第19話4-4:あーそうですか
「あーそうですか! その態度は気に入らないから、無理やりでも連れて行きます!」
僕は話をするだけ無駄だと悟り、強硬手段にでることにしました。この世には話し合いで理解しあうことが大切だという考えがあるようですが、話をするだけ無駄な存在もあるのです。僕の中では話を切り上げたかっただけですが、周りからはもめて怒鳴っているように見える状況でした。
「すごいなー、テイ」
ウツは何回もぼやくようにその言葉を繰り返しました。僕が怒鳴ったことに面食らったのでしょう。僕はそんなこと気にするほど冷静ではありません。
「はいはい、僕も行きますから一緒に行きましょう!」
僕は怒鳴り散らしながら、ウツの腕を掴みました。
が、ウツは振りほどこうと洗濯機の動く中身のようにぐるぐると腕を回して振りほどこうとしました。僕は静電気が走ったように指を少し痛めて手を離しました。
「できるものなら、やってみなさい」
ウツは振りほどいた手でそのまま僕の服を触ろうとしました。僕は避けることに執念した、尻餅をつきました。その不自然な動きに悪寒が走ったのです。
「服に関係する能力ですか?」
僕は即座に立ち上がり尻の部分のホコリを手で払いました。特に汚れていなかったのですが、反射的に動きました。僕は体勢を整えることと能力者の弱点を見つけることを目的として、能力のことを聞きます。
「どうしてそう思うの?」
ウツは答えずに聞き返してきました。思わぬ反応に僕は思わず餌を目の前で持って行かれたペットの犬みたいに前のめりになりました。普通の能力者ならここで自分の能力を語るはずなのです。
「ボロボロになった服の襟口や袖口がすぐに元に戻っていました。ここに来る途中に見たのです……いや、今もそうです」
外での騒動や家の中での騒動で、ウツの服はボロボロになったはずなのにすぐに綺麗になっていた印象です。復元能力なのかとも思いましたが、体の傷などは残っていましたのでおそらく違います。ただ、服の能力というのも違和感を残していました。
「……それはどうでしょうね」
ウツははぐらかしました。これはいよいよ厄介です。僕は今までに、質問しなかったから結果として能力を聞き出せなかった能力者とは戦いましたが、自分の能力を意図的に隠す能力者とは戦ったことがありません。
「やっかいですね。自分からは言わないタイプですか」
僕はため息を吐こうとしました。
が、ウツは息つく間も与えずにまた服を触ろうとしてきます。僕は慣れない横っ飛びで避けたはいいが、変なコケ方というか滑り方をして二の腕と脇腹と太ももに摩擦を感じる痛さを覚えました。
「避けないでよ」
ウツは間髪入れずに突っ込んできました。その様子は獲物の首を噛もうとするヒョウのようでした。僕もよろけながら後退します
「おかしいですね。あからさますぎる」
僕はウツが僕の服を狙うのが直線的すぎることに引っかかりました。罠に陥れるタイプなら、ほかのことに気を取らせて本命の能力を使ってトドメを刺すはずだが……
と、僕とウツとの距離が急に縮こまりました。
「!?」
「捕まえたわ」
僕は何が起きたか分からず、急に服を掴まれました。服を捕まえられると、襟口が狭くなり締め付けてきました。僕はわからないことの第二波が来たので、頭が真っ白と真っ黒の交互に来て昔のテレビの砂嵐状態です。
「ぐ……」
喉を絞められたときは、本当にそういう締め付けられたニワトリのような声が出るのだと発見しました。そう思う自分が余裕が有るように感じましたが、それが一種の走馬灯に近いものではないかと思い、急に焦りました。手足をバタバタとさせた事以外は何一つわからない大混乱でした。
「窒息死するか、首をちぎられるか、どっちが好きかしら」
ウツは菩薩のように優しい笑顔と声で、怖いことを言います。綺麗な花にはトゲがあるといいますが、優しく美しい女性には何があるのだろうか? 僕は力いっぱい蹴飛ばして、ラッキーパンチが決まり、命からがら逃げました。
「がはっ、はぁはぁ、死ぬかと思いました」
僕は水泳の苦手な学生が10mくらい泳いだあとに真ん中の深くなったところで足がつかなくなって溺れそうなった不安感に近いものを感じました。僕は本物の菩薩が助けてくれたのではないかと思いました。僕はそういう超越者は信じないものですが、家族崩壊以降は特に信じなかったのですが、久しぶりに信じても良い気がしました。
「痛いわね」
ウツは蹴られた腹の部分を抑えていました。腹の部分の服は破れたままでした。僕は知らないあいだに腹部を強く蹴っていたのです。
僕は少し息を整えると、今度は僕がウツを捕まえに飛びつきました。
が、裾をかすっただけでした。遠くに離れます。
「くそっ」
僕は悔しがりながら遠くのウツをみました。今頃だけど、家の中で暴れていいのだろうか心配しましたが、意外と広い家に自分の世界の狭さを感じました。そういえば、武道大会でも小さなリングの中で戦ったものだな……
「危ないわね」
ウツは妖艶でした。僕は少しドキリとしました。
と、ウツは急に近くにいました。
僕は先ほどとは別の意味で、性的な意味ではなく驚きの意味でドキリとしました。
次は服の袖の部分を触られ、右腕の袖が締め付けられました。やはり服の能力でしょうか? しかし……
「イダダダダっ!」
先ほどと違い喉の風通しがいいから声がよく出ました。それは修道院での賛美歌のように匠に出せた気がしました。僕の手は安らかに天に召されたような錯覚を覚えるくらい感覚がなくなっていました。
「邪魔な腕ね」
