第14話3-4:君は襲ってこなくていいのか
「君は襲ってこなくていいのか?」
テイの言葉に俺はドキッとした。「え? 俺に言っているの?」と俺は疑問の表情で自分の顔を指さしたが、テイの視線は俺の後ろだった。俺の後ろには、捕まえてきたスーツの男のリーダー格がいた。
「それは能力者たちの仕事だ。私は指揮するだけだ」
リーダー格はダンディに葉巻に火をつけてふかした。通りたかったら勝手に通ったらいいと言わんばかりに無干渉だった。監視カメラがあったら後でこっぴどく叱られるのではないかと思ったが、通してくれるのならありがたい。
「君も能力者だろ?」
テイは足を止めていた。俺は止まらないで欲しかった。厄介事に首を突っ込まずに、さっさと逃げて欲しかった。
「……どうしてわかる?」
リーダー格は上に向かって大きく葉巻の煙を吐いていた。相手に煙が向かわないように気をつけてくれているのだろうが、気体の重さの関係上煙は落ちてきて被害に遭うと思った。しかし、そんなことは関係ない。
「やはりそうですか」
テイは少しだけ意外そうにな面持ちだった。一瞬だけ目を見開いたが、すぐに冷静を装った。少し残念そうな面持ちでもあった。
「引っ掛けやがったな」
スーツのリーダー格は冷静に怒気を込めた言い方だった。顔は冷静に顔一つ変えていないが、内心は一杯食わされたことを苛立ったのだろう。それか、牢屋破りで暴れまわっていることを怒っていると考えていることが正解か?
「君たちは死にたいと思わないのか?」
テイはいきなり脈略のないことを言い始めた。いや、脈略のないことではないかもしれない。しかし、この状況下でのそれは、殺すという挑発にしか聞こえない。
「どうして死にたいと思うのだ?」
リーダー格はさすがに睨みをきかせた。あまりにもストレートな挑発に対して、買われた喧嘩を買う算段だ。俺はもう「知ったこっちゃねぇぞ」という投げやりな感覚だ。
「能力者は死にたがりが多いからです。君は例外ですか?」
俺はテイが再び挑発している様子を見て、頭上から岩が落ちてくるわけでもないのに頭を抱えた。リーダー格がさらに怒りをあらわにすると睨み横目で見た。すると、意外にもリーダー格はきょとんと意表をつかれた顔をしたあと間を空けて、怒りの血を抜かれたように怒気のない笑いを響かせた。
「ののの。なるほど、能力者のことに詳しいのか。たしかに私は例外として死にたくない」
リーダー格はどこか嬉しそうだった。自分の理解者に出会えた喜びか? 能力者のことに詳しくない俺にはさっぱりだ。
「邪魔しないのなら、死にたくないのなら、見逃しますよ」
テイは二択を提示した。見逃すか見逃さないかの二択だった。俺は見逃してくれと思っていたが、テイの強さとここのやつらへの恨みで、テイが成敗してもいいのではないかとも思い始めた。
「それは無理だ。私は死にたくないが、街を取り締まる立場だ」
リーダー格が却下した。首を横に振る様子からはものさみしさもあった。俺は自分が安全ならなんでもいい。
「では、どうして襲ってこないのですか?」
挑発なのか本当の疑問なのか? 戦っても戦わなくてもどっちでもいいと心変わりした俺にはどう転んでもよいことに変わったわけだが、挑発しているのかの疑問に悶々とした。こいつは何を考えているんだ?
「派閥争いに負けたからだ」
リーダー格はしおらしくなっていた。先程までの臨戦態勢の気配がなくなった。俺には理解できないが二人にしかわからない会話のやりとりなのだろう。
「どういうことです?」
それはこっちのセリフだ。二人の心境の変化を教えてくれ。俺も逃げたい一辺倒から「テイなら戦ってもいいか」と心境の変化をしたけれども、お前たち二人の心境はどういうふうに変化しているのだ?
