第5話1-4
翌朝。
明るい太陽が顔を出す森林。ジュンとダインは木陰で真剣な顔をしていました。赤髪で赤と白の縦縞の服と黒パンツのダインは水筒から水をジュンの手に注ぎます。
「――といっても、私もいつまでここにいるかわからないわよ。この修行は1ヶ月くらいかかるけど、1週間したら私は出て行くつもり……っ!」
ダインはいやいやながらも修行をしようとしたら、思わぬ出来事に驚きました。ジュンの手のひらで水がゼリー状に固まっていました。2人ともゼリーのように固まってその様子を見ていました。
「ごめんなさい。学校での罰でいつもやらされていて、つい。すぐに戻すよ」
水は液状に戻りました。そのままジュンの手から水が垂れています。それを静かに見つめるダインとうるさく教えを請うジュン。
「……」
「それで、何をするんだ?」
「いいえ。大丈夫よ。第一段階はできているわ」
ダインは木のコップを折りたたみの机の上に置きました。ジュンは「休憩か?」と訊きましたが、「違う」と返ってきました。そのまま水筒の水をコップに注ぎました。
「第二段階は、水の入った木のコップを手にくっつけることよ」
ダインは人差し指の指先を側面に付けただけでコップを上げました。持ち上げるというわけではなく、くっついている感じです。そのまま静かにコップを下ろしました。
ダインが離したそのコップにジュンは指をつけました。何回も何回もジュンの指だけがコップをなぞってそのまま空もなぞります。全くコップが上がりません。
「これ、何かコツとかないの?」
「慣れるしかないの。ほら、さっさとやる」
「全くくっつかないけど」
「さっさとやる。習うより慣れろ、よ」
トホホと気落ちしているジュンをダインは突っ放します。少しは優しい言葉をかけてもいいのではないかと思うジュンでしたが、そうも言ってられません。それよりもさっさと慣れる必要がありました。
「慣れろといわれても、そもそもとっかかりがわからない。水と木のどっちに意識したらいいのかもわからない」
「それに関しても、人によって違うのよ。コップの木を意識したほうが上手くいく人もいれば、コップの中の水を意識したほうが上手くいく人もいる。もしかしたら、それ以外の方法で上手くいく人もいるかも知れない。変な先入観を持ったら邪魔になる場合があるから、助言しないほうがいい場合もあるのよ」
習うより慣れろと言った割にはすぐに習う機会をくれたダインでした。ジュンはその教えを聞いて、疑問に思いました。その疑問とは、なぜ教えてくれたのかということもありましたが、教えの内容が先行しました。
「そうはいっても、普通に考えて水を意識するだろ? このコップは加工しているから水分なんかないようなものだろ?」
「そう思うなら、そうしたら?」
「つれないやつだな。わかったよ、勝手にするよ」
1日経過し2日目。
「上手くいかないな。これでいいのか?」
ジュンは飽きてコップを突いていました。波紋を起こす水面がジュンの顔を歪めます。その子供のような行動をダインは軽く流しました。
「さあね。人によるわ、こればっかりは」
「そんなこと言っても、中の水ではなくコップを意識する意味なんかあるのか?」
ジュンは中の水を意識するという自分の方針に疑問を覚えました。とはいえ、今から方針を変えるのも中途半端に終わりそうで怖いし気乗りもしませんでした。ダインは空を眺めながら言葉をかけます。
「1つ言うけど、どうして木のコップだと思う?」
「え? たまたまそれしかなかったからだろ?」
ダインは自分のリュックから鉄のコップを取り出しました。
「あるわよ」
「そうか。それじゃ、特に理由はないのか?」
「理由はあるわよ」
リュックから出すジェスチャーをダインはしました。ジュンはそれに反応しようかどうか悩みましたが、スルーしました。
「どうして木のコップなんだ?」
「伝導、って知っているかしら?」
「何だ、でんどうって?」
「基本的には熱伝導って言うわ。簡単に言うと、金属の方が熱を伝えやすいというものよ」
「それなら知ってる、習った習った!」
ジュンは学校で学んだことを思い出してキャッキャッと楽しみました。そう、2日前ではなかったようなハイテンションになっていました。少し気が緩んでいたのでしょう。
「それと同じで、水の共鳴にも伝導のしやすさがあるのよ。熱伝導とは違い、金属は伝わりにくいのよ。一方で加工されているとはいえ、木は伝導しやすいのよ」
「そうか、それで木のコップを」
ジュンは合点がいきました。学校のテストで難問を正解したような頭の気持ちよさでした。ダインは金属のコップをなおしました。
「そうよ。正直に言って、木のコップでできなかったら、ほかのコップではできないわ。まぁ、登るのは金属の建物ではなくて大樹だから、不幸中の幸いね」
「不幸中のって……僕は初めから大樹を登ることが目的だから、金属なんて知らないよ」
「だからあなたはバカなのよ。登樹していたら意図していないことなんていくらでも起こるのよ。場合によっては金属の建物を登るとかもね」
ダインは呆れたように言い放ちました。ジュンがいつまでも学生気分で惚けていることに対して口で注意しても意味がないと思っているのです。こういうことは、実体験するしかないのです。
「そうなのか? そんな楽しそうなことが」
「楽しいかどうかは知らないが、さっさとやる」
ダインは手をパンパンと叩いて修行を強制再開させました。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます