第24話4-3

 ジュンはダインについていきました。揺れる中をおぼつかない足取りで進みます。今のうちに戻ったほうが良かったのではないかと戦々恐々していると、ダインの立ち止まる先に大きな無機質の影に出会いました。

「これは?」

 お城のような立派な建物がデンと構えていました。他の廃墟の例に漏れず、あらゆる窓は割れ外壁も内壁も禿げておりガレキやホコリやカビが覆っていました。ダインがその建物に続くひび割れたスロープを吸い込まれるように進んでいくので、その後をジュンも続きます。

「図書館か蔵書室か」

 いくつかの部屋を回ったあと、書物のかけらが散らばっている部屋に入りました。ダインはこの部屋に手応えを感じていました、ここに文字の手応えがありそうなことは探求をよく分かっていないジュンですらわかっていたことです。

「何かありそうだな。早く解読しようぜ。何があったか楽しみだ」

 揺れる建物の中で、ジュンは恐怖で体を揺らしながらもダインの気持ちを慮って、嬉しそうに努めます。しかし死を意識して顔面蒼白でした。そんなジュンを見て、ダインは少しおかしく思いプルプルと震えました。

「気持ちがこもっていないわよ。あなたは早く安全地帯に行きたいだけでしょ?」

 ダインはジュンの気持ちを慮って、早く解読を始めました。あらゆる書物を開いて手をかざします。少しの沈黙。

……

ダインは手をかざすのをやめましたが、沈黙はやめませんでした。

「どうだった?」

 ジュンは恐る恐る訊きます。反応がないからして、求めていた情報はなかったと推測します。それをどうフォローしようか思考が先行します。

「残念ね」

「そうか、いい情報はなかったのか」

「いいえ、逆よ。いい情報があったわ」

 あっけらかんと言うダインに対して、ジュンは腰が砕けました。嬉しさと腹立ちが入り混じった感情にジュンはなりました。

「何だよ。何が残念だよ」

「情報を伝えるのに時間がかかるけど、いい?」

「なーんだ。時間がかることでの残念か。別にいいよ、それくらい」

「あなたも興味ある、この情報?」

「どうせなら教えてくれよ」

 ジュンに言われたとおりダインは口を動かそうとしました。

が、ジュンがすぐに制しました。ダインの顔面付近に手のひらを近づけ、止めました。顔は鼻水が垂れるくらい震えていました。

「その前に、ここから離れてもいいか?」

「……その気持ちはわかるけど、今の私にその元気はないわ。怖いのなら私を置いて先に行ってもいいわよ。どうする?」

 疲れたように言うダインに対してジュンは渋い顔をしました。今まで見たことのない憔悴したダインの顔を見て、ジュンは驚きとともに解読が予想以上に大変なことだと予想しました。

「先に話を訊く。何がわかったんだ?」

 気をきかせたジュンに対して、ダインは光を失った目を天井に向けます。天井はひび割れや汚れで見てられるものではありませんでした。深呼吸します。

「――大樹にはすごい能力があるみたいよ。大樹が育つと、あらゆる願いを叶える神秘の果実が生まれるらしいわ」

 ダインは息を吐くように言いました。当たり前のように話しますのでジュンは軽く聞き流しかけましたが、内容が凄すぎて息が止まりかけました。浮かない顔のままのダインに対して、ジュンは冴えない顔が徐々に浮かれてきました。

