第28話6-3:渡すわけないでしょ

「――お主、分解の技術をしたいのか?」


 研究者が発言しました。完璧に存在を忘れていました。僕はそのいきなりの発言に対して幽霊に遭遇したような驚きで肩をピクリと上げました。


「そうよ。なにか?」


 テンはわがままなお嬢様みたいに「当然よ」と態度で言っていました。腰に手を当て顎を上げ侍女を見下しているような態度です。ムカつく態度だが、そういうことに無頓着な研究者はなに食わぬ顔でした。


「今のお主には無理じゃ」


 ただ冷静に冷酷な現実を言葉で叩き込みました。それはボクサーのパンチが顎にクリーンヒットしたかのように、テンをよろめかしました。しかし、テンは足を踏ん張ります。


「そうよ。だから、修業するのよ」


 テンはもっともなことを言いました。できないのならできるように修行するのは当然です。そこだけは共感できました。


「そういうことじゃないんじゃ。修業したところで、生きた成れの果てがいないと無理じゃ。お主、知らないのか?」


 研究者は「知っていて当然だろ?」と言いたげな驚いた顔をしていました。そんなことを知らない僕は内心驚いて目を見開いていました。テンも目を見開いているように見えたので、驚いていたのでしょう。


「そうなの? 知らないわよ」


 テンは「知らなくて当然でしょ?」と言いたげな驚いた顔をしていました。そんなことは知らない研究者は内心驚いて目を見開いていました。僕は感情を見せない研究者のその驚きの顔に驚きました。


「分解の技術は成れの果てと共にいるものしかできないんじゃ。普通の人間・成れの果て・能力者の誰でもいいが、成れの果てとともにいるものにしかできないのじゃ。思い当たるところはないのか?」


 僕は修行の時を思い出しました。兄を身につけなかったうちは失敗ばかりだったのに、身につけた途端に成功しました。あれは僕が成長しただとか追い込まれて力を発揮しただとか兄弟の絆の力だとかではなく、ただ単にそういう仕組みだっただけのようです。


「それは困ったわ。成れの果てを殺してしまったわ。ここを出て上昇しようとしたけど、技術が発動しなかったら、外に出られないわ……」


 テンは右手を唇に当てて熟考しました。僕は嫌な予感がしました。その予想はすぐに的中しました。


「……あなた、その成れの果てを私にちょうだい」


 さも当たり前のように、お腹がすいたらご飯を食べるのと同じように言ってくるテンが、くれという手のジェスチャーをしながら近づいてきます。僕は食べ物と違い抵抗しようと決めていました。最悪、フグの毒のように相打ちも覚悟で兄を守ろうとしています。


「――何を言っているのです?」


 それはテンの言っている内容を理解していないのではありません。初めから聞く気がないと拒んでいるのです。


「それがないと私は故郷に戻れないのよ。お願いだからその成れの果てをちょうだい」


 テンは僕が内容を理解していないと勘違いしたようです。それか、初めから僕の意見なんか理解するつもりがないのかもしれません。


「ふざけないでください、渡すわけないでしょ!?」


 僕は今度ははっきりと断りました。すると、テンはようやく理解したようです。不自然に近づきながらフゥーと息を長く吐いて首を横に振りました。


「仕方ないわね」


 僕から兄が奪われました。



――いつの間に?――



「あら、たしかに技術を使えるわ」


 テンは酸素や窒素を体にまとっていました。そして、僕の兄がいたところに竜巻みたいなものが残っていました。僕に近づいて成れの果てが使える距離に来て、知らないうちに能力で奪われたのです。


「返してください」


 僕は左手を伸ばしました。

 が、左手が折られました。

 テンが能力で操った空気で叩いたのです。僕は弱みを見せたくないから、叫ぶのを我慢しました。感覚のない左手から痛みが徐々に生まれてきます。


「嫌よ……いえ、あなたが代わりの成れの果てを用意してくれるのならいいわよ」


 テンは一度は断るが、考え直して別案を求めてきました。どちらにせよ、僕にはのめない案件です。左手が火のように熱いです。


「それは、お兄ちゃん以外の誰かを犠牲にしろということですか?」


 僕は挑発的に訊きました。そんな案件聞けるか!と言いたいが、今は分が悪いから我慢します。左手の痛みも我慢しています。


「そうよ? 関係ない化物を犠牲にしたら返してあげる」


 関係ない? 君は関係ある妹を犠牲にしておいて何を言っているんですか? そんなやつの言うことなんか信用できるか。


「関係なくても、もともと人間だったんですよ?」


 僕はそのことにずーっと引っかかって旅をしていました。元人間の能力者や成れの果てをどうしようかと悩む旅でした。それなのに、そんな簡単に切り捨てられたらやってられません。


「だから何なの? 今はただの化物よ」


 テンはあっけらかんとしていました。自分は人間で化物と一緒にしないでという態度がヒシヒシと感じられました。僕は肌に感じたその感覚を手で払い除けます。


「さっきまで自分もその化物だったのですよ?」


 僕はテンの良心に訴えました。おそらく届くことのない良心に……いえ、自分に対して正しいと言い聞かせたかったのかもしれません。


「そうよ。すごく嫌だったわ。本当なら顔も見たくないわ」


 テンに良心はありませんでした。極悪人で生きる価値がありません。僕は自分にそう言い聞かせて、テンを倒す覚悟を決めました。

 僕は深く息を吸い……

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