第5話1-4:ネタがわかれば、対応はできます

 そうだ、誰だ? 私たちは炎が飛んできた方向を見た。そこには炎の円で切り抜かれた壁越しに赤髪の細長い若者が出てくる。


「暴れてくれるなよー。俺のアジトでー」


 そのやる気のない間の抜けた声の男は飄々としていた。対照的に周りにはやる気のある賑やかな必死なギャラリーができた。


「オノホさんだ」

「ボス、すみません」

「ボス・オノホにかかればお前なんか」


 周りがはやしたてる。どうやら、このオノホという男がここのボスであり、防波堤であり、柱であるらしい。そして、私ははっとして口を開いた。


「そうだ、見たことある。こいつ、この街のボスのオノホよ」


 そうだ、こいつが諸悪の根源だ。この街の圧政の頂点であり、私がひどい目に遭う理由だ。一度見たら忘れない。


「どうして忘れていたんですか?」


 テイはゴミを見るような冷めた目で私を見てきた。どうしてこんな重要人物を忘れていたんだと言いたいのはわかった。私が逆の立場なら確実に思っていた。


「直接近くで見るのは始めてなのよ。いつもは遠くからとか写真でしか見ないのよ……」


 私の言葉の途中で、オノホは炎を撃ってきた。テイは再び私を抱いて避けた。その技術で炎を払い除けてくれたらと思った。


「このボス、さっきの幹部と桁違いだ。部屋全体を、仲間ごと燃やしている」


 たしかに桁違いだ。燃やすというより、周りが勝手に燃えているという印象だった。崩れる壁や倒れる部下を気にせず進んでくる。


「手は抜かないよー。よくもアジトをめちゃくちゃにしたなー」


 アジトをめちゃくちゃにしているのはお前だろ!と思った。天然なのか、強すぎて気になっていないのか、恐ろしい存在だ。


「君の方がめちゃくちゃにしているじゃない」


 テイも私と同じことを思っていたようだ。周りが次々燃えていく。言動は強さも、存在自体がめちゃくちゃだ。


「問答無用―」


 炎が会心の勢いで向かってきた。蛇がカエルの丸呑みするように炎が私たちに迫ってきた。私は頭を抱えた。


「炎の対応の仕方はもうわかっています」


 テイは今までの敵と同じように炎に分け入りながら進み、そのまま同じように殴り倒しました。そうよ、その技術をどうしてさっき使わなかったのよ。そのまま今までと同じようにオノホを壁に吹き飛ばした。


「やったっ!」


 私は静かに強く確実に拳を握りガッツポーズした。私の苦悩、この街の苦悩がいとも簡単にあっけなく終演した。テイは私に手を差し伸べてきた。


「さて、傷の手当てを……」


 テイは急に燃えた。私は急に倒れゆくその姿に、理解が追いつかなかった。ただ、悪寒は走った。


「どうしたのよ!?」


 私が驚くに、自分の声が大きく出た。


「これは!?」


 テイは私の声に反応するように声を出し、生きている合図となった。


「すごいねー。すぐに炎を消すなんてー」


 倒れゆくテイの背後から、オノホの姿が声とともに見えた。オノホの周りには透明の液体が包んでいた。炎ではないその奇妙な物体は何だ?


「アルコールの能力ですか」


 テイは燃える背中から亀のように首を伸ばして、オノホを睨んだ。オノホはテイに吹き飛ばされた影響で顔などに傷を負っていた。そんな傷なんか気にしないで飄々としている様子は、化物の印象で背筋が燃えるように寒かった。


「本当にすごいねー。まさか、これの正体もすぐに見破るなんてー」


 オノホの飄々とした言い方では本当にすごいと思っているのかは定かではなかったが、私個人でもすごいと思った。今までの強さもそうだが、アルコールの能力を即効で見破る点がそうだ。私にはちんぷんかんぷんだし、オノホがすごいと言うのだから私が思っている以上に本当にすごいのだろう。


「炎の能力とうそぶいて、自分の能力を隠していたのですか?」


 テイは背中の炎を消した。焦げ落ちた服の下からは、意外と綺麗な肌が見えた。技術によって守っていたのだろうか?


