第19話3-4
――今度もきちんと着地するダインと頭を打つジュンでした。そこは上の階よりも地上よりも明るく、暖かいところでした。下に行くほどよい立地になっているのでしょうか?
下の階では、街がありました。他の街と遜色ないような大きな街がさらに大きな茶色い空洞の中にあります。いたるところに松明の火が照らしているから明確に見えるのですが、石造の四角い建物が基調で、色は白や赤や茶色が多い印象です。
しかし、そんな事を悠長に見渡している場合ではありません。
街の人たちは襲われていました。
「また襲われている」
ジュンは前のめりになりましたが、手で制されました。
「もうこれ以上関わったらダメよ」
手の正体はやはりダインでした。ジュンは渋ります。
「でも……」
「『でも』じゃないでしょ? 変に関わったらどうなるか知ったはずじゃなかったの? 学習能力がないのかしら、あなたは?」
ダインは笑顔でゆっくり迫ってきました。怒った顔より怖い笑顔でした。ジュンは金玉が縮こまる思いでした。
「……分かりました。関わりません」
思わず丁寧な口調になるジュンでした。それを聞いてダインはさらにニコッと笑ってすごく優しい声で「よしよし」と撫でてきます。ジュンは金玉がなくなった気分でした。
そんな2人を、襲われている街の人は見つけました。
「おー! お主たち、助けに来てくれたのかー!」
白髪に白肌の老婆は大手を上げて呼んできました。まるで親しい人との再会のように嬉しさを爆発させたような呼び方であり、それは周りの人達にも波のように伝染していました。もちろんジュンたちは初めてここに訪れたのであり、知り合いではありませんでした。
「え? 何言ってんだ、あのおっさん?」
「――これはまずいわね」
ジュンと違い、何かにダインは理解したようです。
「早く来てくれ! 主らのために耐えてきたんじゃー!」
「僕たち、あの人たちと知り合いでしたっけ?」
「違うわ。ただ、向こうは私たちを巻き込もうとしているわ」
街を襲っている者たちがこちらに注目します。巻き込まれていることに気づいたジュンは狼狽します。老婆たちはしたり顔で大きな声を続けます。
「お主たち、まさか仲間を裏切るわけじゃないだろうな!?」
「いえ、違います。僕たちはただの旅人で、関係ありません」
「そうです。私たちを巻き込まないでください」
ジュンたちは必死に声で抵抗します。それをかき消そうと老婆たち襲われている人たちが声を張り上げます。襲撃者たちは左右に首を行ったり来たりさせて、どちらが正しいかの判別がつかない状態でした。
そこに、一緒に落ちてきた悪者が襲ってきました。
「また性懲りもなく」
ジュンは血のハーケンで一瞬しました。
それを見てダインは頭を抱え、街の人たちは笑顔になり、襲撃者たちは怒りを顕にしました。
「あいつ、俺たちの仲間を!」
「やっぱりこいつらの仲間だったんだ!」
「仲間じゃない芝居しやがって!」
街を襲っていた人たちは怒号を上げて向かってきました。
「これは、関わるしかないな」
「はぁ、気乗りしないけど仕方ないわね」
2人は立ち向かいました。
襲撃者たちは土を操ってきました。
「数だけでたいしたことなかったな!」
「たいしたことなかったから良かったけど、あなた、もう少し考えて行動しなさいよ」
縄で縛った襲撃者たちを尻目に2人は口喧嘩していました。誇らしげに手を叩いているジュンと眉1つ動かさずにジュンを指すダインを街の人々は歓声を上げながら囲いました。何はともあれ、襲撃者たちを倒しました。
「いやー、すまぬ、お主ら、助かったわいな!」
悪びれる様子もなく形だけ謝る老婆でした。上の階の戦いと違い傷1つつかず勝ったジュンは嬉しさを隠しながら毒付きます。
「勝手に僕たちを巻き込むなよ。えらい目にあったぜ」
「すまぬすまぬ。それにしても、強いのう、お主たち」
「まぁ、それほどでもないけど」
「いや、本当に強いですぞ」
「またまた、そんなこと言ってー!」
ジュンは嬉しさを隠せませんでした。悪しきを挫くという自分の理想を少しは体現できた満足感が溢れていました。それを見てダインは仕方ないなと言わんがため息でした。
「その強さ、折り入ってお頼みしたいことがあるのじゃが」
「しっかたないなー、それで……」
「それはお断りします」
ダインは冷静に断りました。
「どうしてじゃ?」
「そうだよ、ダイン、どうしてだよ?」
「ちょっとこっち来なさい」
ダインはジュンとともに街の人たちから離れました。街の人たちに聞こえないようにヒソヒソ話をするのです。人が潜んでいる可能性がある建物から離れて広場に近い路上で移動します。
「どうしたんだよ? 頼みをきいてやってもいいだろ?」
「なに馬鹿なこと言ってんのよ。私の言ったこと忘れているでしょ? 訪れた街にはできる限り関与しないの。なに積極的に関与しようしているのよ」
「でも、もう関与したんだから別にいいだろ?」
