第18話4-3:感謝はしているわ

「――私、昔に能力者狩りにあっていたのよ」


 ウツは鬱々とした表情で自分語りを始めました。僕は訊いてもいないのに語り始める彼女を見て「語り始めたー」と傍観するのみでした。風の流れに身を任せるように、凪の落ち着いた気持ちでいるのみでした。


「そんなところだと思っていましたよ」


 僕は予想を立てていたときとは違い、心臓が全くバクバクと音を立てませんでした。ウツの当然の自分語りに困惑して毒気を抜かれたのです。本人からしたらこの流れでの自分語りは自然なのかもしれませんが、反抗してきたり悪態をついてきたりとひと悶着あることを予想した僕からしたら予想外のことでした。


「どこで気づきましたの?」


 ウツはそんな僕の気持ちの整理ができていないことを知らずに、真面目な憂鬱でした。僕はそれが真面目だからこそ次第に笑ってしまいそうになりましたが、それは自分が不真面目すぎると気をしっかりもちました。息を吸い込み、酸素が肺を刺激して、そのまま血液を通って血管をきれいに掃除し、ゴミと一緒に肺からで行くことをイメージしながら深呼吸すると、落ち着きました。


「昔に親に金持ちへ売られたと言ったでしょ? 最初はその美しさが原因だと思いましたが、それなら殺されそうにならないと思いました。もちろん、いろいろな趣味の方がいるから。絶対ではないと思いましたが……」


 僕は犯人を追い詰める探偵のように訊いているなと自分に思いました。僕は探偵でも何でもないし探偵がそうしている場面に遭遇したことがないので似ているのか全く不明でした。今までも相手に訊くときはありましたが、自分を探偵に見立てたことはなかったので、今日の自分はおかしい思考回路かと思いました。


「そうよ。私は買った能力者を虐殺する趣味の金持ちのところに行ったわ。あともう少しのところで殺されるところまで行ったわ。でも、その時にたまたま能力者の中に紛れていたミニに助けてもらったわ」


 ウツは遠く故郷に思いを馳せるように前髪を手の甲で上げて太陽を見上げているようなポーズだった。太陽がない室内だから少し滑稽に見えました。しかし、話の内容は全く笑えない厳しい現実でした。


「それは良かったですね」


 僕は心底からそう思った。先程までの笑いたい衝動や探偵の真似事だと自己揶揄する自分が持っているといっても信じてもらえないが、実際に思った。悲しき能力者はたくさん見てきたし自分の兄が成れの果てだから、身近な不幸であるその切実さを想像しやすかったからでしょう。


「それで、なぜ助けてくれたのか訊いたら、『一目惚れだから』と言うのよ。そんなはっきり言う人がいるのねと思ったわ」


 ウツは少しのろけたようにはにかんで頬を赤く染めました。僕は女性に好かれたことがないのでそういう告白まがいのことを言われたことがないので、ウツの気持ちはピンと来なかった。自分から告白したこともなかったので、ミニの気持ちも同様に身近にない想像しにくいものでした。


「それで、今までずーっと身代わりとして君のことを守ってくれたのですね」


 そこまで聞いて、僕は内心で手を叩いて納得したいくらい合点がいきました。ミニが簡単に捕まったのはただの人間だからだし、ウツの方が気になったのはこちらが本当の能力者だったからでした。そうかと納得したことに、このふたりの関係性は、能力者の男性とそれを守る人間の女性の関係ではなく、能力者の女性とそれを守る男性という全く逆の構図の関係性だったわけです。


「そうよ。だから私は今も生きているのよ」


 窓から差し込む日差しが逆光となり、ウツが眩しすぎて見えませんでした。それは2人の美しい純愛の関係を眩しすぎて直視できない僕の薄汚れた心眼からくるものだったのかもしれません。その薄汚れた心眼はある醜く穿った疑問を持っていました。


「それで、君はミニをどうするんですか? 助けに行くのですか?」


 どうして助けに行かないのかという思いは、ウツが能力者だとわかった時に僕の心に生じた闇の思考でした。能力者なら多少の無理をしたら撃退できただろうし、今すぐにでも取り返しに行くことは能力的に可能でしょう。事実、今は口では心配しているが、助けに行くという行動には移っていません。


「え? 行くわけないでしょ? どうして身代わりになってくれたのにそれを反故するようなことをするのよ?」


 ウツは理解できないという感じに唖然と口を小さく開けたまま眉間にシワを寄せました。印象としては神聖なる天女が邪悪な悪魔として仮面を脱ぎ去り本性を現したものでした。しかし、それは僕のイメージ変化でして、本人は変化したつもりはなさそうです


「え? でも、助けてくれたミニに感謝の気持ちとかは?」


 僕は「これはやっかいだぞ」と思いながらウツを見ていました。僕の予想では、感謝はしているが救出するとは話が別だと返事が来て、会話が平行線を辿るはずです。どうかそういう返事でありませんように……


「感謝はしているわ。でも、それはミニが勝手にしたことでしょ? 私と一緒に入れただけで恩は返せたはずよ」


 予想通りの返事でした。予想よりひどい返事でした。それによって生じたのは、なかなか出てこない僕の返事でした。


「それはそうかもしれませんが……」


 ある程度は予想できたとしても、実際に起こるとショックは大きいものです。僕がミニの立場ならショックで二日間寝込んでしまいそうです。他人事だからよかったとしても、探しても言葉がありません。


「ミニが勝手に惚れて、自己犠牲しただけでしょ? そこから先に私には関係ないわ」


 僕はもっと関係がないのですが、さすがにミニがかわいそうになりました。おそらく最初にウツを助けた時も苦労しただろうし、能力者狩りの身代わりも大変だろうし、今は命を落とす危機です。僕は相手の気持ちになることが苦手ですが、ミニの気持ちになると僕の犠牲で成れの果てになった兄を思い出して可愛そうでした。


「言い方が良くないと思いますが……」


 僕は兄を手で包みながら、ウツに言葉を投げかけました。自分でもどこに飛んでいくのかわからないフワフワとした言葉しかできませんでした。相手の言葉の内容よりも表現を注意することに精一杯でした。


「私は、ミニを利用するのみよ。ミニもそうだったはずよ。それは悪いことなの?」


 その言い方にはイライラしてきました。内容の不快感が表現の不快感とコラボして怒鳴りたいところでしたが、満員電車の押し込みのように押さえつけました。怒気のこもった優しい口調を意識します。


「悪くは……ないですが……助けに行く情けとかは……」


 僕は怒りを我慢するあまり、言葉がとぎれとぎれになりました。それでも理性で押さえつけます。思考の綱渡り状態です。


「ミニを助けに行くつもりはないわ。私が捕まったら意味ないじゃない」


 その言葉を聞いて、僕の頭の中でプツンと何かが切れる音がはっきり聞こえました。

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