3-14. 心だけが真実

 席に戻ると、レヴィアがニヤッと笑って小声で耳打ちしてくる。

「お盛んじゃの」

 俺は真っ赤になりながら、

「のぞき見は趣味が悪いですよ」

 と、応えた。

「我にもしてくれんかの?」

 そう言ってくちびるを突き出してくるレヴィア。

「本日はもうキャパオーバーです」

「なんじゃ? つまらん奴じゃ」

「え? 何をしてくれるんです?」

 酔っぱらったリリアンが割り込んでくる。

「王女様、そろそろ戻られないと王宮が大騒ぎになりますよ」

「えぇ――――、帰りたくなーい!」

 そう言いながら俺にもたれかかってくるリリアン。もう泥酔状態である。

「ちょっと、レヴィア様、彼女を王宮に運んでいただけませんか?」

 俺はリリアンをハグして、落ちないようにしながら頼む。ふんわりと香ってくる甘い乙女の香りに理性が飛びそうである。

「面倒くさいのう……」

 レヴィアはそう言って宙に指先でツーっと線を描いた。裂けた空間を広げるとそこは豪奢な寝室で、綺麗に整えられた立派なベッドがあった。

「ヨイショ!」

 レヴィアはそう言うと、リリアンを飛行魔法で持ち上げる。

「きゃぁ!」

 驚いて空中で手足をバタバタさせるリリアン。

 レヴィアは、そのままリリアンをベッドに放りだして言った。

「じいさまに『美化すんなってレヴィアが怒ってた』って伝えておくんじゃぞ」

「えー、待って!」

 すがるリリアンを無視してレヴィアは空間を閉じた。

「これで邪魔者は居なくなったのう、ユータよ」

 嬉しそうに笑うレヴィア。

 影の薄かったアバドンは、

「私はそろそろ失礼します……」

 と、言って、そそくさと魔法陣を描いて中へと消えていった。

「あー、そろそろお開きにしましょうか?」

 俺はテーブルの上を少し整理しながら言う。

「あ、お主、あの娘と乳り合うつもりじゃな?」

 レヴィアは俺をジト目で見る。

「ドロシーはもう寝ちゃってますからそんな事しません!」

 俺は赤くなりながら言う。

「起こしてやろうか?」

 レヴィアはニヤッと笑って言う。

「だ、大丈夫です! 寝かせてあげてください!」

「冗談じゃよ。で、あの娘とは今後どうするんじゃ? 結婚するのか?」

 俺は考え込んでしまった。まさに今悩んでいることだからだ。

「私は彼女が大切ですし、ずっと一緒にいたいと思っていますが……、私と一緒にいるとまた必ず命の危険に遭わせてしまいます。大切だからこそ身を引こうかと……」

「ふん、つまらん奴じゃ。好きにするがいいが……、人生において大切な事は頭で決めるな、心で決めるんじゃ」

 レヴィアはそう言って親指で自分の胸を指さすと、ウイスキーをゴクリと飲んだ。

「心……ですか……」

「そう、心こそが人間の本体じゃ。身体もこの世界も全部作り物じゃからな、心だけが真実じゃ」

 言われてみたら確かにここの世界も地球も単に3D映像を合成レンダリングしてるだけにすぎないのだから、自分の心は別の所にある方が自然だ。

「心はどこにあるんですか?」

「なんじゃ、自分の本体がどこにあるのかもわからんのか? マインド・カーネルじゃよ。心の管理運用システムが別にあるんじゃ」

「そこも電子的なシステム……ですか? それじゃリアルな世界というのはどこに?」

「リアルな世界なんてありゃせんよ」

 レヴィアは肩をすくめる。

「いやいや、だってこの世界は海王星のコンピューターシステムで動いているっておっしゃってたじゃないですか。そしたら海王星はリアルな世界にあるのですよね?」

「そう思うじゃろ? ところがどっこいなのじゃ」

 そう言ってレヴィアは嬉しそうに笑った。

 俺はキツネにつままれたような気分になった。この世が仮想現実空間だというのはまぁ、百歩譲ってアリだとしよう。でも、この世を作るコンピューターシステムがリアルな世界ではないというのはどういうことなのか? 全く意味不明である。

