第17話4-2:どうして匿っているのですか

 僕はウツとミニと三人並んで歩きます。

 僕は2人の厄介になることにしました。ミニが能力者だということで、何かしらの事件に巻き込まれることは覚悟しました。自分は兄を元通りにしたいだけなのに、成れの果てを人間に戻す方法を知りたいだけなのに、街の崩壊や能力者の死によく関わってしまい精神的に参ってしまっているので、今回は静かにしたかったのに……

 でも、よく考えたら身から出た錆でした。ウツがチンピラにやられているところを見ていられなくなったから助けに入った自分が悪いのです。僕はもう兄のような成れの果てや能力者が不幸な目にあうところを見たくないのです……あれ? 能力者はミニであって、ウツではないはずなのに?……

 僕は自分の動機に首をかしげながら歩いていました。助けた別の仮説として、僕はただ単にウツという美しい女性の前でカッコつけたかっただけかもしれないというものが生まれました。僕もひとりの男性ですので、そういう欲情はあります。

 しかし、あまりしっくりきませんでした。今までも女性を助けたことはありましたが、そのときとは違います。もしかしたら、特別な感情が芽生えてしまったのかもしれませんが……うーん……

 僕が自分の信念みたいなものに頭がいっぱいいっぱいでしたので、ウツとミニとの会話に上の空でした。その二人は僕に気を遣いながらも、二人仲睦まじく笑顔でした。そこには僕が入り込む隙間などありません。

 って、そんなことを考えている場合じゃない。とにかく、能力者や成れの果てのことを考えるんだ。恋愛事など二の次だ。

 そう頭を振りながら毛細血管がブチブチと切れているのを感じて冷静になって気づいたのが、知らないうちに、ミニたちの破れた襟口や袖口が綺麗に戻っていたことです。綺麗な輪でした。おそらくミニの能力と関係しているのでしょうが、どういう能力なのでしょうか?と本来の自分の思考に戻って僕は安心して深呼吸して、肺に冷たくて綺麗な空気が入って洗浄されているのを感じました。



「失礼ですけど、2人はここで一緒に暮らしているのですか?」


 僕は2人の家に上がり込みました。聞く必要はないと思いながらも、一応は社交辞令として言ってみただけです。なぜなら、今まで言ったことがなかったので言ってみたかっただけという子供みたいな理由です。


「ええ。ミニさんは身分を隠さないといけないから、匿っているのよ」


 こじんまりとした一軒家、というか切られた大きな古株の下を切り抜いただけの子供の秘密基地みたいなところでした。それでも一軒家くらいの大きさがあるからたいしたものですし、外観のボロい木から想像したら腰を抜かすほど新築のマンションみたいに綺麗な間取りでした。床には輪のようなカーペットが自己主張強く敷かれていました。


「ところで、どうして匿っているのですか?」


 木のお盆に水の入ったガラスのコップを乗せてきたウツに対して僕は訊きました。それを木の丸いちゃぶ台に乗せながら、ウツは微笑んでいました。一度ミニの方向を向きながら何かの頷きで了承を得ていました。


「私の命の恩人なのです……」


 話を聞くに、ウツは親から金持ちに売られた過去があり、その金持ちに殺されかけたところをミニに助けてもらった恩があるようです。


「……ということで、私はミニさんを匿っています」


 ウツが言い終わると、周りは静まり返っていました。神妙な面持ちのウツ、ただ頷くミニ、それらを見る僕がいました。沈黙が僕たちを押さえつけて、近くで葉っぱが落ちる音が大きな音のように聞こえました。


「なるほど。そういうことでしたか」


 僕は納得しました。沈黙を破りました。そのあとに言葉が続きませんでしたが、沈黙の空気に耐えられなかったので無理に言葉に出したまでのことです。


「オイラはいらぬお世話だと思っている」


 ミニはつっけんどんに言います。最初から一度として笑顔を見せないミニは、昔ながらの硬派な男性を連想させた。職人気質で不器用で恥ずかしがり屋だから態度は悪いが、内心優しいものです。


