ねぶみするものが混じり始めた。へまをすれば文字通り捕まって売り飛ばされそうだと想像できる程度にハッキリとしたものだ。

(まぁ、俺もサラもどうにかなるもんじゃないけどな)

 子供とは言え貴族家の上位十家に属する者。貴族とさえ言われない輩相手にへましたら、むしろ売り飛ばされるよりキツいお仕置きが待っていそうだ。

 特に自分の父親は確実に罰則を用意する。間違いない。

 シェルディナードはげんなりとした表情を心の中でだけ浮かべ、外側は好奇心に溢れて迷い込んだ子供の顔を浮かべる。

 どうにかされるようなへまをしないと言っても、こうも値踏みされると動き難い。少し間引いて自由に動ける余地を作りたいところである。なので、

「坊や達、こんな所を歩いていたら危ないよ? おじさんが安全な所まで連れて行ってあげよう」

「え? あ、どうしよう。こんな所まで……。おじさん、お願いして良いですか?」

「勿論だよ。さあ、おいで」

 大柄で頭の禿げ上がった鉄臭い息を吐く、不潔な身なりの男が手を伸ばしてくるのを、シェルディナードは無邪気な笑顔で見つめた。

「あーーーー! 探したよ! 何でこんな所いんの! もう、勝手にうろつかないでくんない!?」

 男の手が触れるより早く、突進に近い勢いで男とシェルディナードの間に割り込んできた、背の高い黒髪にシャツとズボンのシンプルな格好をした青年にそう言われ、サラともども引き離される。

「あんた、その子らの?」

 あんまりな勢いに手を伸ばしていた男が胡乱うろんげな顔になって青年を見た。

「そうそうそう! いやー、ご迷惑お掛けしました! じゃ!」

 言うが早いか両脇にそれぞれシェルディナードとサラを抱えて脱兎だっとごとく飛び出す。そのまま細い路地を蛇行だこうするように何度も折れ曲がりながら駆け抜け、表通りとそう変わらない雰囲気の所まで来て、ようやく肩で息をしつつ立ち止まった。

「はー、はー……」

 肺の中の空気全部出したのか、何度も荒い呼吸を繰り返し、へたり込むようにシェルディナード達を抱えたまま座る。

「大丈夫ですか?」

 シェルディナードの問い掛けに、青年の肩がピクッと反応して、ぶるぶると震え出す。

「っのなあ! 子供があんな所うろつくんじゃねーよ! なぁに考えてんだ!」

 きらりと金色の瞳を光らせ、黒髪の青年は叫んだ。

「ひとさらい」

 ポツッとサラが呟いたのと同時に青年が手を放して離れる。

(あ。ケットシーか)

 三角の髪と同じ黒い猫耳、吊り上がり気味の瞳はまさに猫目。しゅるっと長い尻尾もゆらゆらしていた。

「てめぇ! 人拐いとは何だ! 人拐いって!」

 激しく尻尾が不機嫌そうに揺れている。

「ったく、あんな所に居んなよ! 俺が止めなきゃやらかしてたろ!」

 お。意外と勘が良い。

(あのままだったら、あいつ見せしめにしてたし)

 シェルディナードは赤い瞳を細めて目の前の青年を見た。口振りからして、危なかったのは男の方だとわかっている。

「何だ……。こっち見んな!」

 顔には出していなかったはずだが、どうやら悟られたらしいと感じて、シェルディナードは今度こそニッコリと笑みを浮かべた。

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