第9話1-8

 6日目の夕方

「また倒れてしまったか」

「それにしても、意識取り戻すのが早くなったわね。すごい成長だわ」

「そこが成長しても意味ないんだけど……」

 きちんと感心しているダインに対して、感心するところがズレていると思うジュンでした。彼はそのまま頭を抱えました。

「くそー、どうしたらいいんだ。質では折れるし、量では貧血になるし」

「たくさん食べる?」

「食べたところで限度があるだろ、限度が。もちろんたくさん食べるけど」

 ジュンは口の中をいっぱいにしていました。初日のクマの肉を焼いたものがこの1週間の食事です。血を補うにはちょうどいいものでした。

「それで、どうするつもりよ。また変なこと考えているの?」

「変なことって何なのですか?真面目にやっているのですよ、僕は」

「ところで、修行は明日までよ。ご飯を食べている時間がもったいないわ」

 ダインの言葉を聞いて、ジュンは木の前に立ちました。追い詰められていることから顔には元気がなく、静かに血をゼリー状に出しました。その血と刺す対象の木とを交互に見比べて、うまくいくかを思案していました。

「さて、どうしたことか。とりあえず2本では」

 上の乗ると折れました。綺麗にパッキリ折れました。苦痛のため息が出ます。

次に3本の血のハーケンを打ち込みました。上に乗ると折れませんでした。安堵のため息が出ます。

「これで上まで登ればいいのかな。次はここに3本打ち付けて……」

 少しの時間が経過すると、木の上に登りきりました。

「登りましたよー!」

「合格ね。じゃあ、それを10往復して!」

 山彦を求める登山家のように互いに大きな声を出し合いました。木の上のジュンは思っていたものと違う返しが来たことに絶望しました。

「終わりじゃないのですか!?」

「これくらいできても大樹を登りきることはできないわ。途中で倒れないように体力が必要よ。少なくとも、10往復はできないと私が気絶したあなたを担ぐことになるわよ」

「そうか。しかし、10往復ということは、10倍のハーケンか」

「20倍よ。1往復で1登りの2倍よ。きちんと計算してね」

 ジュンは計算が苦手でした。まさかのことに気が動転したわけではなく、これが彼の日常なのです。呆れることもなく涼しい顔で訂正するダインに対して、ジュンは自分の計算ミスを恥ずかしそうに青くなりかけている顔を赤くしていました。

「20倍か。血が保つかな。1回登るだけでもフラフラしているのに……自信がないな。やる気が出ないな、いつまで続くんだこの修行」

 ジュンはやる気を失いました。

「一応言っておくけど、これが最後よ」

「よっしゃー!!」

 ジュンはやる気を出しました。

 さっそく血を出します。さっそく木に刺します。さっそく修行の続きをします――

「――これ以上はダメだー」

ジュンは3往復で止めました。地面に寝そべり、曇った空を見上げます。そこにダインが顔を覗かせます。

「あらあら、気を失うまですると思ったのに」

「もう貧血で意識を失うのは懲り懲りだよ。根性がないと思うのなら、勝手にバカにしろ」

「いや、どちらかというとすごいと思うわ。明日までの期限なら、普通は無理をして倒れるまでするわ、あなたみたいに根性ある人は。それが意外と冷静に自己判断するとはね。そういう冷静に身を引く能力は、生きるために必要よ。大樹を登るにあたって、根性だけではどうにもならないことはたくさんあるわ」

 ダインは基本的にオベッカを言わないので、本心から褒められていることにジュンが嬉しさと恥ずかしさで体がムズムズと痒くなりました。そういう感情を隠すそうとしながらもしかめっ面になりきれない少しにやけた顔をしながら身を起こし始めました。

「じゃあ、大樹に登ってもOKか?」

「それは10往復しないとね。頑張れ」

「ちぇ、ケチ」

 ジュンは衣服についた土を払っていました。それでも、褒められたことに気をよくしてやる気は出てきました。体からゼリー状の血を出します。

「今日は倒れていないし、休憩したら再び10往復に挑戦していいわ。もちろん1からね」

「え? 途中からじゃないの?」

「当たり前じゃない。休憩せずに10往復するの。目的はこの修行をクリアすることではなくて、大樹を登る事よ」

「ちぇー、わかったよ」

 ジュンは少しやる気を削がれて、血も引っ込めました。今の体調が不完全の状態でしても失敗するのはわかりきっているのです。だから、英気を養います。

――ジュンは食事の後に寝転びながら考えていました。

「それにしても、3本のハーケンで3往復ということは、1本のハーケンでも9往復が限界ということじゃないか。結局10往復は厳しいな、このままじゃあ。1日で血を増やすことは厳しいし、1本のハーケンで壊れないように強化するのも1日では厳しい。うーん、どうしたらいいんだ? 何か別のことを考えろ、僕、考えろ……」