「そんなことを言って、私を危険から遠ざけようとしているのね」


 ウツは嬉しそうにミニの腕に抱きつきました。まるで新婚さんのようなそのほっぺをスリスリと擦り付ける様子を見て、ベタ惚れだと思い知らされました。僕は「いいなぁ」と羨むよりも「空気読めよ」と呆れが強く、自分ひとりだけが仲間はずれされた気分です。


「自分に都合がいいように言うな」


 ミニはウツを邪魔だと突っぱねます。ウツはミニから引き離されました。ミニは僕が見ている前であることもあり、恥ずかしさから正直になれないのかと思いましたが……



 ――ミニの後ろに誰かがいました。

 だれ?

 ――いつの間にか僕たちは取り囲まれていました。

 いつ?

 ――どこからか入ってきました

 どこで?


 そこに強襲が入ったということです。

 チンピラではなく、武装した多くの警察だったのです。

 僕たちがウツの過去話を聞いていた時にはすでに囲まれていたのです。

 玄関から堂々と入ってきたのです。

 僕たちは気を許しすぎて、周りに隙を作っていたようです。事実、僕はウツとミニとの関係のことで頭がいっぱいになって、彼女たちが追われていることを一時的に忘れていました。一度撃退したことにより解決したと思い込んでいたことも起因しています。

 ミニは一瞬で連れ去られました。

 ウツは押さえつけられ、何もできませんでした。

 僕はさすがに無能力者の警察には関わりたくないので、無抵抗を演じました。

 ……



 ――


「ミニさん……」


 ウツは物寂しそうに玄関を眺めていました。ひと悶着があったとは思えないくらい部屋の中は整ったままでした。歯ブラシ一つ落ちていない手際の良さだったのでしょうか?


「妙ですね」


 僕はその光景に疑問をもちました。いや、今目の前にある光景だけではありません。ミニが連れ去られた光景にもです。


「何がよ?」


 ウツは玄関から僕の目に視線を移しました。その目には悲しみと疑問と混乱とがカオスに混じっていました。僕は単純に言います。


「能力者にしては、あっさり捕まり過ぎているんです」


 それが僕の持った疑問です。僕の経験則からだと、能力者を捕まえることはもっと難しいことです。仮に能力者が捕まりたいと思ったとしても防衛本能が邪魔をして、警察が何人も犠牲になり、家が跡形もなく吹き飛ぶくらいの騒動になるのが普通です。


「警察が強いのでしょ?」


 ウツは目の涙を指で拭っていました。彼女にとってはミニが捕まったことで思考ロックされて、僕の思考はどうでもいいのかもしれません。しかし、僕は逆に、自分の予想が正しければ、ミニが捕まったことはどうでもいいのです。


「だとしても、もう少し抵抗できるはずです」


 僕はウツとは違い思考ロックしません。考えるのをやめたらそこで旅は終わるのです。その思考の先に真実があるのです。


「では、わざと捕まったの?」


 ウツは指についた涙を自分のスカートに吸わせました。ハンカチーフで拭うという僕がウツに勝手に押し当てていた理想の女性像とは少し違う、一般的な女性の姿でした。そうです、先入観とはおそろしいものです。


「それも考えにくいです。能力者は仮に死にたくても、本能で戦ってしまうのです」


 僕は先入観を排除して、自分の持っている根拠と理論だけを頭の中に総動員させました。今まであった違和感を根拠と理論に当てはめていきました。それは頭を使う楽しいものでもあり、残酷な現実を導き出す辛いものかも知れないです。


「じゃあ、どういうこと?」


 ウツは乾いた目でした。先程までの涙が嘘であるかのように、乾ききっていました。僕はそれを見て、確信しました。


「――能力者は、ミニさんではなくあなたですね?」


 ウツは肯定するように笑いました。

 ウツのほうが能力者でした。

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