「そうだよー。木を隠すなら森の中と言うけど、偽物の木を隠すのも森の中がいいのさー」


 オノホの顔の傷も見る見る治っていきました。アルコールの能力でしょうか? 傷を治す能力なら、驚異的だろう。


「それもアルコールの能力ですか?」


 テイは冷静を装って訊いていた。それは私でもわかるくらい動揺していました。目は焦点が合わずに泳いでいました。こちらも私が思っている以上にやばいと思っているのでしょう。


「そうだよー。アルコール消毒―」


 オノホはそのままアルコールを飛ばして、テイへと付着した部分が燃えた。発火性のものと治療用のものとがあるのだろうか? テイは傷が治ることなくやけどを負った。


「さっきのもこれですか?」


 テイは燃える部分を指さした。わかりきったこと確認をしながら、対処法を考えているのでしょう。オノホもそれをわかっているように笑っていた。


「そうだよー。炎に気をつけていたら、知らないところから、ボオッ、てなー」


 オノホは強者の余裕を持っていた。テイは自分を傷つけていた炎をかき消した。炎とともに吹き飛ばしたアルコールが天井についた。


「ネタがわかれば、対応はできます」


 天井についたアルコールが地面に落ちた。

 それを合図にテイはダッシュした。と、テイの体がアルコールで包まれて、溺れる。オノホが先手を打ったのだ。


「炎に注意がいったらー、アルコール攻撃―」


 オノホの視点では、テイは炎を注意していたらしい。しかし、テイはすぐにアルコールを分解して、脱出した。その顔は覚悟が決まっていて男前だった。


「対応できると……」

「発火―」

「ぎゃああー!」


 テイは燃えた。


「対応してくれよー。死ぬまで永遠になー」


 オノホは虫をいたぶるようなどす黒い笑顔だった。不意打ちで虫の息になったテイは、炎を技術で消した。ら、アルコールで包まれた。


「アルコールに対応したら炎、炎に対抗したらアルコールか。面倒くさいですね」


 テイはアルコールと炎に交互に襲われた。オノホはアルコールと炎を交互に放った。単純だけど恐ろしい戦法で、終わりのないいたちごっこだった。


「さてー、どこまで保つのかなー」


 テイは確実に対応しているが、確実に削られていた。息はあがり、服や皮膚は破けていき、地面には血が滲んでいた。


「くそー!」


 テイはしびれを切らしたように、突っ込んだ。それは一見無謀なように見えた。しかし、過去の敵の倒し方が私の頭にフラッシュバックし、期待は出来た。


「やけくそかー。死ねー」


 炎とアルコールを混ぜたものに押し返されていた。今度は失敗だ。テイが何をしてもオノホには効かないのか。


「くっそー!」


 テイはそのまま炎かアルコールかわからない牢屋のような球体に包まれた。今度は脱出できなかった。今までと何かが違うのだろう。


「どうだー、炎とアルコールをまとめて対応できるかー?」


 炎をアルコールの牢獄からは返事はなかった。それを見てオノホは勝ち誇った顔をしたので、私は膝をついて絶望した。ここまで恐ろしい存在なのか。


「さてー、そこの女―、お前はどうするー?」


 オノホは近寄ってきた。私は絶望のあまり動けなかった。ガクガクと震え、死ぬかオモチャにされるかの二択が頭のなかを堂々巡りした。


「さて、どうするー? 殺されるかー、それともオレの女になるかー?」


 私はすごく混乱した。混乱しすぎて、今まであったことを忙しく思い巡った。虐げられる街の人々、抵抗することなく言われるがままの私、救世主として現れた抵抗するテイ……

 私は掴んだホコリをオノホに投げた。


「――殺されたいようだなー」


 私は自分でもどうして抵抗の意思を示したのかわからなかった。しかし、テイの姿を思い浮かべたら自然と体が動いた。目の前にはアルコールと炎が牙のように襲ってきた。

 私は思わず目を閉じた。暗闇と静寂が襲ってきた。……

 私は生きていた。長い時間が経った気がしたが、一瞬の時間だった。私は目を開けた。

 と、私を襲っていたそれらが目の前から消えたところだった。

 テイがオノホを殴り倒していた。


「回復をしないと……なんだこれは?」


 余裕ぶっこいていたオノホは急に焦り始めた。オノホの周りは空気の膜が覆い、膜から泡みたいなものが次々と攻撃し、アルコールを弾く。結果、ダメージを受けて回復できない。


「僕は、空気とか水を分解して、その分解したものを体にまとわせることをできるんです、訳あって。だから、それを自分と君にしただけです、君が僕にアルコールでしたのと同じように」


 テイの体の周りは空気の膜が覆っていた。これが原因で炎が効果無かったということだ。合点がいった。


「炎とアルコールで少し対応の違いが難しかったですが、少し時間が掛かるだけでなんとかなりました。僕はね、君と違って、勝ちが決まるまで自分の能力を言わないですよ。君は今まで秘密でいたから話せて嬉しかったのでしょうね、ペラペラと喋って……って、膜のせいで聞こえないですか」


オノホを倒した。

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