第12話3-2:すごいな。頑張れよ
テイの一回戦
控え室で出会った時と同じように、ダサい黒のピチピチスーツだった。あれの方が戦いやすいのだろうか? 俺はコントの銀行強盗を思い出した。
僕がそれとともに思い出したのは「だって、能力者なのに非能力者の大会に出ているんですよ」というテイの言葉だ。俺はテイたちが本当に能力を使っているのかに目を見張ることにし、視神経を硬直させた。
言われてみれば、たしかに普通と比べると不審な点がたくさんあった。テイの周りには蜃気楼のようなものが覆われていたし、対戦相手にはリングを削るほどの異常なダッシュ力やキック力があるように見えた。俺は先入観によって盲点に落とし込められていたが、喧嘩をかじっているものなら冷静に見たら明らかだった。
足を強化する能力を使って渾身の蹴りをしたものは、テイに軽くいなされて場外に飛ばされた。ボクシングのリングみたいになっていたがロープの上を飛び越えて観客席の前に背中から落ちた。空に飛んでいたときは頭から落ちていたが、地面に着く直前に不自然なほど体勢が地面に対して平になり、背中全体で落ちたように見えた。
俺は目の錯覚ではないかと右手親指と人差し指で目を擦りましたが、当たり前のこととして擦り終わったあとには確認する術はなかった。ただ、俺の目が確かならば、能力によって大怪我を防いだということになるだろう。それが誰の何の能力なのかは分からないが、その時のリングの上のテイは優しそうな安堵の表情で息を吐いていたように見えた。
テイの勝利のゴングが歓声の中に鳴り響いていた。
テイの2回戦
今度もテイの周りには蜃気楼のような歪みが見えた。砂漠の中のオアシスのように、俺の希望からそう見えるだけだろうか? いや、そういう盲目はやめて能力者としてみることが正しい。
テイの今度の対戦相手はテイの攻撃をよくかわして、テイによく攻撃を当てていた。それは特に素早いという印象ではなかったが、とにかく相手がよく見えていたという印象だ。常に集中してテイを見て、目をそらすことがなかった。
それは当たり前と言ったら当たり前だが、なかなかできることではない。フェイントなどの視線誘導で視界から消えることはよくある技術だ。当たり前のことを当たり前にするというすごいことを相手はしている。
が、あまりにもよくできていすぎている。そして、俺はあることを思い出した。それは「だって、能力者なのに非能力者の大会に出ているんですよ」というテイの言葉だった。
これは奴の能力に関係しているはずだ。となると、結論は簡単だ。奴は目の能力を使っているに違いない。
と、テイは大きなモーションで拳を振り抜いた。それ自体は簡単によけられるものだったが、遅れて大きな突風が吹いてきた。それは観客席まで届く不自然な拳の風圧だった。
俺はその風で目を開けることができなかった。俺は小学校に行くある日に風が強いくて恐怖から休んだ記憶を蘇らせていた。それが原体験として俺の恐怖であったためか、相手の拳から目を離したことがない俺が風で瞼を閉じて試合から目をそらした。
風が止み、俺が目を開けると、試合は終わっていた。後から聞いた話だと、相手が風で怯んだ時に一発で場外に飛ばして気絶させたらしい。俺の予想では、そのテイが生み出した風によって相手の視界を潰して、よけられなくしてから倒したのだろう。
動体視力を強化する能力であろう相手を封殺するテイの能力はおそらく風関係だろう。さっきの風、体の周りの蜃気楼、相手が落ちる直前の不自然な体勢変化、それらは全て風の能力で説明が行く……のかな?
