第12話2-1


 1つ目の葉に2人は着きました。

 最初にジュンの目に入ったのは自分のところみたいな森林ではなく、大変立派な鉄の門でした。巨人でも通れそうにないその門の前には2人の門番がいて、そのうちの1人が2人に近づいてきました。ジュンは自分のところとは違う風景に声が出ませんでした。


「君たちは、この街に入る予定ですかな?」


 その門番はもう1人同じように純白の鉄で作られた鎧や兜を纏っており、刀と銃も携えていました。鼻の下に白い髭を生やした老人の門番は重い装備に体を震わせながら罰に耐えているように労働していました。威厳はなく威嚇するわけではなく尋ねる門番にジュンは気づかず、ダインだけが反応しました。


「そうよ。だめかしら?」

「いいえ。ただ、入る前に色々と手間があります。身なりを綺麗にしてもらったり消毒してもらったり、身体検査とか持ち物検査とか、ほかにも色々と」

「すごく厳重ですね。私がひとつ前に行ったところはそういうものは全くなかったわ」

「申し訳ありません。そういうルールなんです」

「いいえ、謝る必要はないわ。従います。いいよね、ジュン」


 ジュンは今だに明後日の方向を見ながら惚けていました。門番とダインは困ったように顔を合わせました。再び確認するとようやく返事しました。

「――はい」

「そちらの方は疲れているようですが、大樹を登るのは初めてですか?」

「はい。初めてです」

「なるほど。頑張ってください」


 何に納得して何を頑張れがいいのか不思議に思いましたが、深くは考えませんでした。



 入国審査の建物を出た後に門を抜けると、繁盛している街が広がっていました。

 建物は鉄筋コンクリートや木造やレンガ造りが乱立していました。水や木が豊かで潤いのあるところ、ヘドロやガレキが散らかっているところ、可もなく不可もないところが町に散らかっていたり整備されていたりしていました。人々は様々な色の髪の毛・目・肌の者たちが様々な服や靴やアクセサリーを身につけて行き交っていました。


「すごいね。なんか、色々とたくさんあって」


 ジュンは「これだこれだ!」と言わんがばかりに目を光らせて興奮していました。道中のスリリングな出会いも刺激的で興味深いが、人との出会いはまた別の刺激になるものです。例えそれが人嫌いのものであっても当てはまることが多く、ジュンたちが仮に人嫌いだったとしても興味を持つことは不思議ではありません。


「そうね。ここはきっと多様性を尊重するところね。いろいろな文化や人がいるのね」

「こういう街って多いの? 俺のところはみんな同じような見た目だったけど?」

「多いわけではないわよ。あなたの街には行ったことないけど、同じような人や建物が並ぶ街も多いわ。こんなに色々なものが並ぶ街の方が珍しいわ」


 ツアーリストと観光客みたいな2人がそこにいました。地元の人たちからしたら違和感であり邪魔であり微笑ましいものであります。その2人に話しかけるジュンたちより小さくて紫頭でオレンジ色の目をした虹色服の男の子がいました。


「兄ちゃん達、見かけない顔だな」

「ここには来たばかりだからな」


 門番の時とは違いジュンが対応しました。今はあの時よりは冷静にいるのです。むしろ興奮しているのは話しかけてきた男の子の方です。


「珍しい。俺、外の人は久しぶりに見る!」

「そうなのか?ここにはいろいろな人がいるけど」


 ジュンは周りを見渡しました。普通は異国に来ると周りが同じ人ばかりに見えるものですが、同じところを探すほうが難しい状況でした。そういう点では異国に来た感覚はありませんでした。


