第20話4-5:今更嘘なんかつかないわよ

 僕はウツを無理やり連れて行き、アジトまで案内させました。

 さすがに裸のままではいけないと思い、しかし彼女の服は家ごと燃えてしまったので、僕のスペアの服の一つを渡しました。僕の黒のピチピチスーツを手にとったウツはなぜかすごく嫌そうな顔をしていました。こんなにかっこいい服を着られるのに、何が嫌なのか?


「本当に着いたようですね」


 僕はボディーラインがはっきりと見えるようになったウツに対して皮肉交じりに言いました。ウツは慣れない服に体を艶かしくモジモジさせながら恥ずかしそうでした。出るとことは出て引っ込んでいるところは引っ込んでいるその体型がはっきり見えることに気づき、僕は自分の差し出した服のミスに気づき、申し訳ない気持ちになりました。


「何よ、意外そうに」


 その、意外そう、というのはどういう意味なのだろうか? 嘘の道を教えなかったことか、それとも彼女のボディーラインのことですか? 僕が変に意識しただけで、前者のことですよね?


「てっきり嘘をつくものだと警戒しまして」


 僕は前者の方向で話を受け取りました。ウツは意外な表情を見せずに聞いていました。僕の選択は正しかったようです。


「今更嘘なんかつかないわよ」


 ウツは目の前のアジトを物憂げに見ました。



 ミニを助けました。

 公開処刑に向けて牢屋に入れられているところを救出しました。僕たちが乗り込んでいとも容易くたどり着いたことを驚いていました。僕が技術でオリを力尽くで広げた後は、脱出も驚く程いとも容易くいきそうです。

 僕の力だけでなく、ウツも力を発揮しました。協力体制です。

 敵たちは銃を撃ち込んできましたが、僕の作る窒素や酸素の膜が弾きます。空気の膜で強化した上から殴り飛ばしたり、空気でふきとばしたりします。

 ウツは銃口を縮めて暴発させたりしました。輪っか状のものを見つけては縮めたり伸ばしたりして、やりたい放題です。

 僕とウツとの協力体制の前では、敵はチリのように散り散りに吹き飛んでいきます。余裕が生まれるくらい楽に救出作戦は進みます。僕一人よりも能力者もう一人との協力のほうがスムーズに進むことを知りました。

しかし、不意に事故は起こるものです。

ウツに向かった攻撃を、ミニが身を呈して助けて、犠牲になりました。僕の作った膜が擦り切れて、貫通したようです。僕は余裕大敵という文字をその時に頭の中で大きく描きました。


「しまった!」


 僕は声を出しながらも手も出し、ミニを背中におぶって逃げます。脱出が急にベリーハードになりました。重い体、息を吹き返し襲ってくる敵、使わないウツの能力、全てが計算外の重しです。

 そう、ウツは手を貸してくれません。




 脱出して、静かな森の中。


「ここなら、当分見つからないと思うが……」


 死にかけているミニを静かに寝かせました。本来なら治療における衛生面を考慮して僕が作った空気の膜の上に寝かせることがいいのですが、助かりそうにないのでやめました。僕の技術で傷を膜で防いだり出ていく血を膜の中に保存したりしましたが、打ち抜かれて機能停止していく心臓を蘇生させる技術は備えていません。


「――ウツはどこだ?」


 ミニは仰向けになりながら薄れる目で虚空に手を伸ばしました。その手は枯れ枝のように震えていました。僕が思うに、ウツは利用していただけで脱出時に射抜かれたミニ関係で手伝いもしなかったミニの最後に付き合う理由はありませんので、強制的に手を取るように命令したほうがいい。


「私はここにいるわ」


 ウツはミニのがっちりと手を掴みました。僕の予想に反した光景に、僕は言葉を失いました。僕は死にかけていないのに、虚空の中の幻を見ている気分です。


「良かった、無事で」


 ミニの声は震えていました。それはウツと手を取れたことに泣いているからなのか、死が近づいていて体が機能しないからなのか、もとから震えていたからなのか……ウツに握られた手だけは震えていませんでした。


「ミニさんは無事ではなさそうね」


 ウツは心配そうに手を握っていましたが、それは本心なのか演技なのかわかりませんでした。僕はそういう心の機微に疎いものなのです。それが本心ならいいのですが、今までの言動から想像すると……


「あぁ。もう死ぬ。だが、その前に聞きたいことがある」


 死期を悟ったミニは遺言を残すつもりのようです。その手はもう重力に逆らえずに、ウツの手の力だけで浮かんでいる状態です。本当なら言葉も出ないのでしょう。


「なによ?」


 ウツはさらに手をギュッと力強く握り締めました。僕は本当にミニを心底から思っていることを望みました。ただ望むのみ。


「おいらは、ウツのことが好きだ。ウツはおいらのことをどう思っている?」


 ミニの言葉の後、沈黙が支配しました。僕は呼吸をするのも怖かったです。ウツはど返事するのか、嘘でもいいから好意的なことを言って欲しいが……


「――好きでも何でもないわ。ただの身代わりの道具よ」


 ウツはミニに悪態をつきます。

 僕は内心イラつきウツに飛びかかろうとしました。

 が……


「それはよかった。役に立っていたんだね」


 ミニはすごく嬉しそうに笑い、息を引き取りました。

 美しい女性は醜い言葉を吐きました。それでも、醜い男性は美しい言葉で幸せそうに死にました。僕には理解できない関係生と感情の機微です。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る