第7話2-1:昔
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僕は家族4人で仲良く暮らしていました。
家族構成は、父・母・兄・僕の4人でした。浜辺の近くの木造二階建てでした。父は会社員、母はパート、兄と僕は小学校に通っていました。
「俺、今日の学校でお母さんへの感謝の言葉を書いたんだ」
休日の夕食時、二歳年上の兄が食卓でアピールしました。その顔は褒められたいにやけた顔を隠しきれませんでした。それを見て母は教育のためなのか本心なのか、嬉しそうに感謝を述べます。
「カイ、ありがとう」
それを見て、僕は羨ましいと思うとともに、父がかわいそうになりました。だからというわけではないですが、僕はどちらかというと父寄りでした。子供は父より母のことが好きだと思い表情一つ変えずに母と兄の微笑ましい様子を達観している父に対して、僕は言葉で踏み入りました。
「僕はお父さんへの感謝の言葉を書いた」
僕の言葉に母と兄は意表をつかれたように、あっ、と口を開いていました。父は特にそういう素振りを見せませんでしたが、内心では同じ反応だったのかもしれません。少し間を空けてから父は言葉を選んでいました。
「お父さんのをか? ありがとう」
冷静を装っている父の声は少し弾んでいるように聞こえました。目は涙ぐんでいるように見えました。父がおならをしたように臭いました。
「俺だってお父さんへの感謝の言葉を書くんだ」
兄は急に対抗してきました。親を取られたくないという子どもが持つ独占欲です。そして、その独占欲は僕にもあります。
「僕だってお母さんへの感謝の言葉を書く!」
僕は兄に対抗しました。少なくとも、兄よりは大きな声を出すことにしました。それには兄も幼稚に対抗してきます。
「俺のほうが上手に書く!!」
「僕のほうが上手だ!!!」
僕たち2人はわいやわいやといがみ合いました。つかみ合いの喧嘩になりました。どこの家庭にもある風景です。
「はいはい、そんなことで喧嘩しない」
「父さんたちがいなくなったら、2人で仲良くしないといけないんだぞ」
親は微笑みながら教育してきた。父も母も子供から感謝されていることが分かり嬉しかったのです。僕と兄も次第に嬉しくて笑い始めました。
「父さん母さんがいなくなるなんて、信じられない」
僕の言葉は海の近くで暮らした影響もあって、波の音の渦に沈み込みました。
両親が旅行へ行く途中の海難事故にあいました。
知らせを聞いた後日、父の水死体が発見されました。
一方で母の水死体は発見されませんでした。
父は死に、母は行方不明になりました。
淡々と事実だけが進みます……
「テイ、いつまで泣いているんだ?」
暗い家の中で兄が話しかけてきました。僕は泣いているつもりはありませんでした。しかし、周りから見たら泣いているのは明らかだったようです。
「……」
僕はただ言葉が出なかっただけです。目は口ほどのものを言うので、僕の涙が物語っているのでしょう。僕は微動だにせず膝を抱えて遠くを見ているばかりです。
「お母さんは生きているかもしれないから、諦めきれないな」
兄の言葉が家の中で反響します。普通ならテレビの音や人の声で響かないはずです。余計に寂しく感じました。
「……」
僕は虚空にいる気分です。家の遥か遠くから聞こえる人の雑踏が僕の心をきつく締め付けました。どうして僕はここにいるのでしょうか?
