第6話1-5

 3日目


「ダメだー。僕、才能ないのか?」

「才能がなかったら、登樹しないだけよ。ほら、さっさとやる」


 ジュンは地面に倒れて天を仰ぎました。そんな時間がないとダインが手を叩くのは何回目だろうか。修行は全く進んでいません。


「――というか、こんなに修行を長々するとは思っていなかった。もっと簡単にホップステップジャンプで終わって、さっさと大樹に行けると思っていた」

「そんな簡単なわけ無いでしょ? 理想を求めすぎてはダメよ、現実は厳しいのだから。退屈で辛いことがとても大切なのよ、楽をしたら後で痛い目にあうわ」


 ジュンの愚痴は正論で一瞬されました。そのまま拗ねたように口を尖らせながらもコップを嫌な顔でにらめつけて向き合い直しました。それでも修行を再開する気分にはなりません。


「やっぱり、コップを意識したほうがいいのか?でも、水と共鳴するのにコップを意識する必要はあるのか?」

「やっぱりあなたは馬鹿ね」

「何を!」


 ジュンはダインの毒付きに反応して身を起こしました。ダイン自体はイライラして毒ついているわけではなく、天然に毒つくタイプの人でした。そして、学ぶより慣れろという自分の言葉を無視して学ぶ場を設けることも天然からくるものです。


「確かに共鳴先の水を意識することは大切よ。しかし、それは第一関門でしたことよ。ここでしていることは、共鳴先の水との間に物が挟まっていても共鳴することよ。自分の体内にある水とコップの中の水との間にあるものを意識しないのは馬鹿よ。これは簡単に言ったら、遮断されている2つの水を繋げるための作業みたいなものよ」

「繋げるって、穴を掘るということか?」

「そうかもしれないし、違うかも知れない。橋を架ける作業かもしれないし、石を投げる作業かもしれない。それは自分のしっくりくるイメージでしないといけないわ」


 ジュンはダインの例えをなんとなく理解しました。そして、淡々と機械のように説明するダインに対して、ジュンは少し憤りを感じました。修行が行き詰まっていることからの八つ当たりもあります。


「だったら、初めからコップに意識するように言ってくれよ!」

「だから、それで上手くいかない場合もあるのよ。間のコップを意識しないほうが上手くいく場合があるのよ。例えば、向こうの水まで瞬間移動するだとか、壁を避けて透回りするだとか、水を放り投げるとかね。でも、それを言ったらイメージがこんがらがるから言わなかったわ」

「じゃあ、どうして言ったんだよ?」


 ジュンは少しわれに返って落ち着きました。相手も感情に任せて話してきたら相乗効果で感情が高ぶるのですが、自分と違い冷静に話されたら熱も冷めます。ダインはジュンの質問を冷静に答えます。


「今のままじゃ私が去る1週間で修行が終わらないからよ。はっきり言って、この後の修行の方が時間はかかるわ。この修行で3日目が終わったらギリギリ大丈夫かもしれないけど、三日経ってできなかったらほぼ無理ね」

「無理って、決め付けるなよ。今日までにできたらいいんだろ?」


 ジュンは立ち上がりやる気を出しました。期限が迫っていることで尻を叩かれたのか、ダインが質問に答えてくれたことへの誠心誠意の対応か、初心を思い出したのか、コップに向かいました。手を伸ばします。


「だったらさっさとできるようになりなさい。御託はいらないわ」

「――ところでさっきの話だけど」


 ジュンはコップに伸ばした手を下ろしました。視線はコップではなくダインに向かい、修行する人の態度ではなくサボる人の態度に近いものでした。ダインは修業を催促するための手を叩くことすらしなくなりました。


「さっそく御託を並べる。登樹するつもりはないのね」

「そうじゃない。ヒントになるかもしれないんだ」

「――わかったわ。質問どうぞ」


 ダインは呆れたように目を閉じました。肩を上げて手を広げため息混じりでした。修行を早くお開きにすることも視野に入れていました。


「さっき、コップを意識する場合は石を投げるイメージがあるといった。一方で、水を意識する時は水を投げるイメージがあると言った。何が違うんだ?」

「……?水を投げたら水が届くから目的達成でしょ? 一方で石を投げても水は届かないから、水と繋がる手段になるくらいでしょ?」

「そうか、そうだな、そういうことか」

「――? ヒントになったのならいいけど」


 ジュンは目に希望の潤いを光らせました。ダインは質問の内容は理解できましたが、意図は理解できませんでした。ジュンが何をしでかすかと注視します。

 ジュンは指から血を出しコップに貫通させました。


「指痛っ!」

「これは?」


 そのままゼリー状のナイフのような血でコップを持ち上げました。それをダインは目を大きく開きながらも指で口を閉ざして冷静に審査していました。ジュンは興奮と指の痛みとコップの重さで手が震えていました。