 首をひねり、エールを空けていると、レヴィアが言う。

「宇宙ができてからどのくらい時間経ってると思うかね?」

「う、宇宙ですか? 確か、ビッグバンから138億年……くらいだったかな? でも、仮想現実空間にビッグバンとか意味ないですよね?」

「確かにこの世界の時間軸なんてあまり意味ないんじゃが、宇宙ができてからはやはり同じくらいの時間は経っておるそうじゃ。で、138億年って時間の長さの意味は分かるかの?」

「ちょっと……想像もつかない長さですね」

「そうじゃ、この世界を考えるうえでこの時間の長さが一つのカギとなるじゃろう」

「カギ……?」

「まぁ良い、我もちと飲み過ぎたようじゃ。そろそろおいとまするとしよう」

 レヴィアはそう言って大きなあくびを一つすると、サリーの中に手を突っ込んでもぞもぞとし、たたまれたバタフライナイフを取り出した。

「今日は楽しかったぞ。お礼にこれをプレゼントするのじゃ」

「え? ナイフ……ですか?」

「これはただのナイフじゃない、アーティファクトじゃ」

 そう言うと、レヴィアは器用にバタフライナイフをクルリと回して刃を出し、柄のロックをパチリとかけた。するとナイフはぼうっと青白い光をおび、ただものでない雰囲気を漂わせる。

「これをな、こうするのじゃ」

 レヴィアはエールの樽をナイフで切り裂く。すると、空間に裂け目が走った。その裂け目をレヴィアはまるでコンニャクのように両手でグニュッと広げる。開いた空間の切れ目からは樽の内側の断面図が見えてしまっている。エールがなみなみと入ってゆらゆらと揺れるのが見える。しかし、切れ目に漏れてくることもない。淡々と空間だけが切り裂かれていた。

「うわぁ……」

 俺はその見たこともない光景にきつけられた。

「空間を切って広げられるのじゃ。断面を観察してもヨシ、壁をすり抜けてもヨシの優れモノじゃ」

「え? こんな貴重なもの頂いちゃっていいんですか?」

「お主はなぁ……、これから多難そうなんでな。ちょっとした応援じゃ」

 レヴィアはそう言ってナイフを畳むと俺に差し出した。

「あ、ありがとうございます」

 うやうやしく受け取ると、レヴィアはニッコリと笑い、俺の肩をポンポンと叩いた。

「じゃ、元気での!」

 レヴィアは俺に軽く手を振りながら空間の裂け目に入っていった。

「お疲れ様でした!」

 俺はそう言って頭を下げる。

「今晩はのぞかんから、あの娘とまぐわうなら今晩が良いぞ、キャハッ!」

 最後に余計な事を言うレヴィア。

「まぐわいません! のぞかないでください!」

 俺が真っ赤になって怒ると、

「冗談のわからん奴じゃ、おやすみ」

 と、言って、空間の裂け目はツーっと消えていった。

 俺は試しにバタフライナイフを開いてその辺を切ってみた。確かにこれは凄い。壁を切れば壁の向こうへ行けるし、腕を切れば腕の断面が見える。そして、切るのはあくまでも空間なので、腕もつながったままだ。単に断面が見えるだけなのだ。そして放っておくと自然と切れ目は消えていく。なんとも不思議なアーティファクト、この世界が仮想現実空間である証拠と言えるかもしれない。


 俺はナイフをしまい、椅子を並べてその上に寝転がるとドロシーとのキスを思い出していた。熱く濃密なキス……思い出すだけでドキドキしてしまう。しかし……、ドロシーの事を考えるなら俺とは距離を取ってもらうしかないのだ。俺は大きく息をついた。そして、やるせない思いの中、徐々に気が遠くなり……、そのまま寝てしまった。

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