レプリカ・ロード

琳谷 陸

第1話 三才&七才 実の父親がヤバかった件

1.



 ――――最悪だ。



 魔族と呼ばれる者が住む、七つの階層に分かれた世界。そこに王はいないが、貴族と呼ばれる者達がいる。

 その中でも上から数えて十の家は十貴族と呼ばれていた。

 さて、そんな十貴族のうちの一つ。シアンレードという家の本邸、灰色の硬い石造りの部屋には、三つくらいの少年とその父親らしき男性。

 どちらも白金プラチナと呼べそうな髪を持っているけれど、共通点はそれくらい。少年の方は褐色の肌に赤い瞳。男性の方は白い肌に薄氷アイスブルーの瞳で、どちらも華美ではないものの仕立ての良い服を身にまとっている。

 二人の足許あしもとには先程まで複雑な紋様を発光しながら描いた魔方陣があった。

 今は光も消え、男性は少年の両手のてのひらに青い石のついたブローチを置く。

「ふむ。特に不調はないようだな」

 にっこり笑って見せる少年。

 しかし、

(実験動物を見る目だ……)

 自分の子供に向けるものにしては、何と言うか、温かみが足りない。

 少年は貴族……この男性の息子ではあるが、第二夫人の子。

 父親は当主であり、会う機会は年に数回。

 それでも、父親ならまだ親子の情みたいなものを感じられただろう。

 目の前に立つ男性を、少年は見上げる。

 実験動物に異常がないか見る目だ。間違いない。

 不意に少年と男性の視線がかち合う。

 瞬間、背筋がゾワッとした。それは男性が口許に笑みを浮かべたのとほぼ同時。

 何で親子で本能がガンガン警鐘を鳴らすなんて目に合わねばならないのか。

 シェルディナード、よわい三才にして直感的に自分の父親はヤバいと悟る。




(そして、今日でトドメ)

 シェルディナード、七才。

 たった今、父親との半年ぶりの再会とが終わった。

 父親はリッチ、不死の魔術師家系。母親は食人鬼グーラー

 七才となった本日は、父方の必ず二度はやる儀礼を終えた。

 リッチは三才と七才に、自身の魂を聖句箱という器に移す儀礼を行う。これを行うことで、リッチは聖句箱を壊されない限り死ぬことがなくなるのだ。

 三才の時は初めてなので親が立ち会い主導し、今回は本人だけが行う。

 儀礼は問題なかったが、その後の面接がシェルディナードにとって父親への印象にトドメを刺した。

 七才である。つまり、子供だ。

 子供に自分の魂を扱わせる儀礼。疲れない訳がない。体力ではなく、気力の問題として。

 驚くほど神経を使う作業を終えた後、すぐヤバい親父との面接。そう、面接。一種の試験。鬼の方がまだ優しい。

 確かに貴族として疲れようが体調不良だろうが、顔にも態度にも出さないよう心得てはいるしそれを実践している。が、しかし。辛いものは辛いし、疲れるものは疲れる。

 そんな一切合切を無視して試験を決行するものがヤバくない筈がない。

 しかも終了時にもれなく課題つきで。

(事業計画出せって言うか? フツー)

 どんな領地にしたいか。それを実現する為の計画書を提出するようにと言い渡された。ため息もつきたくなるし、やはりあの親父はどこかおかしいと断定せざるを得ないだろう。

 疲れきって実家である第二夫人邸の自室についた瞬間、シェルディナードは寝台に寝転がる。儀礼よりその後の面接の方が格段に疲れた。

 本当ならこのまま何も考えずに眠ってしまいたい所だが、今日はそうもいかない。

 無地の白シャツと黒いズボンに着替え、大量の資料がいくつかの山を形成している机に向かう。




「それでこんなになってる、の?」

 輝く金糸に夕陽を一滴溶かしたような髪と処女雪のように白い肌。深く揺蕩たゆたう闇夜の様な藍色の大きな瞳がまるで宝石のような少年。身に付けている服は形こそシンプルだが、素材も仕立ても最高級とわかる。

 午後の陽が射すシェルディナードの自室でソファに腰掛けて、部屋の主が書類と戦うのを大人しく眺めていたその人形めいた少年はそう問い掛けて首を傾けた。開けた大きな窓からは、爽やかな風が入って時折カーテンを揺らす。