「くっついたぜ、コップ」

「ふーん。思っていたのと違うけど、ノルマ達成には違いないから、クリアにしといてあげるわ。それにしても、命知らずね」


 ダインは手を叩いて祝福しました。修行を早めにお開きにするのは早いと心に書きました。ジュンは血のゼリー状の刃物を解いて、血と水が指とコップの穴から流れました。



「第三段階は、いよいよ木登り。これができたら合格よ」

「よし、やってやるぜ!」


 勢いよく木に飛びついたジュンは勢いよく地面に落ちました。


「っ!」

「怪我はないようにしてね」

「怪我したよ、たった今」


 ジュンは腕や足に擦り傷を負いました。ダインはその皮膚から滲み出そうな血を見下ろしていました。血と先ほどの修行の成果がリンクしました。


「血を出すにはちょうどいいじゃない。手間が省けて良かったわね」

「他人事だと思って、血を出すのは痛いんだぞ」

「他人事だもん」

「ちっ!」


 ジュンは「なんだこのアマは!」と言いかけましたが、さすがに修行してもらっている身でそこまで言うのはお門違いだとして喉元で止めました。しかし、ダインからしたら舌打ちだけで反抗的態度は見て取れました。少しイラっとしましたが、それくらい旅ではいくらでもあることだとしてマイペースにいつもどおり手を叩いて修行を催促します。


「舌打ちをする暇があったら、さっさとする」

「はーい」


 従順なふりをしたジュンは体中の擦り傷から血をゼリー状に出して、木に突き刺しました。さっきみたいに勢い任せではなく、もちろん1つ前の修行の成果を忘れることなく、きちんと力を発揮します。血のゼリーがしっかりと木に刺さっていることを確認したら、今度こそは行けると言いたげなしたり顔をしました。


「うらぁあああ!!」


 勢いよく木に飛びついたジュンは勢いよく地面に落ちました。


「っっ!!」

「怪我はないようにしてね」

「怪我したよ、さっきと同じようにな!」


 ジュンは擦り傷を深くしました。ダインは勢いよく流れる血を見下ろしていました。血と先ほどの失敗がリンクしました。


「それよりも、集中力を途切れさせたから血が液体になって散らばっているわよ」


 木からジュンまで蛇のように血の跡が続いていました。先程まで生きた蛇のようにウネウネしていたジュンの血は、ジュンが後頭部を地面に叩きつけた音とともに蛇の皮のように動かなくなりました。血の海一歩手前の量でした。


「くっそ、2回も勢いよく木から落ちたから、頭がクラクラする」

「木から落ちただけではないわ。血を出しすぎよ。このままじゃ気を失うわよ」

「心配してくれるのか? 意外と優しいな」

「意外も何もずーっと優しいわよ? 修行してあげているのよ」


 ジュンは言い返す言葉がありませんでいた。優しくない人間なら自分のことなんか無視してさっさと旅たつはずです。言葉はともかくとして、彼女は優しい人でした。


「そうだな。だったら、すぐに修行を終わらせるよ」


 ジュンは体中の擦り傷もそれ以外も所構わず様々なところから血をゼリー状に出して、木にトゲ状に突き刺しました。先ほどの倍以上の血の量は圧巻でした。全ての力を出し切ってもいいという覚悟からのもので、鬼気迫る表情でした。


「ららららららら!!!」


 勢いよく木に飛びつく前にこけたジュンは勢いよく地面に顔を落としました。


「っっっ!!!」

「あーあ。血を流しすぎたわね」


 そのままジュンは薄くなった瞳の前のまぶたを下ろしました。



「あばばばっ!」


 ジュンはガバッと起きました。目には空を覆う黒い雲が映っていました。ジュンの記憶が正しければ、さっきまでは晴れていたはずです。


「あら、ようやく起きたのね」

「……僕は結構長い間寝ていたのか?」

「あら? 気づいたの? すごいわね」

「……どれくらい寝ていたんだ? 1時間か? 半日か? もしかして、丸1日か?」


 ダインは3本指を立てました。それを見てジュンは安心しました。頭がクラクラするのでもう一度寝転びたい気持ちです。


「……なんだ、3時間か」

「3日よ」

「3日っ!?」


 ジュンは驚きで完璧に寝覚めました。その大声に森の鳥たちが一斉に羽ばたきました。ダインは身動き1つせず静かに見つめていました。

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