「探しに行くか、お母さんを」
僕はショックすぎて兄の言葉の意味をわかりませんでした。この場合は、頭では理解できるけど実感として理解できないというものではありません。それよりももっと根深く、理性的にも感情的にも理解できるが、何かがわからないという得体の知れないものでした。
「……どうやって?」
ショックが強すぎて根元にある得体の知れないわからなさを度外視して、僕は表面上の理性と感情で言葉を出しました。自分の体が自分のものではない、どこか深海に沈んでいる自分の体を遠隔操作している感覚でした。言葉だけが海面から顔を出し、それ以外の全てが海の底で押しつぶしてくるのです。
「自分たちで海に潜ればいい」
兄は危険を覚悟にグッドアイディアであるかのように装い自慢げに無理やり笑顔を作っていました。僕は自分の今抱いているマイナスイメージとリンクして、気持ちがついていかない。やんわりと拒否しよう。
「それは危ないから禁止って言われている」
僕は半分嘘をつきました。プロなしでは危ないから禁止されているのは事実だが、破って潜ったことはいくらでもある。ただ、気持ちが入らないだけです。
「だったら、俺だけで行くけど」
兄は長男だからしっかりしないといけないと思い悲しみを我慢して無理に危険な目にあおうとしているのかもしれません。本か何かで長男は下の子のためにそうなると知識を得た気がします。僕は長男ではないからその気持ちは分からないが、兄一人が何かに押しつぶされるのではないかと危惧しました。
「……僕も行く」
兄と主人公は母を探すために、海底へ行くことにしました。
空は暗く、海は荒れ、地面は冷たかった。決して海に潜るには適した状況ではありませんでした。あの時の僕たちは気が確かではなかったのです。
「子供だけで行ったらダメだ」
周りは止めるが実行します。浜辺で二度注意されて、反省している素振りをしながら場所を移動していきました。砂浜に刻まれた2人分の足跡が風により儚く消えていきました。
「――この辺にはないな」
兄が僕に確認します。僕たちは海パン一丁で海に漂います。夏が終わる冷たい風ははるか前に過ぎ去っていました。
「もっと深いところかな?」
僕の言葉に誘導されるように兄は僕を誘導しながら沖に進みます。慣れたものではあるが、地に足がつかないのは言葉のとおり不安である。僕たちが動く毎に生まれる波紋が波の前に儚く消えていきました
「――ここにもないな」
兄は再び僕に説明するように確認します。自分だけなら言う必要がないが、弟を気遣っているのでしょう。小さい時から気にならなかったのですが、頭が冷えた今になって初めて気づき、冗談として大袈裟に言うといつ死んでも後悔がない気持ちでした。
「もっと深いところかな?」
さらに沖へ。僕は死に近づいているなと気が病んだ冗談を頭に浮かべて海に浮かんでいました。外に出るのは気晴らしになるというが、そういう冗談を思い浮かべることが出来るようになるくらいには気分は軽くなったということでしょうか?
「さすがに沖に来すぎた気がするが……」
僕が気分を軽くしているのとは反対に、兄は気分を重くしています。不安からなのか寒さからなのか、兄は唇が青く震えています。僕はどん底から浮き上がって当社比で気分が高揚しており、兄に対して強気でした。
「大丈夫だよ」
僕は海底に潜ります。兄は僕につられて潜ります。僕は暗い海底に昇って行き、太陽のように明るい海底の反射に手を伸ばしました。
その触ったところの岩の隙間に手が思わず挟まれました。僕は、そんな漫画みたいな展開が本当にあるんだと変に冷静でした。泣きっ面にはちである。
そんな冷静な僕の横に、暖かい熱を感じました。兄が慌てながら岩の隙間を両手でこじ開けようとしていました。そんなことをしても広がるわけがないのに……
僕は兄に感謝と滑稽さを感じながら、冷静にすっと手を抜くことに成功しました。それを見て兄はあぶくを大量に出しながら笑ってくれました。そして、酸素不足で息苦しくなっていました。
僕は兄のことを馬鹿だなと思いながらも、嬉しさにあぶくが大量に出るくらい笑いました。兄と同じミスをしたことへのバカバカしい笑いが自然と起きました。僕の気に沈み方は底を抜けました。
と、僕が背中を岩に当てると、上から崩れ落ちてきました。
僕は事故に遭いかけます。僕は海底で崩れてきた岩に挟まりかけます。
と、僕は腕ごと後ろに引っ張られました。
兄がいました。岩に崩されていく兄の顔が、笑顔のように見えました。兄が僕を助けて、代わりに海底へ沈んでいきます。
僕は気を失います。
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