「そ。ごめんな。せっかく来てくれたのに」

 その言葉に少年は首を横に振る。

「いい、よ。オレは、ルーちゃんといられれば、それで」

「ありがと。ああ、部屋の本とか気になったら好きに見て良いから」

 どれくらいそうしていたか。シェルディナードは書類から顔を上げてペンを持つ手を止めた。

「終わった?」

 ソファでクッションを抱えて目を閉じていた少年は眠そうに目を擦りつつそう聞く。

「ああ、終わり。お待たせ。サラ」

 のびっと腕と背を伸ばし、椅子から立ち上がるとシェルディナードは首や肩を回して、固まった身体をほぐす。

「ルーちゃん、見ても、良い?」

「ん」

 サラの求めるままにシェルディナードは今まで自分がまとめていた計画書を差し出す。他領の、しかも次期領主に普通はそんなものを見せるのはあり得ないのだが。

 小さく紙を捲る音だけがしばらく続き、その間シェルディナードは部屋にある保温された湯を使って、サラと自分の紅茶を淹れる。淹れ立ての夕陽のような水面に檸檬レモンの輪切りを一枚浮かべ、サラの前にそのカップを置いた。

「……楽しそう」

「そっか。なら良かった」

 ぽつりとサラが読み終えた感想を口にする。

「ルーちゃん、これ、やらない、の?」

「んー……。どうだろな。兄貴達の計画書がそれより良きゃーボツだろ」

「あ。なら、やるの決定、だね。楽しみ」

「……一応兄貴達だから、どう返したもんか悩むコメントだな」

 スッパリとシェルディナードの計画書が採用だろうと切って捨てたサラに、採用されると言われた当のシェルディナードは何とも言えない表情を浮かべた。一方的にではあるが嫌われていても兄は兄である。たとえ片方だけとは言え、血も繋がっているわけで。

「ルーちゃん、これ、美術館、作る?」

「そうだな。ある程度安定したらだけど、そっち方面も伸ばす予定だから、多分作る」

「じゃあ、ここが良い」

 サラが添付されている領地の地図、その一点を示す。

「確かに、そこ良い場所だな」

「予約」

「ハハ。りょーかい、つっても、本社に俺のが採用されるかわかんねーし、出来るかも未定だけど」

 本音を言えば、兄達の計画書が採用されるのを願っている。採用=次期領主の線が濃くなるから。

「アレらには、無理、だよ?」

「サラ。一応兄貴達だからそんなキッパリ言うなって」

 キョトンとした子供らしい顔でさも当然のように兄達の領主説を否定した親友に、シェルディナードは困ったように眉を下げた。

「それに、俺は領主になりたくねーんだし」

 大変なのは目に見えている。好き好んでやりたいものではない。ただし、シェルディナードも貴族の子。自分達の生活を支えてくれているのは領地の民で、その恩恵を受けて育っている以上、貴族としては領民に何らかの形で還元していかなくてはならない。それが貴族の義務だ。

 それがわかっているからこそ、たとえなりたくない領主の試験だとしても、計画書を真面目に考える。

 何が悲しくて子供なのにこんな書類作らねばならないのかと思ったとしても。

「…………」

 そんなシェルディナードの言葉に、サラは気の毒そうなものを表情に混ぜる。恐らくシェルディナードすらわからないくらい、ほんの僅かに。

 だってそのシェルディナードの願いは叶わないと、サラは予感と言うより確信に近いものを感じているから。

「と、サラ。ごめん、飯食って良い?」

 時計はお茶の時間を少し過ぎた辺りを示していた。後数時間すれば夕食だが、シェルディナードの言葉にサラは一も二もなく頷く。

 シェルディナードはサラが頷くのを見ると、自室の中にある扉へと向かう。その先はシェルディナード専用の厨房キッチンだ。そこでシェルディナードは数人前ありそうな大量のサンドイッチを作って戻ってくる。

「いただきます」

 質より量といった感じの見た目だが、まあパンに具材を挟むだけのものだからそんなに不味いものは出来ない、とは作る当人のげん

「……ルーちゃん。まだ、続いてるの」

「そうだなー。まあ、大丈夫。俺、死なねーし」

「そういう、問題じゃない、よ?」

 サラの表情がシェルディナードにはわかるくらい苦いものになる。多分他の者から見たら何も変わっていないように見えるだろうが、その顔は悲しいとも怒っているとも言えるものだ。

 基本的に、シェルディナードは死なない。

 正確に言うと聖句箱に魂を移している間、

 三才の儀礼以降、件の兄達から送られてくるようになった刺客。

「痛いのも、苦しいのも、あるのに」

 傷つけられたら痛い。毒は苦しい。感覚がないわけじゃなく、ただ生き返るだけなのに。そうサラは呟く。

 そんなサラの頭をシェルディナードは撫でる。

「やり返してもキリねーし。そのうち飽きるよ」

 聖句箱を壊されない限りは、本当に死ぬことはない。兄達はシェルディナードの箱がどこにあるか知らない。だから飽きるまで相手をしないで放っておくに限ると、シェルディナードはそう言って笑う。

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