3-16. 新居開拓
それから武闘会までの一か月、俺は閉店作業を進めつつ新たな拠点の確保を急いだ。しばらくは人目に触れない所でゆっくりするつもりなので、山奥をあちこち飛び回りながら住みやすい場所を探す。
降り立ってみると、池の水は青々と澄んでいて、ほとりからは遠くに御嶽山の荒々しい山肌が見え、実に見事な景観となっていた。俺はとても気に入って、ここに拠点を築くことにした。
まずはエアスラッシュで池のほとりに生えている木々を一瞬で刈り取った。パンパンパンパンとボーリングのピンみたいに一斉に倒れていく。
そして、竜巻を起こす風魔法『トルネード』で刈り取った木々を一気に巻き上げると、ファイヤーボールをポンポンと連打して燃やしてみる。
左手でトルネードを維持しながら右手で「ソレソレソレ!」とファイヤーボールを当てていくと、木々はブスブスと
高い所でグルグルと回りながら燃え上がる木々はやがて炎の竜巻となり、壮観な姿となっていく。激しい炎は見てると顔が熱くなってくるほどである。うねりながら天を焦がす巨大な炎のアートに俺は思わず見入ってしまった。
しばらくキャンプファイヤーのように楽しんでいるとやがて火の勢いは収まり、ほどなく灰となって霧散していった。魔法の焼却炉は思ったよりうまくいった。これで敷地は確保完了である。
続いて建物の基礎を作らないとだが……池のほとりはちょっと地盤が柔らかい。しっかりとした基礎が必要のようだ。
俺は岩肌をさらす御嶽山の山頂付近を飛んで、良さげな岩を探した。しかし、さすがにそんな都合のいい岩が転がってはいない。仕方ないので崖から切り出す事にした。俺は水を高速で噴き出す魔法『ウォーターカッター』を使い、バシュ!バシュッ!と断崖絶壁に切れ目を入れていく。固い岩もまるで豆腐のように簡単に切れていくのだ。これは面白い。
良さげな所を10メートル四方切り取ってみると、ズズズズと周辺もろとも崩落しはじめた。
「ヤバい!」
俺は落ちて行く巨岩を飛行魔法で支えるが……、千トンはあろうかという重さはさすがにキツイ。上に覆いかぶさってくる他の巨岩に押されて落ちそうになるのを何とかこらえる。
何とか切り抜けると次に、よろよろとしながら敷地上空まで運んでいった。上空についたら「そーれっ!」と派手に落としてみる。すごい速度で落ちて行く巨岩……。
ズズーン!
激しい衝撃音が山々にこだまし、巨大な岩は半分地中にめり込む。やや斜めだが設置完了だ。最後にウォーターカッターで上面を慎重に水平に切り取り、岩のステージの出来上がりである。
ここを見つけてから一時間も経っていないのにもう基礎までできてしまった。魔法の力とはとんでもない物だ。素晴らしい。
◇
俺は広い岩のステージの上に座り、そこから雄大な御嶽山を眺めた。
チチチチ、という小鳥の鳴き声が響き、森の香りが風に乗ってやってくる。
俺はこの風景をドロシーにも見せたいなと思った。きっと、『すごい! すごーい!』って言ってくれるに違いないのだ。
「ドロシー……」
不覚にも涙がポロリとこぼれる。
知らぬ間に自分の中でドロシーが大きな存在になっていることを思い知らされた。大切な大切な可愛い女の子、ドロシー。離れたくない。
でも、俺の直感は告げている、恐ろしいトラブルは必ずやってくる。この波乱万丈の俺の人生に18歳の少女を巻き込むわけにはいかないのだ。
俺は大きく息をつき、頭を抱えた。
◇
翌日、俺は田舎の中古建物の物件をいくつか見て回り、小さめのログハウスを買うことにした。一人で住むのだからそんなに大きな家は要らない。部屋は一部屋、キッチンがついていて、トイレと風呂が奥にある。玄関の前はデッキとなっており、イスとテーブルを置いたら森の景色を快適に楽しめそうである。
契約が終わった夜にさっそく拠点にまで移築した。月の光を浴びながら空を飛ぶログハウス、なんともファンタジーな話である。
家具や食料、日用品も揃えないといけない。ベッドにテーブルに椅子に棚を運び、日用品は自宅から持っていく。
水回りも大切である。裏の貯水タンクには水魔法で生成した水をため、排水は簡易浄化槽経由で遠くの小川まで配管を伸ばした。
一週間くらい忙しく作業して何とか生活できる環境が出来上がった。暇な時間ができるとドロシーの事を思い出してしまうので、忙しくしていた方が気が楽だった。
◇
俺はデッキの椅子に腰かけ、グラスにウイスキーを注いだ。
夕焼けに染まる御嶽山の岩肌は荒々しくも美しく、ログハウスの
あれからドロシーとは会っていない。アバドンが警備をしているから無事なのはわかっているが、毎日家に引きこもっているらしい。
ドロシーのいない暮らしは心に何か穴があいたような空虚さが付きまとう。とは言えドロシーと距離を取ると決めたのは俺なのだ、心の痛みは甘んじて受ける以外ない。それがドロシーのためなのだ……。
俺は自然と思い出されてしまうドロシーの笑顔をふり払い、ウイスキーをキューっと空けた。
◇
翌日、俺は久しぶりに孤児院を訪れる。屋根の瓦を直して降りてくると院長が待っていた。
「ユータ!」
そう言いながら俺をハグしてくる院長。昔は院長の胸の高さまでしかなかった俺も今や俺の方が背が高い。
俺は院長の背中をポンポンと叩きながら、
「お久しぶりです。お元気ですか?」
と、聞いた。
「元気よ~! ユータのおかげで助成も増えてね、悩みの種も解消したのよ」
「それは良かったです」
俺はニッコリと笑った。長らくお世話になってばかりだった俺も、少しは恩返しできたようだ。
「実は今日は相談がありまして……」
「分かってるわ、部屋に来て」
院長は真っ直ぐ俺を見つめると、そう言った。
さすが院長、全てお見通しのようだ。
俺は院長室で、事の経緯と今後の計画について話した。
「ユータの考えはわかったわ。でも、その計画にはドロシーの気持ちが考慮されてないのよね」
「いや、おたずね者と縁があるのは凄い危険な事ですよ」
俺は力説する。
「ユータ……、リスクのない人生なんてないのよ。人生はどのリスクを取って心を熱く燃やすかという旅なのよ。ユータの判断だけで決めるのは……どうかしら?」
確かにそうかもしれない。でも、腕だけになってしまったドロシーを見ている俺からしたら、そんな理想論など心に響かない。人は死んだら終わりなのだ。
「いやいや、本当に命が危ないんです。実際ドロシーは一度死にかけているんですから」
「分かるわよ。でも、それをどう評価するかはドロシーの問題じゃないかしら?」
「何言ってるんですか! 次、ドロシーに何かあったら俺、正気じゃいられないですよ!」
俺は半分涙声で叫んだ。
院長は目をつぶり、大きく息をつく……。
窓の外から子供たちの遊ぶ声が響いてくる。
そして、院長はゆっくりとうなずいた。
「分かったわ……。そうしたら、武闘会の後、またここへ寄って。そこでもう一度ユータの気持ちを聞かせて」
院長は優しい目で俺を見る。
「……。分かりました」
俺はそう言って大きく息をした。
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