第22話4-1


「わああーー!!」

 遠くから悲鳴が聞こえます。

 2人が登樹していると、上から落ちてくる人がいました。そこから聞こえてくる声でした。青い空を塵のように落ちていきます。

 ダインは助けようとしましたが、血のロープは届きませんでした。そのまま遥か下に落ちていきます。ジュンは血のロープをダランと力なく垂らします。

「くそ、助けられなかった」

「仕方ないわ。そういう運命よ。それに、助けたいのは自分の良心でしょ?」

 ダインのボソッと発するそっけない言葉はジュンの心にトゲのように刺さりました。それが健康のツボならいいのですが、沸点でした。

「あー、そうかもしれませんよ! お人好しですみませんね! いっつも迷惑かけて、申し訳ありません!」

「――なに逆ギレしてんのよ。それよりも、だいぶ上達したじゃない、登樹」

 ジュンは怒りながらも、少し嬉しさで頬がニヤケました。怒ったはいいが思わぬ褒め言葉に怒りを振り下ろす場所を失いました。とりあえず大樹を思いっきり蹴りました。

「……ところで、登樹する人がすくないのはなぜだ?」

「――? 前に言ったでしょ? 修行をクリアできる人が少ないのよ。それに、修行をクリアしてもほとんどの人は失敗して死んでしまうのよ」

「さっきの人みたいに?」

「さっきの落ちていった人のこと? 登樹していたのか、関係ない葉の人なのかわからないわ。どっちにしても死ぬわね」

「さっきの人は死ぬのか? 登樹の人なら、共鳴の能力で何とかできないのか?」

「多分無理ね。できたらやっていたはずよ」

「そうか」

 ジュンは静かに納得しました。一方でダインは先程からもっている疑問を納得できずにモヤモヤとしていました。それを訊きます。

「それで、どうして登樹する人が少ないことを今更?」

「今まで登樹している人に会ってこなかったから、気になったんだ。登樹中も葉でも街でも。さっきの人が違うのなら、まだ1人にも出会っていないし」

「私も今までほとんど出会わなかったわ、今まで。まぁ、そのうち会うかもしれないわ」

「そんな簡単に会えるものじゃないだろ。たまには他の登樹している人に出会いたいなぁ」

 と、ダインの背後に刃物を持った女性が現れました。

 が、ダインが裏拳でその顔面を潰しました。

 そのまま下に落ちていきます。

「え? さっきのは?」

 ジュンが見下ろすと、その女性が共鳴させた水を大樹に伸ばし、それに繋ぎ止められながら宙で弧を描いていました。そのまま勢いをつけて上昇し、2人に近づいてきます。そのまま下からジュンをナイフで襲ってきました。

「危なっ!」

 ジュンは間一髪避けました。ナイフを空振らせた女性はそのまま上へ通り過ぎ、大樹に止まりました。潰れた鼻から血を垂らしています。

「お前たちも、登樹しているのか?」

「そうだが? お前もか?」

「そうだ。 では、早速だが、死んでもらう」

 女性は重力に任せて鼻血とともにジュンに下降してきました。ナイフを光らせます。

「なんだと?」

「よかったじゃない。登樹している人にさっそく出会えて」

「よくないだろ、こんなの!」

 ジュンだけは臨戦態勢をとりました。体から血のハーケンやロープを生み出し、光らせます。

ダインは自分に危機が向かってこないことをいいことに余裕ぶっこいていました。もしかしたら、自分に向かってきても実力差で余裕なのかもしれません。先程も相手の奇襲を裏拳で軽くいなしたときに力の差を感じたのかもしれないし、相手も力の差を感じてダインを標的から外したのかもしれません。

 ジュンと奇襲の女性が戦います。


 女性はゴミのように下へ落ちていきました。

 ジュンが倒した女性に血のロープを伸ばしましたが、届きませんでした。複数の切り傷を負いながら疲労困憊している最中、自分を襲った女性を助けようとしたのです。再び血のロープをダランと垂らしていました。

 ダインは敵を助けようとしたジュンの行動を見逃していました。いつものジュンの甘いところが出たのだと思ったのです。決して情報を抜き取るために生け捕りをしようとしたわけではないことは理解していました。

 ダインがジュンの立場なら助けるかどうか怪しいところでした。情報を得るために捕まえることはあるのですが、圧倒的な力の差を感じたのに逃げることなくもう1人を狙いに行った命知らずのところから察するに、捕まえても自害する可能性が高いのです。実際、共鳴の能力を使われたら普通の人がするような舌を噛む以外にも自害の方法――血を操って血管を千切るなどの方法――がいくらでもあります。

「何とか助かった。というかどうして襲われたんだ?」

「知らないわよ。そういう趣味だったんじゃないの?」

 ジュンは下を向きながら息苦しそうでした。戦闘の疲労、助けられなかった気落ち、登樹の疲労、同じ過ちを繰り返う気落ち、疲労、気落ち……

 サバサバしたダインに対して、ジュンは湿気が強い心情でしっとりとしています。

「あんなやつばかりなのか、登樹している人は?」

「そんなことないわよ。私が今まで出会った人たちはみんな優しかったわよ。さっきの人は例外だわ。だから、そういう趣向の人もいるということじゃない? どういう世界にもいるわよ、危ない人は」

「そんなものかな?」

「もしかしたら何か目的があったのかもしれないし、登樹している最中にそうなる何かがあったのかもしれないわ。でも、わからないわ」

「あんなふうにはなりたくないな」

「そうね……それより、上を見て」

 次の葉が見えました。

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