「この人たちはみんなこの街の人たちだよ。外の人はいないよ」


 男の子もジュンに釣られて周りを見渡しました。人の真似をするのがまだ楽しい年頃なのでしょう。ジュンはもうそういう年頃を脱して、人と違う事を楽しいと思うのです。


「珍しいね。僕の故郷は同じような人と同じような建物ばかりだったよ」

「そういう街があるの? 珍しいね。多様性があるほうがいいと学んだけど、そういう街も楽しそう」

「そうかな? 僕は楽しくないと思うけど。同調圧力というか出る杭を打つというか、ほかの人と違うことをしようとしたら止められてり馬鹿にされたりするんだよ」

「そうなの? それならこの街も同じだよ。ほかの人と同じことをしようとしたら怒られるんだよ。大変だよ、違う事をするのも」


 互いに違う街で生まれたら互いに違う憧れと悩みを持つようです。互いにピンと来ていないことだけはピンと来ていました。


「そうなんだ、僕にはわからない悩みがあるのか……ところで、どうして僕たちが外の人だとわかったの? 見た目だけとかではわからないと思うけど?」

「匂いだよ。この街に入るときに消毒したでしょ? 街に入る人はだけがつける消毒の匂いでわかるんだ。街の人はつけないし」


 ジュンは自分の腕に鼻を近づかせて匂いを嗅ぎました。しかし、消毒液の匂いがわからなくて、首をひねりました。横ではダインが自分の腕に鼻を近づけて臭そうな顔をして、鼻と腕を離しました。


「そうなんだ。でも、どうして消毒なんかするんだろう?」

「街の外から病気が入るのを防ぐためだとか、逆にこの街の病気から守るためだと学んだよ。まぁ、用心に越したことはないだろ」

「まぁ、僕も病気で苦しみたくないし、たいして手間でもなかったから別にいいけど」

「でも兄ちゃんは消毒の匂いが弱いな。姉ちゃんはきちんと匂いがするのに」

「――女性の匂いを嗅ぐのは失礼よ」


 ダインは嫌そうな顔をしました。近づいて犬のようにクンクンした男の子は、飼い主に怒られた犬のようにシュンとなりました。


「ごめんごめん。女性の匂いを嗅ぐのは失礼だと学んでいたのに、やってしまった」

「いいじゃないか、匂いを嗅がれるくらい」

「良くないわよ」


 ダインはツーンとそっぽを向きました。女心を分かっていないジュンには、どうしてダインが珍しく感情を表に出しているのかわかりませんでした。男の子はアチャーという感じに手で頭を押さえました。


「――兄ちゃん、今のはよくないよ」

「何がだよ。それよりも、いろいろな人がいるのは楽しそうだな。活気もあるし」

「それはね、祭りの最中だからだよ。普段はここまで賑やかではないよ」

「へぇー、どんな祭りなんだ?」


 ジュンは女心のことも何も分からす、ノホホーンとこの国のことに興味を持っていました。好奇心で訊く姿に答えるように男の子は何かしらの教祖を参考しているのか神々しい口調を真似して説明します。


「大樹に生かしてもらっている人類が大樹に感謝と還元をする祭りなんだ。生きとし生けるものへの無償の捧げをするんだ」

「へー、何を捧げるの? お酒? 作物? 踊り?」

「人だよ」


 その時、その男の子がセミのような大きな虫に連れ去られました。飛んでいくそれに向けてジュンは咄嗟に血のハーケンを飛ばし、捕まえている足をちぎり、解放されて落ちていく男の子を血のロープで捕まえました。


「大丈夫か?」

「なにしてくれるの!」


 男の子は激高しました。理解できないジュンの周りを街の人たちが呪うような顔で包囲しました。その中の1人の大人の男性が男の子に注意します。


「ザー、何をしてしまったかわかっているのか!?」

「申し訳ありません。しかし、この人たちはこの街に来たばかりでして、この街のルールを知らないのです」


 男の子の名前はザーというようです。


「そんなことはどうでもいい! 恥を知れ、恥を!」

「……申し訳ありません」


 その後も汲々と説教を受けていました。



 囲っている人たちがいなくなりました。3人はポツンと立っていました。周りの賑やかな雑音はジュンたちには遠く聞こえました。


「あいつらは何で怒っているんだ?仲間が殺されそうだったんだぞ?」

「怒られて当たり前だよ。俺たちは祭りを台無しにしてしまったんだ」


 ザーが失敗をごまかすように苦笑いしているので、一連の出来事に疑問を持ったジュンはさらに疑問を強めました。


「あの化物に殺されることが祭りなのか? 僕には理解できない」

「理由としては、俺たちは大樹によって生かされているので、その恩返しをする必要があるんだ。俺たちは大樹の恵みを犠牲にして、植物や魚や肉といった生き物を殺してその命で生きているので、代わりに自分たちの命を捧げないといけないというのがあるんだ。それでこの街での常識だ」