ウツは悪を清めるような言い方で僕の腕を引きちぎろうとします。僕は感覚のない腕を無理やり動かしてウツの破れた袖を掴み背負投をしたら、叩きつける前にウツは手を離して離れました。少しずつ手に血が通っていく間隔でジンジンと腕が熱くなっていきます。
僕が視線を腕に一瞬移しているうちに、着地したウツの袖は綺麗に直っていました。綺麗な身のこなしで倒れることを防ぎ、綺麗な身なりを守ったのです。
と言いたいところですが、破けたところが治っていました。
と思いきや、そうでもありません。
「どういうことです? 袖は綺麗に直っているのに、腹の部分は破れたままですね」
僕の思案は深くなりました。しかし、脳に行くはずの血がうっ血している右腕に集中するせいで、眠たくなりました。僕は食後に眠たくなる理由として、胃腸に血が集めるので脳に行く血の量が減ることを思い出しました。
「……」
ウツは黙っている。沈黙は金というように、下手なことは言わないほうがいい場合があります。僕はそう考えながらも、カフェインが聞くまで時間がかかるからコーヒーを飲むのは軽く寝る前がちょうど良いことを思い出しました。
……そんなことを考えている場合ではないのです。
「それに、僕の服を縮めるとき、襟口や袖口を縮めたが、服自体を縮めなかった。さらに、さっきの急に距離を縮めたこと、何かが違う」
僕は失った思考を取り返そうと今まで以上に強く脳を神経まで意識して思考しました。冴えていたというよりかは、ポンプによって思考が無理くり押し出されたようでした。頭が破裂しそうです。
「だから何なのよ?」
再びウツとの距離が縮まりました。
僕の目にはっきり見えたのは、床に敷かれていた輪っかのようなカーペットが縮こまったことです。大海のように広く見えた輪っかが一粒の水に縮こまったように見えました。僕は捕まりました。
「なるほど」
僕は自分の捕まり方が理解できました。頭は空のようにスッキリしました。体は肉がはみ出しそうなくらいピッチピチになりました。
「何がなるほどよ」
ウツは僕の服をつかみながら、服だけを見ていました。もう僕には興味がないのか、表情から推測されるのを拒んでいるのか……僕は彼女の表情から推測できたことは一つもありませんでしたし、今回も推測できませんでした。
「輪を縮こませる能力ですか」
僕は疑問ではなく確信を持っていました。物的証拠からくるもので、心象証拠はありません。そもそも、人の気持ちがわからない僕は心象証拠も表情から推測することもできないのですし、だいたい外します。
「どうしてそう思うのよ?」
ウツはまだ顔を見せません。しかし、服を掴む力が強くなった気がします。それにより、確証が強くなりました。
「襟口などの輪っか部分は直すことができたけど、腹部の輪っかでないところは直らなかったです。それに、急に距離が縮まったこと、これは下の輪っかのようなカーペットが縮こまったことが原因ですね」
僕はウツの頭に向かって言葉を発し続けました。その頭皮からはいい匂いがして、状況を考えず興奮しました。僕はとらわれているのです。
「わわわ。それが分かってところでどうするのよ」
僕は服を摘まれ続け、服やズボンのあらゆる手足の出入り口を縮こまれました。先程までよりも強くです。身動きが取れません。
「どうすることもできないですね、僕は」
僕は身動きがとれず、投げやりな態度でした。ウツはそれに対していい気がしなかったようです。少し眉をヒクつかせた顔を見上げました。
「何よ、その言い方」
その怒った顔も美しく、見上げた時に起きた風が運ぶ匂いもいいものでした。僕は絶体絶命の状況下、そんなことを考えていました。相手も苛立つわけです。
「ところで、少し窒素や酸素の純度が高いと思いません?」
僕は実は少し余裕を取り戻していたのです。少し前から仕込んでいたことがあるのです。それは相手を罠にはめる変化球的なものです。
「何を言っているのよ?」
ウツは全く気づいていません。それはそうだ、僕は自分の技術を全く話していなかったのです。僕の技術は、空気を分解して、燃えやすい酸素とかを作ることができます。
「火事には気をつけてくださいね」
僕は歯パッチンして、火花を出しました。
爆発炎上が起きました。僕も初めての経験で、月並みな言い方ですが心臓が止まりそうでした。相手を見られませんでした。
吹き飛んだ家の中で、燃える炎とくすぶる黒煙に囲まれながら、互いの服がボロボロに燃えました。僕の目の前には裸婦のようにウツが茫然自失に立っていました。肌は黒焦げになっていませんでした。
「がはぁ、なんてことするのよ、あいつ」
そう驚くウツは自分の体がほとんど傷がないことに驚く余裕もなく爆発炎上を驚いていました。僕が空気の膜で自分だけでなく、ウツまでも守っていたことに気づいていないのです。僕が思うに、服さえ燃やせればそれでいいのです。
「動かないで。いや、動けない、かな?」
僕は酸素と窒素で作った牢屋でウツの体に密接して閉じ込めました。それは爆発炎上から守る膜の延長上です。ここまで見越しての作戦です。
「たしかに動けないわ」
ウツは今頃気づきました。驚いたのか感心したのかなんなのか、抵抗はありませんでした。僕は能力による抵抗だけが怖かったので、一安心しました。
「能力によっては動けるはずだが、君の能力では無理なようですね」
僕は本心から言いました。ウツは観念したかのように目を閉じました。言葉は交わさずとも、互いに次の言葉はわかっていました。
「それで、私を捕まえてどうするの? さっきの奴らのところに突き出すの?」
「突き出すわけではないが、連れて行くつもりです。だから、案内してください」
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