第26話6-1:元に戻す


 僕はついにお兄ちゃんを元に戻す方法を見つけました。

 それは恐ろしい程あっけないものでした。マニュアルが完成されており、大量生産が可能な状態でした。すごく嬉しいことでもありましたが、今までの旅が無駄に感じてあとわじの悪さを感じました。


「わしたちの研究の賜物じゃ。といっても、100年前の技術じゃがな」


 研究者は化石を扱うようにその機械を紹介しました。2つのエレベーターの箱みたいなものを上のチューブで結んだものです。至極簡単な作りに見えました。

 その状況に僕は面食らいました。そして、面食らうものが僕以外にももう1人いました。

 僕と同じ目的を持ち、僕と同じ時期にこの街に来た、僕と同じ人間。その少女も成れの果ての小さなドクロになった姉を元に戻すために来たのです。ショートヘアーで深いそばかすが特徴の少女でした。



 ――成れの果てを作る街、そういう噂を聞いたときは良い印象を持たなかったが、まさかの目的地でした。

100年前の最新技術を使えば簡単に元に戻れるのです。そう、簡単に――



「よかったね。テンお姉ちゃん」


 少女はそばかすの上に涙を流しながら喜んでいました。そのそばかすが洗い落とされそうな勢いで、よほど嬉しかったのでしょう。それに比べて僕は、あっけにとられたこともありそこまでの感情表現ができなくて、「これが普通の反応なのか」と覚めて見てました。


「あああありがとう。くくくクウ」


 少女の名前はクウ、成れの果てである姉の名前はテンというらしいです。成れの果ての天も泣いて喜んでいるのでしょう。似た者姉妹といったところでしょうか。

 それに比べて僕の兄は全く喜ばずに黙っていました。おそらく僕と同様に、感情表現ができないのでしょう。似た者兄弟です。



 ――姉妹が泣き止むまで研究者も僕たちも口をつぐんでいました。


「喜んでいるところ悪いが、この治療のデメリットは知っているかい?」


 姉妹の大きな鳴き声が静かに鼻水をすすぐ音に変わったところを頃合と見て、研究者は質問を投げかけました。クウは鼻水混じりの涙を手のひらで拭いながら、見上げました。余計に液体でグチャグチャになっていました。


「なんでしょうか?」


 クウは嬉しさのあまりそばかすを光らせながら目も光らせていました。その目には障害は何も見えていませんでした。全ては良い方向に進んでいます。


「それは、健全な人間を犠牲にすることです」


 クウは涙が眼球の裏に戻り表情が止まりました。僕はショックを受けるとともに、その予想はしていました。世の中は甘くないので、悪い予想としてありましたが、事実として眼前に突きつけられたら心にキツく刺さります。


「そんな、うそでしょ?」


 クウは笑顔の表情の中、少しずつ血色が青くなって行きました。徐々に表情はこわばっていき、震えていきました。少女は動揺しています。


「うそではないのじゃ。この機械では成れの果てや能力者を普通の人間にできる。しかし、その代わりに犠牲として人間から別の成れの果てが生まれるのじゃ」


 研究者は当然だと言いたげでした。研究者のステレオタイプ的イメージの、相手の感情に無頓着で研究だけに興味があるタイプに見えました。そういう研究者はイメージだけで実際にはいないと思いましたが、まさか本当にいるとは……


「そんなのうそよ」


 クウは顔を引きつかせながら言います。表情は曇り、死んだような目で震えます。ショックを受けた人間のステレオタイプ的な表情でしたが、まさか本当にあるとは……


「この街の噂を聞いていないのか? 成れの果てを作る街、と」


 その街の噂を研究者の口から聞いてギクリとしました。僕もそうだけど、クウもしたでしょう。その噂の本当の意味にギクリとしたでしょう。


「聞いたわよ。聞いたけど……」


 クウは口をアワアワとさせ、言葉にならない言葉を続けていました。その言葉は聞こえないものでしたが、困惑しているのはわかります。研究者はこのままではらちがあかないとして、懇切丁寧に説明することにしました。


「もともとこの機械は能力者を作るために作られたんじゃ。それが副産物として人間に戻す効果もあることがわかったんじゃ。しかし、能力者を作るもっといい機械が作られたから、本来ならもう用済みなんじゃ」


 研究者はその最新の機械を写真で見せてくれました。その最新の機械は、炎の能力者がたくさんいた街で見たものでした。僕はあの時に目的の先のものを魅せられていたのです。


「――話は少し変わりますが、能力者を作る方ではなく、人間に戻す方で技術発展させるつもりはなかったのですか?」


 話が出来る状態でないクウの代わりに僕が研究者に話しかけました。僕の比較的冷静に話す様子を見て、研究者は自分と同じ雰囲気を感じて嬉しそうでした。僕がそうであるように、ギャーギャー騒ぐガキみたいなものは苦手なのでしょう。


「供給がなかったんじゃ。人間から能力者になりたいというものは多いが、人間に戻りたいというものはほとんどいなかったんじゃ」


 その説明をフムフムと頷きながら聞いて、僕はその理由の仮説を立てようとしました。僕がその理由として思いついたことは、人間に戻る情報が全くなかったこと、能力者や成れの果てには自殺願望者が多いこと、人間を犠牲にすること、色々とありました。しかし、どれも決定打がありませんでした。


「ちなみに、人間といっても、あなた方自身ではなく、赤の他人を使う手があるんじゃが、その手を使うことは法律で禁止されているんじゃ。人道的な理由などが言われているが、一番の理由は労働力不足じゃ。失敗して死ぬ可能性が高くなり、働き手の数が減ることを危惧するんじゃ。他にも、普通の人間より能力者の方が労働力が高いこともあるんじゃ」


 研究者は他人事のように非人道的なことをペラペラと話しました。書類上の話し方で、現場の血の通った言い方では無いように感じました。でも、僕は実際に被害に遭っているとこをいつも他人事のように話していた自分を思い出し、関係ないかと思いました。


「禁止されているのなら、どうして言うのですか?」


 僕は他人事のような感情なく言いました。自分にとっては重要なのに、気持ちが入っていないのを再確認しました。少女のような感情はどこに置いてきたのだとうか?


「超法規的処置を使うかの確認じゃ。どうするんじゃ?」


 その答えは予想できました。僕は赤の他人でも、人の命を使うのは反対でした。兄に訊いたら、同様でした。

 少女たちも反対でした。理由は、死ぬ可能性が高いからでした。理由は少し違いますが、同様の結果です。

 海の底のような沈黙がありました。

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