 ザーは当たり前のことを当たり前のように話すような口調でした。何が変なのか分からない様子でした。そういえば、外の人は久しぶりと発言していました。


「そんな常識、ふざけるなよ! 人柱というやつだろ? バカバカしい。そんな迷信なんか信じてどうするんだ!」


ジュンは疑問から激高へと変わりました。ジュンの街ではありえないことですし、人の命が関わっていることなので尚更です。血管が浮かび顔が赤くなっていました。


「迷信とか言うなよ。俺たちは真面目に暮らしているんだ。たくさんの人種や建物があるのも、あの虫たちが好きなものを食べたり壊したりするために用意しているんだ」

「何が真面目だ、何が用意だ、バカじゃないか? そんなことで真面目に用意する暇があったら、常識をひっくり返したりほかのほうで頑張るべきだ。バカじゃないか?」

「ジュン、その街にはその街の文化があるから、それを馬鹿にするのはダメよ」


 ダインは顔色1つ変えずにたしなめました。


「でも、そんなことで死ぬのはおかしいよ。どうしてダインは冷静にいれるの? というか、どうして助けなかったんだよ?」


 ジュンは今まで黙っていた方向から声が聞こえてきたので不意をつかれて驚き頭が冷えました。それでもダインに対して納得いかないことを話しているうちに、話しながら冷静になった頭で思い返すうちに、ダインの行動に新たに納得できない点が生まれたのです。


「私はね、その街の問題にはできる限り首を突っ込まないようにしているわ。その街ではその街のルールがあると思うし、それがどんなに私から見て悪いことであってもその街では正しいことかもしれないわ。だからよ」


 ダインはダインで当たり前のことを当たり前のように話す口調でした。ダインには自分なりのルールがあるでしょうし、そのことは短い付き合いのうちに既にわかっていました。ジュンそのことも頭にあったので、激昂することなく比較的冷静に質問できました。


「そんなことあるか? 人が殺されるところを見逃せというのか?」

「そうよ。その街の出来事はその街の人たちで解決するものであって、外の人間は干渉したらダメというのが私の考えよ。まぁ、ジュンにはジュンの考え方があるはずだから無理強いはしないけど、私は協力しないわよ」

「そういうけど、ダインは俺に修行してくれたじゃないか」

「あれは私のミスね。本当は修行するつもりはなかったけど、まぁ、流れでね。それにあなたはもうあの葉の街から出る予定だったらしいから、街には干渉しないから大丈夫だと思ったわ。運がいいわね」

「その割には許可をもらいに一回戻るように言っていたな。あのまま戻ってこなかったら街に干渉していたことになるぞ」

「だから、私のミスと言ったじゃない、今。それに、まぁ、その時はその時としてトンズラすることしか考えていなかったわ」

「……いい性格しているな」


 ジュンとダインが静かに言い合っていると、ザーは黙って2人を見つめていました。その目には先ほどの問題を忘れたような嬉しそうに輝いた光が見えていました。ジュンは自分がダインに初めて出会い能力を見て修行を見てもらい大樹へ登ることへの希望を持った過去の自分の姿を思い出しました。


「修業って何? さっきの兄ちゃんみたいなこと、俺にも出来るの?」

「それはお前次第だ。興味あるのか? ええっと、名前は……」

「俺はザー。興味あるよ、教えてくれ」


 ザーは食いついてきました。人は自分が求められることを欲しているのでとても嬉しく思いました。それがかつての自分を助けるのと似た状況なので、尚更です。


「いいぞいいぞ。なっ、いいだろ、ダイン」


 ジュンは嬉しそうにダインに顔を向けて許可を求めました。慣れないウインクが気持ち悪いものでした。


「勝手にしたら? 私は手伝わないわよ」


 ダインは素っ気無かった。いつもどおり素っ気無かった。


「よし。師匠から許しが出た。いつ、どこでやる?」

「じゃあ、俺がいつも行く遊び場に行こう。友達にも紹介したいし」

「よしきた。連れて行ったくれ」


 ダインとはまた後で合流する約束をして、ジュンはザーと2人で街の中に消えて行きました。

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