第8話1-7
6日目の昼
「あなた、バカなの? 言ったそばから血を出しすぎて」
「――すみません」
山のように憮然と立つダインに見下ろされながら、正座したジュンは肩を落としていました。ダインは特に怒っているわけでもなく失望しているわけ責めているわけでもなく、いつもどおり淡々とした態度でした。それが逆にジュンにはキツいもので、違う感情で責められたほうがマシです。
「謝らなくていいわ。私は何も困らない。困るのはあなただけ」
「そんな言い方しなくても」
「ほら、さっさと修行修行」
ダインは手を叩いてハッパをかけました。ジュンは修行を再開しました。もはや体が勝手に動くように教育されていました。
「少ない血でやるにしても……だ」
手のひらから血を細く出して木に突き刺しました。そこまではスムーズに進むのですが、そこからは出がらしです。手ではなく口が動きます。
「ここからどうやったら登れるんだ、ダインみたいに、ピューンと」
「私のように登る必要はないわ。というか無理よ」
「無理ってなんだよ! 僕に登樹を諦めろと?」
ジュンはダインに鼻息荒く詰め寄りました。自分の夢を否定されたと思い、腹が立ったのです。それが自分でも心の片隅で正しいと思っていたが必死に否定していたことだから、図星を突かれたような気がしたのです。
「登樹を諦めろとは一言も言っていないわ。私のように登ることが無理だと言っているのよ。あなた、私と共鳴のやり方が違うもの。私、血を出さないから」
ダインは距離を取ることもなく焦ることもなく、いつもどおりいます。反応が遅れたというわけでもなく、取るに足らない驚異でも何でもないものと判断したのです。今までもっと恐ろしいことを経験してきたのでしょう。
「なるほど。確かにそうだな、でも、じゃあどう登れば」
「うーん、こればっかりは私にも落ち度があるわね。まさかこんなわけのわからない共鳴の仕方をするなんて思っていなかったから、普通の登り方を披露してしまったわ。あなたに変な先入観を与えてしまって邪魔してしまっているかもしれないわ」
「だったら、何とかしてくださいよ。修行期間を伸ばすとか……」
「それは無理」
冷たい目のダインでした。いつもと違ってきっぱりと切り捨てるものでした。ジュンは背筋がゾクゾク震えました。
「そんな怖い目で言わなくても。何をそんなに急いでいるんだよ?」
「急いでいるも何も、こんな修行で1週間以上かかるような人は登樹しても無理よ。すぐに死ぬわ。あなた、登樹を舐めすぎよ」
その言葉には静かながらも凄みがありました。鋭く刺さるような響きが脳天から襲います。その圧倒さをはぐらかすためにジュンはわざとふざけます。
「そっかー、そんなものなのかー、すごいなー、登樹したいなー」
「分かっていない反応ね。嬉しそうに胸膨らませる暇があったらさっさと修行したら?」
「いいじゃないか。楽しみなんだから」
「たしかにプラスイメージを持ったほうが身につきやすい場合もあるけど、まぁ、好きにしたら? 私はあなたがどうなっても別にいいし」
冷や汗を流すジュンは、ダインのいつもと違う空気が通り過ぎたことを感じました。少し不機嫌だったのなら、人間らしさがあったということで親しみを感じやすい喜ばしいものです。少し安心しました。
「それはそうと、僕に先入観を持たせてしまった罪滅ぼしをしてくれよ」
「罪滅ぼしというわけではないけど、とりあえず私の登り方は忘れて、あなたの登り方のイメージは何なの?」
「僕のイメージでは、ハーケンを打ち付けて、それを足場にして登っていくけど」
「じゃあ、そのイメージでいいんじゃない?」
柔らかい軽い言い方でした。先ほどの鋭くて重い言い方よりはありがたいものでしたが、少し嫌なものでした。
「なんか、投げやりな言い方じゃない?」
「だって、私の知っている方法じゃないもん。ほら、さっさと自分のイメージ通りにする」
ダインは再び手を叩いてハッパをかけました。それを聞いてジュンは作業的に修行を再開しました。集中します。
「とりあえず、自分の血でハーケンを作る」
ジュンの手のひらから血でハーケンを形作りました。
「これを木に差し込む」
血のハーケンを木に差し込みました。
「そして、これに乗る」
血のハーケンは折れました。
「――あれ?」
「強度が足りなかったようね。実際の登樹でそれをしたら落下して死んでいたわよ」
テンポよく失敗したジュンでした。そのままテンポよく質問しました。
「わかっているよ。しかし、どうしたら強度が高くなるんだ?」
「それは頑張るしかないわ」
ジュンは何度も強い血のハーケンを作っては折り続けました。それは時間にして1時間でした。息が上げるところです。
「――血がなくなってきた」
「3回連続で貧血はやめてね。面倒みるのが大変なんだから」
「僕も嫌だよ。というか、今思ったけど、これ、血でハーケン作る必要あるか?本物のハーケンでいいだろ」
「あなたがそれでいいのならそれでいいわ」
「いいのかよ!?」
ジュンは貧血気味に顔がやや青くなっていました。それくらいこの能力はきついものなのです。普通のハーケンが使えるのならどんなに楽なことやら。
「いいわよ。今までも本物のハーケンを使った人はたくさんいたわ」
「それなら……」
「――そして、みんな死んでいったわ」
「……」
ジュンは顔が真っ青になりました。
「理由はいろいろあるわ。ハーケンがきちん刺さらなかった、途中でハーケンが全て壊れてどうしようもできなくなった、ほかにもいろいろあるわ。でも、あの途方もない高さまで保つハーケンなんて質でも量でも無いから、半永久的にハーケンを生み出せるだけでもいいと思うわ。それに、強度関係なく木に刺さるのなら、便利よ」
「きちんと刺さってもいくらでも作り出せても、壊れて登れなかったら意味がないだろ?根本的にハーケンの役割を果たせていないぞ」
「それはあなた次第よ。頑張って強度を上げることね」
「といっても、ハーケンくらい固くするのは自信ないな。散々質の低い脆いもの作ったし」
「でも、ハーケンに頼ることができないから、それで行くしかないわ。ハーケンだって、質と量で問題があるのよ」
「質と量……あー!」
「?」
ジュンは何かを思いつきました。ダインは動きに首をかしげます。今の発言のどこに解決の糸口があったのか検討ついていませんでした。
「そうだよ、その手があった!!」
「??」
「はああ!!!」
ジュンは血のハーケンを大量に出しました。出血大サービスといったところでしょうか? でも、何のために?
「そんなに血を出したらまた倒れるわよ!?」
ダインの言葉を無視して、ジュンは大量のハーケンを一箇所に集めて足場にし、その上に立ちました。全く壊れる素振りはありませんでした。
「これで壊れる足場問題は解決したぜ」
「なるほど、質より量ね。強度を上げるのではなく、数を増やして1つのハーケンにかかる負担を減らすのね」
「そうだ。それが脆い血のハーケンしか作れない僕のやり方だ」
「そうか。今回も自分なりの方法で解決するつもりね」
「そうだ、普通のやり方は無理だ。これで文句ないだろ」
「たしかに文句ないわ……」
「へへっ」
ジュンは鼻を掻いて自慢げに立っていました。今回も自分の創意工夫で乗り越えたと自分で自分をほめてやりたい気持ちでした。高揚していました。
「それで貧血にならない方法を見つけられたらね」
「あー」
ジュンは貧血で力なく倒れました。
「いや、そりゃそうでしょ」
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