4-2. 最悪のペナルティ

 翌朝、目が覚めると、窓の外は明るくなり始めていた。隣を見ると愛しい奥さんがスースーと幸せそうに寝ている。俺は改めてドロシーと結婚したことを実感し、しばらく可愛い顔を見ていた。

 なんて幸せなのだろう……。

 俺は心から湧き上がってくる温かいものに思わず涙がにじんだ。


 そっとベッドを抜け出し、優しく毛布をかけて、俺は静かにコーヒーを入れた。

 狭いログハウスにコーヒーの香ばしい香りが広がる。

 俺はマグカップ片手に外へ出て、デッキの椅子に座る。朝のひんやりとした空気が気持ちよく、朝もやがたち込めた静謐せいひつな池をぼんやりと見ていた。

 チチチチッと遠くで小鳥が鳴いている。


 だが、穏やかな時間はいきなり破られた。

「旦那様! 逃げてください! ヌチ・ギが来ました!」

 いきなりアバドンから緊急通信が入る。

「えっ!?」

 辺りを見回すと、朝もやの向こうに小さな人影が動くのが見えた。

 俺は心臓が凍った。管理者権限を持つ男、ヌチ・ギ。この世界において彼の権能は無制限、まさに絶対強者が俺を見つけてやってきた。絶体絶命である。

 俺はすかさず飛んで逃げようとしたが……体が動かない。金縛りのようにロックされてしまった。

「ぐぅぅぅ……」

 いろいろと試行錯誤するが魔法も何も使えない、これが管理者権限かと改めて不条理な世界に絶望する。

 ヌチ・ギは音もなく俺の目の前に降り立つと、少し高い声を出した。

「ふーん、君がユータ……。どれどれ……」

 ボサボサの長髪に少し面長の陰気な顔、ダークスーツを身にまとってヒョロッとして小柄な男はしげしげと俺を眺めた。

「い、いきなり……、何の用ですか……」

 金縛り状態の中で俺は必死に声を出した。

 ヌチ・ギはそんな俺を無視して空中を凝視する。どうやら俺には見えない画面を見ているらしい。

 時折何かにうなずきながら淡々と空中を凝視するヌチ・ギ。どうやら俺のステータスや履歴のログを見ているようだ。

「あー、これか! 君、チートはいかんなぁ……」

 そう言いながら、さらに画面を見入った。

「本来なら即刻アカウント抹消だよ……」

 そう言いながら、指先を空中でクリクリと動かし、タップする。

「え? それは死刑……ってことですか?」

「そうさ、チートは重罪、それは君も分かってただろ?」

 ヌチ・ギはそう言いながら画面をにらみ続ける。

「あー、このバグを突いたのか……。良く見つけたな……」

「わ、私はヴィーナ様の縁者です。なにとぞ寛大な措置を……」

 俺は金縛りの中で懇願こんがんする。

「ヴィーナ様にも困ったもんだ……。じゃあ、チートで得た分の経験値は全部はく奪、これで許しておいてやろう」

 そう言いながら、指先をシュッシュッと動かした。

「一割くらい……、残しておいてもらえませんか? 結構この世界に貢献したと思うんですが……」

 ダメ元で無理筋のお願いをしてみる。

「ダメダメ! 何を言ってるんだ。チートは犯罪だ!」

 そう言ってヌチ・ギは指先で空中をタップした

 直後、俺の身体は青く光り、激痛が俺の身体を貫いた。

「ぐわぁぁぁ!」

「急激なレベルダウンは痛みを伴うものだ。まぁ自業自得だな」

 俺は身体からどんどんと力が抜けていくような虚脱感の中、刺すような痛みにもだえた。


 ガチャ

 ドアが開き、毛布を羽織ったドロシーが顔を出す。

「あなた、どうしたの……?」

 マズい! ドロシーをヌチ・ギに見せてはならない。俺は痛みの中必死に叫んだ。

「ドロシー! ダメだ! 早く戻って!」

 しかし、ヌチ・ギは振りむいてしまう。

「ほぅ……、これはこれは……、美しい……」

 ヌチ・ギはいやらしい笑みを浮かべて言った。

 ドロシーは急いでドアを閉めようとするが、金縛りにあい動けなくなった。

「えっ!? 何? い、いやぁぁ!!」

 ヌチ・ギは指先をクリクリッと動かし、ドロシーを操作した。

 固まったまま浮き上がってヌチ・ギの前に連れてこられるドロシー。

 ヌチ・ギは毛布をはぎとる。朝の光の中でドロシーの白い裸体があらわになった。

「ほほう……、これは、これは……」

 下卑げびた笑みを浮かべながら、ヌチ・ギはドロシーの柔らかい肌をなでた。

「や、やめてぇ!」

 ドロシーの悲痛な叫びが響く。

「止めろ! 彼女は関係ないだろ!」

 俺は必死に吠える。

 しかし、ヌチ・ギは気にすることもなくドロシーのあごをつかむと、

「チートのペナルティとして、彼女は私のコレクションに加えてあげましょう……」

 そう言ってドロシーの瞳をじっと見つめた。

「い、いやぁぁ……」

 泣きながら震える声を漏らすドロシー。

 最悪だ、俺は躊躇ちゅうちょなく最後のカードを切った。

「ヴィーナ様に報告するぞ!」

 だが……、

「はっはっは! 好きにすればいい。私はどっちみち未来の無い身。華々しく散ってやるまでだよ」

 ヌチ・ギは自暴自棄になっているようだ。きわめて厄介だ。

 俺は何とか必死に道を探す。

「俺がヴィーナ様に口添えしてやる。前向きに……」

「バーカ、お前はあのお方を分かってない。地球人の口添えになど何の意味もない。それに……、余計な事をしてこの世界ごと消去されたら……お前、責任とれるのか?」

 ヌチ・ギはゾッとするような冷たい目で俺を見る。

 レヴィアもヌチ・ギも美奈先輩を異様に恐れている。大学のサークルで一緒に楽しくダンスしていた俺からしたら、なぜそこまで恐れるのか理解ができなかった。確かにちょっと気の強いところがあったが、気さくで楽しくて美人で人気者のサークルの姫、そんな人が世界を容赦なく滅ぼす大魔王だなんて、全然実感がわかない。

「ヴィーナ様は俺が説得してみせる!」

 俺はそう叫んだ。しかし……、

「この世界の存続を願うなら、余計な事は慎みたまえ」

 ヌチ・ギはそう言って空間を割き、切れ目を広げた。

「ま、待ってくれ! 妻は、妻は許してくれ!」

 俺は必死に頼む。

「こんな上玉、手放すわけがないだろ」

 ヌチ・ギはそう言っていやらしい笑みを浮かべると、ドロシーの柔らかい肌を揉んだ。

「いやぁぁぁ!」

 泣き叫ぶドロシー。

「たっぷり可愛がった後、美しく飾ってやる」

 そう言って、ヌチ・ギはドロシーの腕をつかむと無造作に空間の切れ目に放り込んだ。

 俺は叫ぶ。

「お前! ふざけんな! ドロシーに触れていいのは俺だけだ!」

 ヌチ・ギは勝ち誇った顔で、

「余計な事したら真っ先にこの女から殺す。分かったな?」

 そう言い放つと、切れ目の中へと入っていった。

「止めろ――――!」

 必死の叫びもむなしく、空間の切れ目がツーっと閉じていく。

「助けて! あなたぁ!」

 ドロシーの悲痛な叫び声がプツッと無慈悲に途切れた。


「ドロシー! うわぁぁぁ! ドロシー――――!!」

 俺の泣き叫ぶ声が朝もやの池にむなしく響き続けた……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る