「いろいろな能力者がいるだろ? その中で、身体能力者が派閥争いに負けたのだ。すると、ほかの能力者を世話する立場になった。ほかの能力者の願いである死ぬことを俺たちは手伝う必要が出てきた。そうなると、俺たちは死ぬことを禁止されるわけだ。まぁ、俺はほかの身体能力者と違って死にたくないがな」
リーダー格は初めて自分のことを長々と説明した。言いたくないため開かなかった重い口からは空気の換気のように押し出された言葉が熱気を帯びているように感じた。少しは心情を理解できたような気がした。
「ということは、この牢獄は……」
テイは何かを察したように周りの灰色の石の世界を見回した。未だにテイの心情はひとかけらも理解できそうなきっかけがなかった。そちらに気が言って、リーダー格の吐露している話は申し訳ないが半分しか聞いていない。
「ののの。そうだ、ほかの能力者を殺すための施設であり、管理者である俺たちはその手伝いをするだけだ。ほかの能力者が希望取り死んでいくのを羨ましがって見ていることしかできない身体能力者の牢獄だ。まったく、何が羨ましいのか理解に苦しむ」
リーダー格が重大なことを言っているのは理解できたが、心情としては理解できていない。そもそも、急な情報が急に大量に出てきて、理屈として目の前に置かれただけの料理の状態の気分だ。それを実際に自分で食べて血肉化してどういう感想を持つのかの過程がスキップされて、次々と通り過ぎていくだけの状態だ。
「……立場が逆ですか?」
テイは理解したかのように悲しそうだった。俺は理解できない自分が悲しかった。俺が思うに、知らない方が幸せだという考えはあるが、それは嘘だ。
「ほかの能力者への娯楽として、身体能力者による格闘大会があったんだ。まぁ、身体能力者の中で優秀な者を選別することも理由の1つだがな。ちなみに私は去年の優勝者だ」
リーダー格はスーツを脱ぎ始めた。戦いは避けられないようだ。正直言って、俺は蚊帳の外状態で、気持ちが乗らない。
「なるほど。それで、僕たちをどうするのですか?」
テイ手足をひらひらと揺らして戦う準備体操をしていた。こちらも臨戦態勢だ。そういう準備が出来ていないのは俺の心情だけか。
「立場上、取り締まるしかないですよ。ただし、死ぬつもりなないですかね」
リーダー格はテイに攻撃してきた。そのよけられた正拳突きは壁が壊れた原因だ。がらんと空いた穴の向こうには、掃除道具が置かれていた。
「すごいバカ力ですね。何の能力者ですか?」
テイは相手に能力を聞く。今まではそんなことを聞いても答えるわけがないだろと思っていたのに答える能力者を見てきて疑問に思ったが、自分を殺して欲しいと思っているのなら合点がいく。自分の情報提供で死ぬ、一見するとバカらしが、本人たちにとっては切実な願いを叶える合理的な方法だったのだろう。
「ののの。俺は脳を強化する能力だ。脳を活性化させて、身体能力を向上させる。まぁ、久しぶりで使い慣れていないから、目でよけるのが分かっていても対応できなかったがな」
リーダー格も自分の情報提供をした。本人は死にたくないと言っていたのに、言動不一致だ。俺はその言葉から察した。
「自分から言うのですね」
テイは暗い顔をした。俺ですら察したのだから、当たり前だ。リーダー格は情報提供して負けて死にたいのだ。
「何か問題でも?」
リーダー格は悪ぶっているように見えた。実際には純粋な悪い顔かもしれない。しかし、先ほどの話、わざとらしく攻撃を外したと思われる点、それらからわざとやられたいと結論が行き着くことはたわいない。
「あぁ、大問題だ」
テイは困った顔をした。どうにもやりにくそうだった。少なくとも俺にはそう見えたが、それは俺の心情の鏡かもしれない。
戦闘が起きた。
が、あっさり終わった。
……
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