 ジュンが頭を抱えている間に、修行が再会しました。あまり気乗りはしないのですが、師匠が手を叩いて促進するのでするしかないです。さて、どうしましょう。

「はーい、10往復してね」

「やっば。何も思いつかなかった」

 身動き1つせずに突っ立っているジュンに対して、ダインは後ろから話しかけます。

「――どうしたのよ。さっさと登りなさいよ」

「おっおっ、おう!やってやる」

 身も心も準備が出来ていないですが、ジュンはやけくそとばかりに始めました。3本の血のハーケンを木の高いところに伸ばしました。

「一気に上に行くつもり?」

「そうだ。チマチマと登っても保たないからな」

 血を縮めて登ろうとしました、が、千切れました。ジュンは浮いた体をそのまま地面に落としました。いい音がなりました。

「いったー!! 3本でも無理か!?」

「前にも言ったけど、自分の体重を舐めたらダメよ。しかも、伸び縮む能力なんて負担が大きすぎるわよ」

「地道に登っていくよりは可能性があると思ったんだけどなー」

 ジュンは大きな声を上げながら木を見上げます。それはいつも以上に大きな木に見えました。乗り越える壁は大きいのです。

「たしかに地道にさっきみたいにしても同じ結果になったでしょうね。最初の時みたいに無駄に大量に出して倒れなかっただけでも進歩したんじゃないの? でも、今のあなたの共鳴の力では最初の頃みたいに大量に出さないとさっきのは無理よ。まだまだ強度が足りなさすぎるわ、はっきり言って」

「――はっきり言ってくれてありがとう。ついでに明日までに間に合うかどうかもはっきり言ってくれないか?」

「はっきり言うと絶望的よ。そもそも、優秀な人だったら既に合格しているわ。仮に合格しても登樹の時に死んでしまうわ、この程度なら」

「本当にそこまではっきり言わなくても」

 はっきり言ってくれたことに感謝しながらも、多少は予想は付いていたにも関わらず、いざ言われるとさすがに気落ちします。手を腰に当てて頭を垂らしているジュンに対して、ダインは言葉を投げかけました。

「1, 08%」

「……何だ?」

 いきなりの数字にジュンは渋い顔をしました。理解しようとしても、いきなり脈絡のない数字だったので思考が停止しました。

「この修行をクリアした者が登樹に成功する確率よ」

「いっ!?」

「確認のために言うけど、この修行に成功する確率ではないわよ。そっち側は1%をはるかに下回る確率よ」

「……さらっと恐ろしいこと言ってないか? そんな確率の低いことさせられていたの?」

 ジュンは驚きと不満を入り混ぜた感情でした。しかし、ダインはそんなことお構いなしに話を続けました。

「そんな確率の低いことをクリアしても、その先もまた低い確率のことをしないといけないのよ。この程度のことも簡単にクリアできないようなら、さっさと諦めたほうがいいわ。あの大樹を登るのはあなたが思っているよりすごく大変なのよ」

「どうしてそんな厳しいことを言うんだ、急に?」

「諦めさせるのも指導者の仕事の1つなのよ。みんなが上手くいくわけがないから、失敗した後のアフターケアも必要なのよ。だから、成功するにしても失敗するにしても、納得のいくように頑張りなさい」

 ダインは言い切りました。それはもう諦めさせるためのもの言葉でした。ジュンもそのことを理解して、詰まった言葉を出します。

「そうか。指導するほうも大変だね」

「そうよ。ほら、さっさと修行する」

 ジュンはその後も色々と試しましたが、どれもこれも上手くいかず、途中で修行を放棄しました。持ち物を整理していました。リュック、反省文の紙、高枝枝バサミ等等。

「――諦めたようね」

 ダインもいつでも出発できるように荷物の整理をしました。


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