「それはすごいな。どこに行けばあるんだ?」

「それはわからないわ。そもそも、それが今あるのかもわからないわ。無い場合は大樹を育てて実らせる必要があるようよ」

「このくそデカイのをか? もう十分に育っているだろ?」

「それでもよ。欲しければ育てるのよ」

 ジュンは大樹を見上げようと振り返りましたが、建物の中なので見えませんでした。急に閉塞感を感じました。壁に邪魔され展望が見えません。

「でも、水と養分と日光だけだろ、必要なものは? 僕たちができることは何もないだろ?」

「あるらしいわ、この大樹の成長を促進するものが」

「それは何なんだ?」

 ジュンたちの知らないところで黒い雲が覆っていました。建物の外に居ても大樹が見えない視界不良ぶりでした。そんなことを2人は知りません。

「――大樹が育つためには、大量の血が必要であるらしいわ。だから、大量の人が死ねばいいらしいわ」

 どこかで葉が崩れ落ちる音と衝動が起こりました。

「……はい?」

「聞こえなかったの?」

 ジュンは聞き間違いであることを願いました。しかし、ダインの確認で聞き間違いでないことが分かりました。ジュンは気落ちします。

「……そんな怖いことが書いてあるのか? というか人が死ねばいいとか正気か?」

「――そのために人を殺す儀式や戦争、登樹での犠牲が求められている。したがって、そうなるように仕向けることが大樹の意志である、と」

「そんなふざけた意思があるかボケ! まるで僕たちや街の人々が……!」

「そうね。私たちが登樹することや、私たちが訪れた街で人を犠牲にする儀式があったことや人同士の争いがあったことは、大樹の仕組んだことらしいわ」

 声を荒らげたジュンは静まりました。情緒不安定のように様々な感情の起伏を起こすジュンと対照に、ダインは常に静かでした。ジュンはまさかそんなわけがないだろうと吹っかけた仮説が正しいと証明されて、不機嫌でした。

「そんなバカなことがあるか! 僕たちや街の人々は自分たちの意思で行動しているのであって、大樹の思い通りに進んでいるわけじゃない。人間を馬鹿にしているのか?」

「馬鹿にしているわけではなく、教育して洗脳しているのよ」

「言い方の問題じゃない! 気に食わないんだ、大樹が人間に対してしていることが」

 ジュンは手の指を小刻みに動かしながらイライラと歩き回っていました。ダインはその様子を身動き1つせずに横目で追いかけます。そして、追撃するように説明を追加します。

「――他には、大樹との共鳴も役に立ちそのために共鳴の教育も求められる、らしいわ。どうやら私たちは登樹するだけで既に大樹に利用されていたらしいわ。そして、私の故郷は大樹の意思による教育をされており、私も知らないあいだに利用されていたらしいわ」

「くそっ! そこまでか。いいようにされているようで腹立つ」

 さらに苛立つジュンを尻目にダインの説明はさらに続きます。

「――そのどちらにも役立たない葉は不要であり、大樹の真理に気づき共鳴も血の流れることも禁止したこの葉はすぐに滅びるだろう、と。この街が廃墟になっていて葉が崩壊していっている理由がわかったわね」

「利用価値がなくなったらサヨナラかよ。大樹って、思ってほど神聖じゃないというか、人間っぽいものなのかよ」

残念の意味は、情報がないことでも時間がかかることでもなく、大樹の意味そのものに対してでした。ジュンはスピードを上げて歩き回りながらストレスを解消することに躍起です。それはジュンが自分を制御できないことを克服するために体が勝手に身につけたストレス解消法であり、そんなジュンから見たらこんな時でも動くことなくどっしりと構えているダインは尊敬するものでした。

ジュンは自分もダインみたいに強い人間になろうと決心しました。そのためには、まずは歩き回るのをやめ、ダインみたいに落ち着くことから始める必要を感じて行動に移します。そして、対等の立場を演じて会話を始めました。

「でも良かったじゃないか、ダイン。大樹の真理がわかったじゃないか」

「ええ」

「大樹の真理には腹立つけど、世の中そんなものだと割り切るしかないな」

「ええ」

「それにしても神秘の果実か。新しい楽しみができたな、いや、違うか。そういうものに頼らないようにしないとな、かな?」

「ええ」

 ダインは壊れた人形のように短く同じ言葉を繰り返すのみでした。ジュンは違和感を覚えました。心配します。

「……どうしたんだ、ダイン? さっきから上の空だぞ」

「ええ」

「一体どうしたんだよ! いつものようにシャキッとしろよ! せっかく知りたかった大樹の真理を知ることができたんだぞ? もっと喜べよ」

「ええ」

「どうしたんだよ、何か言えよ! 言わないとわからないだろ? どうしたんだ?」

「……」

「まさか、ショックだったのか? 大樹の真理が残酷だったことがショックだったのか? たしかに僕もショックだ。しかし、それくらいで……」

「……私は大樹の真理を知ったわ」

 ダインの声は小さく震えていました。

「――? うん。そうだよ。それで?」

「そう」

 そこで会話が区切れました。ダインは元気がなくうなだれるばかりでした。ジュンは原因究明を諦めません。

「どうしたんだよ? 真理を知ったらいいじゃないか」

「私は何のために生きればいいのかしら」

「……あっ! そうか、目的がなくなったのか」

 ジュンはハッとしました。その言葉を聞いて、ダインは自然に涙をこぼしました。共鳴の力で引き出したものではないのです。

「なるほど。私は燃え尽き症候群なのね。言葉では知っていたけど、実感としては知らなかったわ」

「だったら、新しい目的を作ればいいじゃないか。神秘の果実だよ。一緒に神秘の果実を探そうよ。それがいいよ」

「そう」

その時、足場が崩れました。

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