テイの三回戦
俺は「だって、能力者なのに非能力者の大会に出ているんですよ」というテイの言葉を思い出して、柔軟さを強化する能力者を倒したテイを見ていた。
次が決勝戦
「すごいな。頑張れよ」
俺は控え室で座っているテイに声をかけた。そして、頑張れよという言葉は頑張っている人には追い込んでしまう失礼な言葉であることに気づき、口をつぐんだ。頑張れ以外の別の言葉を出そうとしたが、自分の語彙力のなさがそれを止めた。
俺は閉口しながらテイの様子を見ていたが、特に気負っしているわけでもなく、逆に浮かれているわけでもなかった。落ち着いて座りながらも、目は鋭く燃えていた。要するに、いい状態だ。
「ありがとうございます」
テイは社交辞令で対応した。社交辞令でも作り笑顔で感謝を言えるこの少年は、教育が行き届いていると思った。きっと今も幸せな家庭環境の中を暮らしているのだと思い、その趣味の悪いドクロの首飾りは少年特有のこじらせだと多めに見ることにした。
そこに大会運営者が来ました。
コツコツと革靴の音を部屋の中で山彦のように反響させ、黒のスーツをきちんとつけたガタイの大きい者たちが数人で山のように佇んでいた。やばい状況ではよく見る光景であり、俺もよく喧嘩したものだ。俺ならともかく、能力者相手にどこまでできるのか……いや、十中八九こいつらも能力者か。
「テイ選手、少し時間はよろしいですか?」
戦闘の男は姿勢を崩さず、威圧しながらも丁寧な口調だ。一般的なイメージでは交渉事は取り巻きと違いインテリ幹部がするものだが、あまりそういうふうには見えないゴリラだった。しかし、そういうときもあるのは俺は何回も見てきた。
「なんでしょうか?」
テイも丁寧な口調ながら威圧していた。席から立たないのがその証拠だ。普通なら席から立って話に合わせるのが礼儀だが、それに反する。
「あなた、能力者ですか?」
スーツの男はとぼけていた。テイが能力者であることを決めつけながらもあえて言わずに相手に自分の口から言わせるつもりだ。証言が欲しいのだろう。
「いえ、違います」
しかし、テイはとぼけた。明らか能力者なのに苦しい言い逃れである。俺は呆れるだけだが、スーツの男たちは明らか殺気立って、首や指をポキポキ鳴らして臨戦態勢だった。
「でも、特殊な能力を使っていますよね?」
スーツの男は目を狼のように光らせながら尋ねた。どんな証拠でも逃さず掴んでやるぞと言わんばかりに耳もピクピクしていた。その言葉を発する時に見える歯はテイの首をいつでも噛み切れるかのように尖って見えた。
「これは技術です」
俺は耳を疑った。技術?能力の言い間違いか?禅問答か? スーツの男たちも互いに顔を見合わせながら耳を疑った様子だ。
「技術かなにかはわかりませんが、反則です」
スーツの男たちは問答無用に連行しようとテイの周りを囲む。手はず通りのことだろうし慣れたことでもあるだろうから、そのときの動きは早かった。後一歩で捕まえることが出来るポジションに複数人いた。
「それはおかしいですよ。ほかの者たちも反則していますよ。しかも、僕の技術とは違い、能力ですよ」
周りのスーツの男たちはぴくりと動いたが、交渉しているリーダー格が手を上げて制した。本当なら大会の暗部を暴露したテイは問答無用に拘束される予定だったのだろう。しかし、ここで捕まえたらテイの発言が正しいと証明されることを危惧しての措置だろう。
「――気づいていましたか」
リーダー格は咳払いしながら言った。テイの発言を認めるんだと思った。テイを捕まえないのは気に入ったからか?
「ということは、見て見ぬふりですか?」
テイは相変わらす丁寧語ながら威圧感のある言い方だった。自分が周りを囲まれてピンチであるはずなのに、そんなこと意にも返さずまっすぐリーダー格を見ている。内心では心臓がバクバクいっているのを我慢していると俺は思ったが、もしかしたら頭のネジが飛んでいてなんとも思っていないのではないかとも思った。
「身体の特殊能力者はOKです。それは暗黙の了解です」
リーダー格は屁理屈を言った。どこにもそんな規定は明文化されていなかった。ただ俺は納得できなかったし、テイも納得できていないだろうとも思った。
「僕の能力も見て見ぬふりしてくれませんか?」
テイは不満を顔に出さないのかなんとも思っていないのかわからなかった。もしかしたら、そんな過去のことにこだわっても意味がないと思い、次の話に進んだのかもしれない。もしそうなら、頭の切り替えの早い賢いやつだ。
「身体能力者以外の能力はNGです。たとえ技術とかいうものだとしても」
賢いかどうか関係なくテイは失格の扱いを受けて、逮捕された。
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