第21話4-6:やっぱり好きです

「わわわ。何をバカなこと言っているのかしら。ただの身代わり道具の分際で」


 ウツはそれでも悪態をつきます。自分のために命をかけてくれたミニに対して侮蔑でした。僕は凄んでウツの胸ぐらを掴みます。


「何をまたばかなことをっ! 死者に情けはないのですか?!」


 僕は相手の顔に唾がかかるくらい近づいて怒鳴りました。僕は感情を表現することが苦手で、特に激しい感情は物置の奥でホコリをかぶっている状態でした。それがホコリを舞って出てきたのです。


「ないわよ。能力者の私がどうしてただの人間に情けをかけないといけないの?」


 ウツは無気力に目をそらします。不貞腐れているようなその態度は僕に対して失礼なだけでなく、ミニに対して失礼です。僕は自分が馬鹿にされることは何とも思わないですが、周りのものたちが馬鹿にされることは我慢できません。


「命をかけて君のことを守ってくれたのですよ? 何も思わないのですか?」


 僕はさらに強く迫り、ミニのことを考慮しなければ心臓を拳で貫いてやろうかと掴む手を離してやろうかと思いました。しかし、ミニが心臓を射抜かれて守ったウツを僕の手で殺めることは得策ではないと思い、歯を刀のつば競り合いのようにきしませながら、怒りを鞘に収めました。僕の心の葛藤を知らずに、ウツは代わり映えのしない返事をします。


「何も思わないわ。ただの人間、ただの身代わり、ただの道具よ」


 それは淡々としたものでした。本当に何も思っていないような言い草でした。僕はそんなウツの憎たらしい顔を拝んでやろうと、ウツの顔を無理やりこちらに向かせました。


「君というやつはっ!……」


 僕はウツの顔を覗き込みました。

 ウツは泣いていました。

 僕はその代わり映えのある顔に絶句しました。


「ホント、そう思わないとやっていけないわ」


 涙も鼻水も垂れ流して、美しい顔が台無しになっていました。とても醜い顔で嗚咽しながら泣きじゃくるウツを、僕は今までで一番美しく感じました。僕は感動で震える手を離しながら息を呑む。


「……君は?……」


 僕は困惑した。僕は感動した。僕は混乱した。


「知ってるわよね、人間と能力者は別の生き物だから結ばれることがない、ということは」


 ウツは力なくその場に座り込みました。今まで隠していたシンのようなつっかえ棒を吐き出したことにより、立つ力を失ったのでしょう。僕はようやくウツという能力者についてわかった気がしました。


「本当は愛していたが、人間と人間あらざるものでは結びつかないから、あえて離れていたということですか?」


 ウツは否定しませんでした。



「こんなところにいたか」


 声が耳に入りました。

 敵が大量に僕たちを囲んでいました。いきなり僕たちを強襲しないのは、僕たちを恐れてなのか勝ちを確信した余裕からなのか? 僕たちは技術や能力があるけど、多勢に無勢で疲弊しきっていることはバレていました。


「ほぉ、こいつは死んだのか」


 敵の1人が無用心にも僕たちに近づきます。しかし、僕たちは下手に動けませんでした。そのものはミニの横に立ち、崖の下のように見下します。

 と、ミニの顔を足蹴にします。これでもかと追撃します。能力者狩りとしては当然のことかもしれませんが、僕たちからは我慢できないもので、僕は手を出そうとしました。

 が、ウツがその靴を掴み、能力で足をちぎりました。


「!?」

「汚い足で触るな」


 ウツは般若のような顔でした。周りを囲む敵たちはいつでも討伐できるように武器を強く待ち直しました。やられたまま猿のように泣き叫ぶ敵は倒れながらも汚い言葉を置いていきます。


「汚い? それはそいつの顔のことだろ……」


 ウツが掴んだ右足がない敵は、首をちぎられました。汚い置き土産を残してその敵はこの世から去りました。そして、それは敵集団と僕たちの戦いの合図なのですが……


「テイさん。こいつらは私がやります。だから、手を出さないでください」


 僕は頷きました。



 えぐれる丘に倒れる巨木、血みどろの湖がそこかしろに作られていました。月のクレーターを思い起こす荒れ模様は、僕に空気を吸うことを忘れさせていました。その一端に、嘘のように力尽きたものがいました。

 ウツは全て敵を倒し、力尽きます。


「テイさん、いますか?」


 外傷はなくとても綺麗な顔立ちでした。とても美しい顔でした。しかし、体は半分くらい紛失して、バラバラ死体の現場でした。


「はい、ここに」


 僕は近づきます。飛び散っているウツの臓器や血などを踏まないように足元を逐一確認しながら進みます。ウツから見えるように顔の近くに屈みます。


「最後にお願いがあるんだけど」


 その目は僕を見ていませんでした。白く薄い黒目が天を見上げています。それは僕にとってはミニと似た者同士に見えました。


「なんですか?」


 僕はやるせない気持ちになりました。結局のところ、僕は能力者を助けることが全くできませんでした。できることは、親指一本しか原型をとどめていないウツの右腕を握ることだけでした。


「最期に、ミニの近くにいたいの。そう願うのは変かしら?」

「いいえ、全く」


 僕はウツをミニのところに移動させました。技術によって作った空気の膜でゆっくりと天使の羽のように運びました。ウツとミニは夫婦のように横に並んで寝ていました。


「ミニさん、ごめんなさい、やっぱり好きです」


 ウツは幸せそうに事切れました。

 僕が思うに、本当は僕の牢屋から逃げられたが、ミニを助けるためにわざと輪の能力を使わなかったのだろう。それはあくまでも僕の予想であり、今となったら確かめる方法はありません。ただ、そう思いたいのです。

 僕は街を去ります

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