第10話2-4:僕は街にたどり着きました

 海底に潜る。

 口で言うのは簡単ですが、行うのは難しいのです。それは技術を得たあとも同じです。むしろ、技術を得たあとの方が大変です。

 まず単純に、潜るには体力がいります。水を手でかき足で蹴るのですが、いくら訓練して慣れても長い潜水になると疲れるのです。海は敵です。

 僕はこの技術があれば全てが楽になると思いましたが、全くそんなことはありません。一回目はビギラーズラックで無我夢中にできたことが、二回目以降にはできなくて数日間は足止めを喰らいました。やはり海は僕を拒む敵です。

 水を酸素と窒素に分ける技術を自然とできるようになるまで何回も溺れかけました。窒素を吸って酸素を体にまとわせる逆のこと、技術をすることに意識がいって泳ぐのを忘れることやその逆のこと、陸を海中と間違えて技術を使うのはいいが逆をしてしまうこと、そういうことが起きていました。その度に息が上がりながら陸に上がり、師匠の真似事のようにドクロの兄に説教されるのです。

 そもそも、僕は技術があれば潜水艦のようにスムーズに進んでいくことや泳がずに歩いていけると思っていました。しかし、そんな楽なことは浅瀬でしか不可能であり、深くになると重くなる水圧を追い返すことで精一杯になります。意外と脆い膜なのです。


 出発の日、僕は不安と水圧に押しつぶされそうになりながら潜っていきます。師匠からの教えでは、特に冷静になれだとか呼吸を整えろだとか集中しろだとかは言われませんでした。ただ唯一言われたことは、後悔がないようにしろ、だけでした。

 今にして思えば生きろとも言われていないのです。師匠は死ぬことも後悔ない選択の一つだと考えていたのでしょう。僕は死を頭によぎらせながら沈みます。

 横を泳ぐ魚は徐々に変わっていきます。初めはよく見かける縦に細長い形状のものが多かったのですが、深くなるほど丸みを帯びて、徐々に横長になっていきました。海水に押しつぶされてそういう形状になったのだろうかと思い、より暗いところに沈んでいきます。

 僕はふと頭が冷たく感じ、上から窒素の膜に内側に水が垂れて溜まっていることに気づきました。どうやら水圧の限界にきたらしいです。僕の今の微小な力では限界が来ていたらしいです。

 ガラスのようにひび割れていく頭上を見て、僕は引き返すことを考えました。ただ、ちょうどそのタイミングで底の方に明かりを感じました。窒素の膜に反射したかもしれないものが目にちらっと刺激しただけなので、勘違いの可能性があります。

 僕は選択を迫われました。上に引き返すか下に進むかの二つです。

 普通なら安全を考慮してあぶくのように海上に向かうのが正解かもしれませんが、ひび割れた膜や僕の体力の関係上で上まで保つのかわかりません。結構深くまできてしまったので、下まで行ったほうが安全の可能性もあります。

 異端なら命を顧みず石のように海底に向かうのが正解かもしれませんが、僕は特に自分が異端だとか思っていませんし望んでいません。もう上に戻る元気がないので、死ぬのもいいかと半ばここが墓場だと覚悟しているだけです。

 生きるか死ぬかわかりませんし、どちらにせよ死ぬかも知れない状況ですので、師匠が言ったように後悔がない方を選ぼうと思います。僕は海底へ進むことを選択しました、というのも、どうせ死ぬなら挑戦しようというポジティブよりも、いろいろな辛いことから逃れたいというネガティブなものが強かったです。父の死、母の行方不明、兄の成れの果て化、師匠を自分の手で殺めてしまったこと、そういう今までの積み重ねが僕に前へ進む力をくれたことになるのです。

 僕がさらに奥に進むと、再び明かりで目が刺激されました。確実に街か何かがあると信じ、喜びの安堵が出ました。

 と、膜のヒビが大きく割れて滝のような勢いの海水がトンカチのように僕の頭を打ち付けてきました。そして、黄身を覆う白身のように僕を窒素の殻の内側で抱きしめてきました。それはあまりにも抱きしめる力が強すぎて、僕の意識を真っ白にしました……


 ……僕は街にたどり着きました。

 それが僕の最初に海底の街にたどり着いたときのことです。


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