「だーかーら、これ以上関与したらダメよって言っているのよ。前のやつは事故であったり向こうの策略であったりでしかたなかったけど、これ以上はダメよ」
「向こうの策略って、どういうこと?」
「さっき、あの人は私たちを見方呼ばわりして巻き込んだでしょ? それに気をよくしてまた私たちを巻き込もうとしているのよ。それぐらい気づきなさい」
ダインは少し感情を出している気がしました。ちょくちょくある感情のにじみ出る状況は、やはり大切はことなのだろう、ジュンが思っている以上に。
「わかった。もう関わらない」
2人は戻ります。向かう先では老婆たちがヘラヘラと笑いながら待ち構えています。いい返事を待っているだけにしては不気味でした。
「すみ……」
「ダメじゃ」
ジュンの言葉が言い終わる前に老婆は断り入れました。ジュンはポカーンとしました。
「まだ何も言っていないだろ?」
「大体想像は付きますのじゃ。それは受け入れられませんのじゃ」
「でも、きちんと言わないといけないんだ」
「……分かりました。どうぞ」
老婆はヘラヘラしながら手のひらを差し出して会話を譲ってくれました。
「すみません。やっぱりなかったことにする」
「それはいけませんね。我々の街を壊しておいて。天井だって、ほら」
上には大きな穴が空いていました。たまに土がパラパラと落ちてきます。たしかにこれは不味い事ですが、襲撃者討伐で帳消しではないかとジュンは心の中で思います。
「それは不可抗力というものだ。とにかく僕たちは何もしません」
「そうですか。では、この荷物は返しません」
ジュンのリュックや高枝枝バサミを街の人たちが持っていました。咄嗟に自分の背中に手をやりましたが、空を切りました。今頃になって落下時に落としたことを思い出しました。
「僕の荷物!」
「これを返して欲しければ、頼みを聞いてくださいな」
「ぐぐぐ」
「別にいいでしょ? あんなもの」
ダインは薄情でした。しかも、自分だけ荷物をしっかり持っていました。ジュンは呆気にとられながらも、気を取り直してダインに伝えます。
「お前、自分のものじゃないからといって!」
「割に合わないでしょ? どうせ。だから、諦めなさい」
「あれには母さんや先生の手紙も入っているんだ」
「親離れできてよかったじゃない」
「あー、もう、人の心はないのか、お前は」
「そんな情とかどうでもいいから、さっさと出るわよ」
ダインは出ようとしましたが……
「通しませんよ」
「通しませんよ」
「通しませんよ」
同じ言葉を並べる街の人々に囲まれました。ダインはその不気味な人の壁に道を塞がれて立ち止まりました。ダインは少し顔を曇らせます。
「何をするのよ? 何もしないから、通してよ」
「何もしないでは困ります」
「何もしないでは困ります」
「何もしないでは困ります」
その本物の壁のように無機質に立ちふさがる人たちを相手にして、ダインは小さく首を横に振り、上をゆっくり向いたと持ったら下に頷き、ため息をついていました。ため息をつくということは、諦める時によく見かけるものでした。
「――私も頼みを訊けということね……」
「よろしくお願いします」
「よろしくお願いします」
「よろしくお願いします」
それを聴くと、ダインはジュンに目を合わせて揺れるように小刻みに頷きました。
下への通路に案内されました。その階段は危なくないように松明の火が照らされていました。
「つまり、下の階に居る悪い奴らを倒せばいいのか?」
ジュンは老婆たちに確認しました。老婆はぬるりと階段に顔を覗かせていました。
「そうなのですじゃ。我々の街を襲って来る恐ろしい人たちなので、気をつけてください」
「お気をつけください」
「お気をつけください」
「お気をつけください」
ジュンとダインは階段を下へ下へと進んでいきます。松明の火が果てしなく照らしていくその階段は安全安心を提供してくれているはずなのに、返って不気味さがありました。暗夜なら見えないはずだった壁の細かいヒビや隅のホコリなどが明確に見えて、前にも後ろにも自分たち以外人1人いない長ったらしい階段が変に不気味でした。
「結局ダインも来ることになったのか」
「意図せずにね。巻き込まれた形になるわ。不可抗力だわ」
ダインは1つ1つの言葉が短く、少し怒っている風でした。感情はなかったのですが、言い方から多少は意図を推測できるようにジュンは成長しました。
「まぁ、いいじゃないか。ちゃっちゃと片付けようぜ」
「そういうけど、これから人と争いに行くのよ? あなたは大丈夫なの?」
「今回は大丈夫だ。初めから悪い奴らなら、容赦なくやれる」
「そうならいいんだけどね」
ダインは下を向いて歩きます。その顔は松明の明かりの影で暗くなっていました。その明るい階段は常闇のように続きます。
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