第11話3-1:大会
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「どうしてみんな弱いんだ?」
それは俺が青空の下で白い大理石のリングの上で観衆に地響きのように喝采されている時に思ったことだ。
俺は武闘家として生きてきた。武闘家と言ったら格好良いが、ただの喧嘩屋であり、見世物にされているだけだ。人によっては強さを求めた求道者として敬られているが、俺はそういう高尚なものではない。
自分で言うのもなんだが、腕っ節には自信がある。小さい時から喧嘩で負けたことがなく、その延長線上でリングに上がったら、金と名声が手に入ったわけだ。俺の人生は単純にそれだけだ。
俺は武道家として今までどおり喧嘩するだけで金が手に入ることは楽な商売だと思った。商売というものがよく分からず金の価値もわからなかったが、周りの反応で良いものだとわかった。俺は小さい時に食うに困ったわけではないからハングリーさがあったわけではないが、それでも強かったから今がある。
俺は小さい時に暴れまわっていたから周りに腫れ物のように嫌われていたが、俺が武闘家として活躍し始めると手のひらを返して去っていく奴らがいっぱいいた。そいつらを見るたびに、人間は腐っているな、と思ったものだ。俺が不思議に思ったのは、俺が奴らに対して怒りを感じないし、見返してやったぜという充実感もなかったし、ただ単に居場所を発見できたという安堵感だけがあった。
このリングの上にいる限りは俺は存在が許されるのだ。武道としても高みも金も名声も俺にとっては空虚でしかなかったが、その存在が許されている空気だけは実感できた。俺はこのまま強さという後光の光のような後ろ盾で充実していくのだろう。
「どうしてみんな強いんだ?」
それは俺が灰色に汚れた天井の下で灰色の大理石のリングの上で観客に総スカンされた時に思ったことだ。
俺は人間が腐っていることを再認識した。俺が上手くいっている時に近づいてきた奴らが風に吹かれたチリのように去っていった。そんなものだろうと俺は冷めた目で見ながら、これも自分の居場所だろうとちょこんと縮こまっていた。
俺は普通の人間だから、能力者には勝てない。それがその時に思ったことだ。俺は井の中の蛙であり、人間同士の喧嘩しかしたことがなく、能力者の強さを知らなかった。
そのときは何をされたのかわからなかった。わかったことは、自分が負けたことだけだった。相手の顔も体の傷の状態も何もかもわからなかった。
俺は心の整理をして、自分の置かれている状況を理解したら、目から涙が出てきた。周りから去っていった奴ら、理不尽な能力者の強さ、何もできなかった自分の不甲斐なさ、そういうものが何度もフラッシュバックして3日間寝込んでしまった。
それらが起きてすぐの頃は理解ができなくてなんとも思わなかったことが、実感として波のように何度も押し寄せてきた。そして、それら全てで頭がおかしくなりそうだ。廃人になるくらい頭を地面に打ち付けて、病院送りになった。
頭に登った血が静まって、俺は病院の白いベッドの上である決心をした。人間だけの武道大会に出ることにした。それは聴く人のよれば情けないと思うことかもしれないが、自分のためにはそうするしかないと決心した。
だから、能力者が参加しない武闘大会に出ている。今までもそうして地道に勝ってきた。少しずつ富も名声も人も戻ってきた。
少しずつ確実に自分の居場所を取り戻してきた。それは、喧嘩に明け暮れていた昔には想像できない自分の姿だった。これが大人になるということか?
しかし、この街の大会では勝てない。
これでもう何度目か? 能力者がいれば勝てないのはわかるが、普通の人間の大会だぞ? 俺はこの砂漠のなかを成金により不釣り合いなほど成長し一晩中ライトアップ全開のきらびやから大都会となった賭博場で首をかしげた。
「おかしい」
俺はそう言葉を漏らした。そこはおとなしく別の大会に回避するのがベターなのだが、さすがに人間相手には負けたくないという残された子供のような意地があった。俺は控え室で長椅子に前かがみに浅く座りながら頭を垂らして、既に負けた自分がこれからどうしたらいいのかを絶望の暗闇の中を思考実験していた。
「――この大会はせこいですね」
俺の思考実験が潰された。しかし、それは腹立つことではなく、暗闇に光を照らすようなプラスのことに感じた。俺は顔を上げると、部屋は明るかった。
俺の向かいの席でそう独り言を呟く奴がいた。
少年は黒髪の角刈りに黒いゴーグルをつけ、黒のピチピチスーツに親指ほどの大きさのドクロの首飾りをつけていた。はっきり言って、ダサい服だった。俺は服のことを、オシャレをあまり詳しくないが、それはダサい服だった。
「何がせこいんだ?」
俺は声が出たのかわからなかった。自分でも小さすぎるとわかるくらい声に元気がなかた。しかし、こちらに反応して顔を向けるだけではなく体勢も整える少年の反応を見て、声が届いていることはわかった。
「だって、能力者なのに非能力者の大会に出ているんですよ」
少年は身を前に倒して俺に近づき、周りに聞こえないように小さな声でひそひそ話を耳打ちしてきた。俺は耳がこそばゆく、これが綺麗な女なら興奮しているところだった。というか、能力者が大会に出ている?
「え? 能力者なの……?」
俺は思わす声が大きく出た。それを察して、少年は手で俺の口を塞いだ。周りはガヤガヤとうるさいので、俺たちに気にしていない様子だった。
「そうですよ。身体能力の能力です。腕を強化したり、動体視力を強化したり、柔軟さを強化したりしていますよ」
その少年はシーっと人差し指を唇の前に立てて静寂を勧めながら俺の口から手を引いた。俺は少年が動作をするより早く自分の失態に気づき、大声を出したことを反省した。その静かな反省の心情の中から、怒りがマグマのようにグツグツと出てきて、我慢をして表面だけは固めてもすぐに溢れてくる状況だった。
「くそ! だから勝てなかったのか」
俺は歯切りして声を殺しました。だいぶ小さな声のつもりだが、少年が驚くくらい人を殺す狼のような目を気づかずにしていたようだ。少年はそんな俺を手をまぁまぁと抑えるポーズをしながらなだめてきた。
「でも、君が負けた相手は普通の人でしたよ」
俺は恥ずかしかった。
「――とにかく、腹立つ」
俺は怒りで恥ずかしさを誤魔化した。恥ずかしさから来る背中を走るこそばゆさは俺の心の怒りのマグマを驚く程冷やした。俺は怒りを下ろす場所を失って困ることを通り過ぎて、笑うしかなくなった。
「そういうものだと諦めて本選で僕を応援してください」
俺がハッと自分に笑ったのを合図にして、少年は席を立った。去るタイミングを探していて「ここだ!」と見たのだろう。その去るタイミングの鮮やかさと俊人さと後腐れなさに、今までの裏切ってきた奴らと違う快さを感じた。
……そもそも、俺の側についていたわけでもないか。
俺は再び自分に笑ってしまった。それを見て、周りの奴らは俺がおかしくなったのではないかと蔑んで見てきた。それはあの見たことのない雰囲気の少年とは違い、俺には親しみすら感じる慣れたものだった。
この大会は予選で勝った者16名がトーナメント形式で勝ち上がってくるシステムだ。
俺は予選で負けたので観戦者としていた。決勝に進んだ16名の顔と名前が映像を通して確認できた。そこにはあの少年も写っていた。
「あいつ、テイと言うのか」
本当に決勝トーナメントに進んでいた。言ってはなんだが、少し疑っていたところがあった。しかし、運営が嘘をついていない限り本当だ。
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