第29話6-4:これであなたも同じ
……深く息を吐きました。
「僕は、他の成れの果てを用意するつもりはないです」
僕は戦闘準備をしました。オンがしたような虎が獲物を狙う容貌です。ただ、決定的に違うのは、今の僕はオンと違って実力がないのです。
「それじゃあ、諦めて」
テンも構えて迎え撃とうとします。その様子は余裕でひねり潰すような圧倒的上流階級の風貌でした。わざわざ自分の手でトドメを刺してあげるだけありがたく思いなさい、と言いたげな威圧感でした。
「いいや、諦めません」
僕はテンに向かいました
が、返り討ちにあいました。
簡単に……
――ボコボコにされて、血も出なくなりました。
瀕死状態ながら、なぜか五体満足で生きていました。切断などは趣味でないのか、後のお楽しみに残しているのか、それとも……
「技術が使える人に、使えない人が勝てるとでも思ったの?」
テンは僕の顔を足で踏みつけました。靴を舐めたら許してやるぞと見下していました。おそらく、靴を舐めても許してくれません。
「というか、どうして使えるのですか?」
僕は靴が邪魔で喋りにくかったです。靴の裏の砂利がジャリジャリと音を立て痛めつけてきました。大地のように踏まれるなんて初めての経験です。
「成れの果ての時に一応修行していたわ。そのときは全く上手くいかなかったけど、カラクリがあったのね」
意外と真面目なのか?……いや……おそらくこいつは初めから……
「――初めから妹を犠牲にするつもりだったのですか?」
僕の言葉にテンは口裂け女のようにニィーと笑いました。僕は納得しました。コイツはそう言う奴です。
「まぁ、可能性の1つよ。この成れの果ても内心思っていたでしょうね」
「……」
僕は兄も僕を犠牲に?……
思案する僕と止めを刺さないテンとの間に沈黙が続きました。
「――さて、どうするのよ? 一応、人を殺すことはためらうわ、私」
僕はテンの言葉で我に返りました。こいつが人殺しをためらう? 何を馬鹿な事を言っているんだ?
「妹はためらわなかったのにですか?」
僕は信じられない一番の理由を訊きました。それを間近で見ているので、テンの絵空事を信じられません。納得のいく答えを提示できるものなら提示してみてください。
「あれは人間じゃないわ。成れの果てよ」
僕は納得できなかった。成れの果てになったのは君のせいではないか。それに、僕は成れの果ても人間の一種だと思い、悩んでいます。
「……やっぱり君とは気が合わないですね」
僕は言葉で抵抗しました。その声は弱く、すぐに降伏しそうな力でした。同じような力ない手をテンに伸ばしました。
「成れの果てを奪われ無能なあなたに何ができるの?」
テンは僕の言葉にも手の動きにも興味がありません。もう何もできないことは分かっていたのです。そして、やはり止めを刺そうと手に空気をまとっていました。
「……僕の兄を持ちながら僕にこんなに近づいたのは失敗でしたね」
僕は手に空気をまといました。鴨がネギを背負ってきたように、兄を持って近くにきたテンは間抜けなものです。僕は技術さえ使えれば、年季の差で勝てると確信していました。
「しまった!」
テンを吹き飛ばしました。そのまま地面に倒れたテンは、身動き一つしませんでした。僕は指先だけですが動きました。
僕は勝ちました。
数分後。
「――うそでしょ?」
テンは意識が戻りました。僕は既に立ち上がり、見下ろしていました。立場逆転です。
「返してもらいます」
僕はテンが首にかけている兄に手を伸ばしました。本当はテンが気絶しているうちに取り返すつもりでしたが、僕が元気になるのが遅く、テンが意識を取り戻すのが早かったのです。それでも、取り返せれば御の字です。
「返すくらいなら……」
テンは兄を砕きました。僕は心が砕けました。兄との思い出が砕けました。
「このやろうッ!」
僕は兄の砕けたものを回収しました。テンは笑っていました。
「これであなたも同じ……」
僕はテンを殴り殺しました。
「――お兄ちゃん、お兄ちゃん!」
僕の呼びかけに兄は返答がありませんでした。
兄は亡くなったのです。成れの果てのまま亡くなったのです。今までの旅はなんだったのかと、頭を抱えました。
そのままその場にへたりこみました。
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